ジェゴンは、王様の改革が台風の目になっているのを、とても心配していた。
2千人もの官吏を採用しようという改革案に反発して、大臣らが承政院へ突きつけた辞表は、すでに百を超えている。
このままだと漢城府や地方の官庁まで同調しそうな勢いだ。業務に支障が起きるのは、もはや時間の問題に思える。やがてそれは泥棒をのさばらせ、民を診察する恵民署に、深刻な医者不足をもたらすだろう…
サンはそれでも計画を進めようと強気だった。ただし大臣らには、辞表を撤回する猶予を与え、その期限を科挙が行われる10日後の辰の刻までとした。
人手不足の穴埋めが、一番の緊急課題だった。南人派と小論派の実務経験者を、とりあえず地方から上京させなければならない。科挙もあり、都への人の出入りが激しくなることが予想されたので、王様直属の宿衛官らを至急配備するよう臨時の通達を出した。
たかが数十人の経験者を集めたところで、焼け石に水ではないかというジェゴンの不安は消えないままだったが、ともあれ王様の通達を届けようと、テスは金のはかまで、さっそうと馬に乗り、部下たちを引き連れ、城壁の門を出た。
その晩、画員のイ・チョンがふらりとテスの叔父の小屋に顔を出した。
狭苦しい部屋の真ん中に酒の肴と急須をのせた小さなちゃぶ台を置いて、テスと男3人で酒を飲んだ。
調子のいいイ・チョンは、テスに文句の1つでも言ってやりたくなった。従五品の地位になり、宿衛官に昇進していながら、いまだテスが独身でいるのが、もったいなく見えたのだろう。
「お前もいい年頃だ。嫁を貰え。ソンヨンが後宮に入ったら1人になっちまうぞ。図画署は噂でもちきりだよ。ソンヨンは王様の側室になるってな」
テスは困ったような顔をしてみせた。ソンヨンの身分を考えたら側室なんかなれるわけがないし、むしろ噂に一番迷惑しているのはソンヨンだろうとさえ思った。そんなデマが流れていると想像しただけで、何だか腹が立って、モヤモヤと嫌な感じまでして、心がしめつけられるようだった。
しかしイ・チョンの話したことは本当だった。
昼間、ソンヨンは、図画署の見学を希望したサンの妻を、大画室へと案内した。
中殿は土間に立って、作業場をゆっくりと眺めた。画員らはみんな表に出ていって、ソンヨンと2人きりだった。壁際の高いラックに、道具類や寝かせた紙が積み重ねてある。座敷にはゴザが敷かれ、水ボウルや絵の具粉をのせた膳が端に寄せられていた。
中殿はホッとしたように言った。
「そなたが働いている姿や仲間の様子を、この目で見て確かめたかったのだ。図画署がどんなところか、そなたがここをあとにできるのか…」
「中殿様? 恐れながら、それはどういう意味でしょうか…」
ソンヨンは、気になっておずおずと尋ねた。
「もうすぐ側室選びがはじまる。そのとき私はそなたを推薦するつもりだ」
「えっ?」
「後宮に入るのだ。王様は自ら進んで困難な道を選ばれるお方です。私が癒すことのできない王様の孤独を、そなたなら癒せるだろう…」
中殿はその優しい微笑みと一緒に、寂しさとたくましさを同時に浮かべた。
イ・チョンはこの場面には立ち会っていなかったが、画員や茶母の仲間たちには、こう予言した。来るべき時が来た。いよいよソンヨンが王様の側室になる。わざわざ図画署を訪れたのは、ソンヨンの品定めに来たのだ。
ソンヨンが夜道を帰宅してみると、小屋の外でテスが待っていた。
雪を踏みしめ、寒い中、ずっといたらしかった。
「イ・チョン様に会ったんだが、変な話をしてたんだよ。お前が王様の側室になるとか根も葉もない話さ!」
ソンヨンの口から、噂をきっぱり否定するのを早く聞きたかった。いてもたってもいられず、つい怒ったような口調になったものの、ソンヨンが思いつめた顔でうつむき、涙までためているのは、別の理由からだというのを、何となく感じて不安になった。
「テス、私にそんな資格があるのかな? もしも、もし本当に許されるなら…私なんかが許されるなら…あのね、テス。正直に言うと、私、王様のおそばにいたいの。毎日、お顔を見て、お食事はなさったか気遣って、今日はどんな日だったか、つらいことはなかったか尋ねて、愚痴を聞いて、慰めて差し上げたい」
