2017年6月8日木曜日

イ・サン41話「無謀な戦い」

御医の診断によると、王様の倒れた原因は脳硬塞だった。
フギョムはこの騒ぎの少し前、王様を殺せば、結局は王世孫に王位が譲られることになるのに、中殿の狙いは一体何だろうと、ファワンに疑問を漏らしていたが、その鍵は、王様が都承旨に書かせた王世孫廃位の通達にあった。
この最後の通達こそが、正式な王命というわけだった。
大臣らも意識不明の王様に、意思は確かめられないとして、譲位の無効を主張した。
王世孫と王様の暗殺が失敗に終わったあと、王様の危篤は中殿にとって、まさに天にも昇るような奇跡といえた。

昼間のうちに召集された極秘の会合には、老論派の大物メンバーが揃った。
それは会議というより、むしろ中殿の独壇場と言った方が正しかった。
今晩、老論派の息のかかった禁軍営と禁軍を動かし、王世孫の住む東宮殿を総攻撃することを聞かされた大臣らは、驚きながらも中殿の指示にすすんで従った。
今この瞬間こそが、最大のチャンスだった。
会合の中で、中殿は“王世孫をひきずり下ろす”という大胆な表現を使った。
王世孫を軟禁、さらに便殿にて王様の宣旨を発布するのを、明朝とした。

会合が終わると、ソクチュとフギョムは石庭へ出た。のどかな鳥のさえずりが聞こえ、会合のピリピリした感じが嘘のようだった。そのせいかソクチュもここでは本音を口にした。
「これは明らかに謀反だ。王様は私に譲位を告げたのだ」
「まさか、手を引くおつもりですか?」
「密告するつもりはないと言っても、どうせ信用しないだろう。私に見張りでもつけるがいい…」
ソクチュは少し投げやりに答えると、不安の色を浮かべたフギョムを置いて、その場から立ち去った。
この話を聞いたホン・イナンは、今度ばかりはソクチュが判断を誤って、貧乏くじを引いたのだと言い張った。

一方、禁衛営の執務室へシン大将を訪ねたサンは、その苛立ちを隠そうとはしなかった。
シン大将の代理を務める兵士は、シン大将は武器を確認しに行ったきり、昨晩から戻って来ないのだという言い方をした。
宮殿の警備を預かる大将が、任務を怠けて消えるなど、信じられるだろうか…?!
シン大将の正直な人柄を知っていればなおさらのこと、事件に巻き込まれたと考えた方が自然だろうとサンは思った。
とすれば宮殿を守るはずの禁衛営には、すでに敵の息がかかっているということになる。
さらに禁軍の方を指揮する別将チョ・ジョンスは、老論派の一味でもあった。
ジェゴンは口を硬く結んだまま、深いため息をついた。
「もし禁軍も反旗を翻せば、ひとかたまりもない…」
残る東宮殿を守る護衛部隊の数は、たった数十名にすぎなかった。
「今夜、千人を超える兵士が私の首を狙ってくるのだな…」
サンは目の奥で考え込むように、ぽつりと呟いた。
その数、禁軍700名、禁営軍400名にのぼる。

サンは、テスら護衛部隊に、城内の禁軍と禁衛営の動きを警戒するよう指示を出した。
事実、普段は護衛部隊の警備区域となっている東宮殿の前を、兵の一部が、堂々と昼間から偵察にやって来るほどだった。
テス達は、刀のさやを布で拭き、武器の準備を整えた。
長ヤリを手にした赤服の禁軍や、銃を縦に構えた灰色の鎧をつけた禁衛営の兵士が、宮中の庭を足早に行進する姿は、サンの目にもとまった。
彼らは敵のようにも、味方のようにも見えた。

町は反乱の噂でもちきりだった。
テスの叔父が、市場を通ったときには、すでに人どころか猫一匹、見当たらなかった。
市場の屋根、柱の骨組み、そして丸裸の縁台だけがその場に残された。
図画署でも当分の間の業務の休止が決まった。茶母達は、庭の洗濯物を竿から取り込んだり、縁台に広げた器類を、手早くしまい込んだりした。
作業場では画員が描きかけの絵を折りたたんで、筒状のバックに入れて肩にかけた。 絵の具用の小皿はすべて膳の上に集められて、筆は汚れをとり去り、フックに吊り下げられた。

夜には、中門の警戒も強化され、部外者の出入りは禁止となった。
サンは一度、大殿まで王様の様子を見に行った。王様は白い肌着に、きなり色の厚衣を着て横たわっていた。相変わらず意識不明のままだったけど、額にびっしょり浮かんだ汗が、生とのきずなに見えた。
御医が王様の親指の付け根の辺りに、針を刺しているのを見て、サンが尋ねた。
「症状が改善したのですか?」
「そうではなく、脳硬塞で片腕に麻痺が生じたようでございます…」
御医はかしこまって答えた。御医の後ろには医女が2名ほど、針を並べた平らなカバンを膝にのせて座っていた。

