パク別提は、タク画員とイ・チョンに辞令の巻物を渡して、よりいっそう務めに励むように、ねぎらいの言葉をかけた。他の画員やソンヨンら茶母たちの温かい拍手のなか、現場は和やかな雰囲気に包まれた。彼らは従八品の画史に昇格したのだった。
国葬と即位式のあと、功労者の昇進が発表された。宮中は少しずつ、変化しはじめていた。
庶民レベルでも小さな変化はあった。テスの叔父、パク・タロは顔見知りの女と、結婚することに決めた。
ソンヨンは結婚式の日のために、床に下敷きを広げて、さっそくタロの新居に飾る屏風絵を描きはじめた。
鴨を2匹、薄い色で下塗りし、頭を青に塗り、胸にはほんのりと赤をにじませた。2匹の鳥は黄色い羽を折りたたんで、蓮のそばを泳いでいく。大きくひるがえった葉の裏には、先を絞ったピンクのつぼみが5つほど連なり、蜂の巣に似た芯が水面から2本ほど伸びている。鳥の進む方に向かって、波立つ線が円く重なった。
テスの叔父さんは、ソンヨンを幼い頃から猫のように可愛がってくれた。熱を出したら、内官勤めで忙しいなか、おしぼりを取り替えに戻って来たり、赤いリボンを買ってきて、後ろに垂らした三つ編みに結んでくれたりもした。
ソンヨンが遅くまで屏風絵を描いている間、隣の部屋では、テスが眠れないのか寝返りをうっていた。
その気配を感じながら、パク・タロは寝床の中で思った。
もし自分が祝言をあげたら、テスとソンヨンは、2人きりで暮らすことになる。ついでといっちゃなんだけど、この際、テスも祝言をあげたらどうだろう?
テスは、翌日の晩、随分と遅く帰って来たソンヨンを、小屋の外まで出て待っていた。
宮殿で王様と王妃様に会い、遅くなったという理由は、大して気にも留めなかった。
それより自分が従5品の武官の指揮官に昇進したのを、早く知らせたいという思いでいっぱいだったのだ。
ソンヨンが思った通りとても驚いて、しかも自分のことのように昇進を喜んでくれたので、テスはひとまず満足した。でももう一つ、ソンヨンにぜひ伝えたいことがあった。
「なあソンヨン…。俺、お前に話があるんだ」
「え、何? 何なの」
「そのぅ…。やっぱり今度にする。今度な。今度話すよ」
テスは何だか急に話しづらくなって、暗い裏の方へ走って逃げていった。後に残されたソンヨンは、ただきょとんとするばかりだった。
実はその日、ソンヨンを王様に引き会わせたのは、妻の中殿だった。
仕事の一服にと、中殿は宮仕えの者に、10角形のミニテーブルを夫の部屋に運ばせた。
その中には、箸と湯のみが2つずつと、バナナ色に干し柿のようなのをくるんだ輪切りの菓子、濃い茶色と中心の白いのが、潰れたサルの顔のように見えるものや、オレンジと淡い黄色のドライフルーツ風のもの、やわらかいオレンジの餅に、白い粒粉をまぶした茶菓子が、白い小皿に用意された。
中殿が葉っぱ柄の白地の急須を手に取り、サンの湯のみへお茶を注いでいたところへ、ナム・サチョが、おりよくソンヨンの到着を知らせに部屋へやって来た。
中殿は、ソンヨンを自分の隣に座らせると、少し戸惑っている風の夫に、安らかな笑みを浮かべた。
「王様、ソンヨンはこれまで王様を、何度かお助けしたと聞いております。ですがその功を公にたたえるわけにも参りませんし、褒美を与えるすべがないゆえ、会って感謝を伝えたかったのでございます」
しかしそれは単なる口実で、中殿には秘密の考えがあった。今日の行動は、とりあえずは、そのための油慣らしのようなものだったのだ。
昇進したのは、下っ端ばかりではなかった。人事を含めたその改革案は、講堂の場でとつぜん発表された。
詳しい内容は、王様の側近であるグギョンの口から伝えられた。
武芸にすぐれた者を選んで、王様を護衛する宿衛所を編成すること。今後は王様の安全に関するすべてのことが、その宿衛所に任され、謁見も宿衛所を通して行われること。
「私はよろしいかと存じます。これまでの事件を踏まえ、王様の安全をお守りするには必要な措置と思われます。…それで、宿衛所はどの部署の管轄でございましょう?」
意見を求められたソクチュは、サンに尋ねた。
「宿衛所はいかなる部署にも属さない。王である私の直轄としよう。その隊長の職位は正三品に相当するものとし、ホン・グギョンを都承旨に昇進させ、隊長も兼任させる」
会議の後、ソクチュはチェ・ジェゴンと2人でミーティングルームに戻り、ぽつりと吐き捨てた。
「王様の決定は大きな反発を招くことでしょうな…」
ホン・グギョンは、老論派を厳しく取り締まってきた男だ。これまでしばしば行き過ぎと思える行動もあった。そのグギョンに、一度にこんな大きな権限を与えては、不安にならないわけがない。
ジェゴンもまた同じような不安を抱えているとみえて、返事もせずに黙り込んでいた。