テスは何か亡霊でも見たように面食らった。
「なぁ、そろそろやめにしないか? おまえだって叶わない夢だと分かってるだろう? だから王様の背中ばかり見ているのは、もうやめろよ、なぁ…」
「バカね。テス変よ。私なら平気なのに…」
「俺じゃダメか? おまえ、本当に俺じゃダメなのか? 王様に対する気持ちが変わらないことも、やめろと言ってもやめないことも、全部わかってるけど、俺がそばにいたらダメか?」
「…え…?」
ソンヨンは、ぼんやりとテスを見あげた。今にも胸が張り裂けそうな顔で、テスが自分のことを見つめていた。じわじわと沸きあがってくる驚きや、テスの優しく深い愛情が、ソンヨンを妙に緊張させた。
それ以上、2人は何も言えなくなった。
南人派や小論派の者たちが続々と上京している事実は、ソクチュにとって耳の痛い話であった。
辞表を出したことで、自分達の首を余計に縄でしめつけたのだ。このうえ科挙で合格した二千人が登用されれば、辞表は受理され、あとは朝廷から追い出されるのを待つばかりになる。老論派に明日はない。
屋敷まで相談に来た大臣らを帰したあと、ソクチュは庭に立ち、1人で熟考した。
珍しい人物に会いに行った。大妃となった前王の正妻である。長らく足が途絶えていた理由については、大妃にこう説明した。
「私はただ、重要な決定を下す前に、大妃様にもお話を通しておこうと思ったのでございます…」
その案とは、前左議政で老論派の首長でもあるチャン・テウを起用することだった。
深い学識を備え、全国の両班から尊敬を集めた実力者。かつて大妃によって、都から追い出された人物であった。
都の市場では、正装用の黒帽子、土産の反物、刺繍入りのとんがり靴などが飛ぶように売れた。
大根を積んだザルを、庭の縁台におろしたテスの叔父は、縁側の拭き掃除に取りかかった。さつまいもや菜っ葉のザルも山盛りだった。縁台に腰かけた女将は、菜っぱの下ごしらえをしながら、テスの叔父の後姿を、たのもしい目つきで見つめていた。
テスの叔父、パク・タロが所帯を持つことにした女だった。
いよいよ科挙が明日という日、女将は軒先に吊下げた酒看板のそばに立ち、首を長くして道の向こうを眺めた。どうも人通りが少ないようだ。
科挙の賑わいをあてこんで、たっぷり料理を仕込んだというのに、都へ集まる受験生たちは皆どこへ消えてしまったのか…?
翌日、辰の刻となり、城内の門が開かれた科挙会場は、中止を余儀なくされた。
連絡を受け、会場に視察にやって来たサンの目にも、それは異様な光景に映った。
広場にたくさん敷かれたゴザばかりが目立つ。
そのゴザに座り、試験開始を待ちかまえる受験生は、ほんの数人に過ぎなかった。
仮設テントの役人や警備兵の姿も、心なしか暇そうに見えた。
報告によると文科会場6か所、武科会場4か所のどこも、似たような状況らしい。
サンのそばに、初老の役人が挨拶に近づき、蛇のような目つきで神妙に吐き捨てた。
「お久しぶりですな、王様。チャン・テウでございます。お元気でいらっしゃいましたか」
この男こそ、全国の儒生たちに受験しないよう通達を出した張本人であった。
2010/6/19
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月8日木曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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宮中の大広場に集まった絵師達が、地面に大きな紙を広げて、祭りの様子を事細かく写生していた。 ある絵師は、広場の中央で華やかに舞う踊り子達を描いた。 絵の中の女は三つ網をウチワみたいに巻いて、造花や長いカラフルな布を高く掲げながら、くるくると回っていた。天女みたいなスカートを膨らま...