重臣らの心配をよそに、ホン・グギョンは母親と妹を連れ、恵慶宮に謁見した。
グギョンの母は黒髪を清潔にまとめた、ふくよかなしっかりした女性で、妹はその母に似て、目のりりしい娘だった。
実はグギョンには妻がおり、今回の昇進で、妻にもそれ相当の高い位が与えられ、宮中でのしきたりなどを学ぶ機会を得るはずだったのが、どうも持病があるらしく、京畿道、加平で療養中とのことだった。恵慶宮はグギョンを深くねぎらい、すぐに医官を加平へ送るよう約束した。
恵慶宮の祖父、ホン・ボンハンは、グギョン一家が退出したあと、恵慶宮にこう話を持ちかけた。
「恵慶宮さま、ホン・グギョンの妹をどうご覧になりましたか…? あの娘を王様の側室として迎えようとはお考えになりませぬか。申し上げにくいのですが、もはや王妃様に世継ぎを望むことは難しいのでは。ホン・グギョンは我々と同じホン一族の出身…。あの者の妹ほどふさわしい者はおらんでしょう」
恵慶宮はグギョンのそばに控えていた娘を、もう一度、思い浮かべた。確かに非のうちどころのない、つつましい娘だったと思った。
老人は、草ぶきの屋根全体にロープのネットを張っているところだった。また何か新しい実験でもしているのだろうと思って、サンは急にからかいたくなった。
「相変わらずだな。ご老人」
「こやつ、何しに来た!」
老人が、屋根からサンを見下ろして言い返した。お供についてきたグギョンは、あまりの失礼な態度に思わず飛び出そうとしたが、こっそり腕を伸ばしたサンに止められた。
老人がサンを、前々から遊び人のお坊ちゃんだと勘違いしていることも、作物の育て方や農具など、役立つ研究をしていて、サンや多くの若者たちに尊敬されていることも、グギョンは知らなかった。そうは見えないほど、みすぼらしい姿だった。
老人はサンをさっそく小屋へ迎え入れた。床に積んだ書物と、小さなタンスに寝具をのせただけの、こじんまりした部屋だった。相変わらず自分の論文を、壁中にベタベタと貼り付けてある。
「久しく頼りがないのであの世へいったと思っていたが、幸い上手く生きながらえたようだな。朝廷の官職にでも就いたか」
老人は、あぐらをかいたサンの姿を見て言った。光沢のある随分と上等な着物だと気づいたらしい。両手をひざにきちんとのせ、正座したグギョンについては、目つきがただ者ではないと感じた。
「たぶん、思っている官職より、もう少し上ですよ。昔から金には困らぬ家でして。実は王様が新しくを建てられので、見物に来ないか誘いに来ました。その図書館には清国の貴重な書物が2万冊納められるそうですから、私の名を出せば、その書物をこっそり見ることもできるでしょう」
サンは威勢よく答えた。宮殿見物などくだらん、と誘いを跳ね付けようとした老人、キ・チョニクは、正直なところ、本2万冊と聞いて、少し迷ったようであった。
老人はつばのあるフォーマルな黒帽子をかぶり、こざっぱりとした着物で参上した。宮殿見学には、老人を慕う教え子たちも噂を聞いて、自然と集まってきた。
その一人、ユ・ドゥッコンは、老人に学友パク・チェガを紹介した。
彼もまた妾などから生まれた庶子という立場のせいで、つい最近まで出世とは縁遠い生活を送ってきた人物だった。
パク・チェガは、老人と教え子たちを新しくできた奎章閣の入口へと案内した。
石壁の門を抜けると、朱柱が並んだ緑の木戸が見えた。
「ここがこのたび王様がお建てになった王室図書館の奎章閣です。実は王様がここの仕事を、我々庶子に任されました。御老公は今日から奎章閣の責任者である提学となられます」
老人は口をあんぐりと開けた。
「何? 責任者だと?! 信じられん。そなたが戯言を言ったか、あるいは王様が乱心したとしか思えん。いや、わしのような者を王様がご存じのはずがない」
「知っているとも。少なくとも私は御老公をよく知っているつもりだ。それとも見当違いだったかな?」
サンがとつぜん後ろから声をかけ、老人に温かい微笑みを浮かべた。
2010/7/19
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月8日木曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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宮中の大広場に集まった絵師達が、地面に大きな紙を広げて、祭りの様子を事細かく写生していた。 ある絵師は、広場の中央で華やかに舞う踊り子達を描いた。 絵の中の女は三つ網をウチワみたいに巻いて、造花や長いカラフルな布を高く掲げながら、くるくると回っていた。天女みたいなスカートを膨らま...