夜になり、宮中内の禁衛営が、王世孫を捕えようと東宮殿の庭をいきなり占拠した。
ところが老論派の一味の禁軍別将チョ・ジョンスが、禁衛営を武装解除させたことで、騒ぎは一気に終息に向かった。
禁軍が王世孫の味方についたのは、禁衛営にとっては予想外の出来事だったが、それはサンにとっても同じだった。
禁軍別将チョ・ジョンスは、事前にキム・ギジュから、協力を依頼されていた。
しかし“王世孫が王様の病にかこつけて、王座をのっとろうとしている”とのデタラメな話を、そのまま鵜呑みにはしなかったのだろう。
また彼は真面目な性格でもあった。王様の宮殿を守る任務を、忠実にまっとうしたのである。

禁軍別将チョ・ジョンスの裏切りは、中殿には全くの想定外だった。
総攻撃の失敗で、中殿は宮殿を逃亡するはめになった。
誰の目にもつきやすい金のとんがり屋根のコシは、途中で乗り捨てなければならなかった。
頭からすっぽりとマントで顔を隠し、キム・ギジュ、尚宮の3人で、貧しい民家に沿って、闇の中を足早に駆け抜けた。
彼らを逮捕しようとグギョンが中宮殿に乗り込んだときには、すでに部屋はもぬけの殻となっていた。
一方、サンは禁軍別将チョ・ジョンスを部屋に招いた。お礼とねぎらいの言葉をかけてやるためだったが、そのとき別将は、中殿が老論派に宛てた密書を卓上机にのせて告げた。
「この密書は城外に移動させられた五軍にも伝えられています。彼らの兵2万が都に攻めて来たら、事態は収集不可能になりましょう…」

翌日、図画署では、パク別提がいよいよ部署の閉鎖を画員と母茶に伝えた。
五軍営に攻められ、都中が戦場になるなど、さまざまな噂が飛び交うなか、その詳細については、パク別提も分からないとした。

サンは五軍の攻撃に備え、平安道の兵使イ・サンピルに援軍を求めることに決めた。
イ・サンピルは、王世子に最後まで尽くし、サン自身も力になって貰った経験のある人物だった。
イ・サンピル宛の密書は、王世子の護衛隊長だったソ・インスに託された。
仁王山を超えるまではテスが護衛し、そこから1人で早馬に乗った。
ソ・インスが楊州の関所を無事に突破したという知らせを聞いたサンは、執務室で作戦を練りはじめた。
会議には別将チョ・ジョンス、ナム、グギョン、ジェゴンの他、よろい姿の兵3名が参加した。
平壌から援軍が到着するまでは4日ある。その間、何とかして城を持ちこたえさせるのが重要な課題だった。
「各門に100名の禁軍を配置し、残りは城郭を守ります」
チョ・ジョンスは、山に囲まれた宮中の敷地図の東西南北それぞれに手を置いた。するとサンは右端の山の周りを手でなぞりながら言った。
「敵はこちらから攻めて来る。ここに追加の人員を」
現在、すでに1万を超える五軍が、都へ近づいていた。
さらにサンにとって不運だったのは、この無謀な戦いに命をかけることを疑問視した声が、内部にあったということだ。
そのうちの禁軍部隊長2名が、自分の軍を引き連れて宮殿を飛び出し、中殿側に寝返った。

禁軍部隊長2名と離脱した一部の禁軍を受け入れたことで、中殿は再び風向きが自分の優位に変わったのを感じとった。
城に残っているのは、数十人の護衛官と300名足らずの兵士に過ぎない。
進撃中の五軍営も、じきに都に到着するところだった。
中殿は急きょ、避難先の屋敷から宮殿に戻ることに決めた。
もう夜まで待つ理由はなくなったのだ。

圧倒的な軍の数を見て、門番の兵士らは、慌てて持ち場を離れて逃げ出した。
金の丸型ヘルメットをかぶった大群のあとには、ヤリを手にした禁軍が雪崩のように駆けこんだ。
続いて、中殿、キム・ギジュ、ファワン、フギョム、逃亡した禁軍の部隊長2名、ソクチュを除いたホン・イナンら大臣総勢が、堂々と城に入場した。
押し寄せる軍の歓声が、門からまた次の門へと地響きのように広がっていった。
兵士が中門を突破するのとは別に、大臣らの長い列を引き連れた中殿が、屋根付きの外廊下を大殿に向かって静かに突き進んだ。
「左承旨。王世孫を捕らえよ!」
中殿の凍るような声が、大殿の前に響き渡った。
キム・ギジュがさっそく兵数名と一緒に、大殿へ踏み込もうとしたそのとき、大殿の扉が開け放たれ、サンが自ら姿を現した。
そのサンの背後にある顔を見て、中殿は青ざめた。
王様が立っていたのである。


2010/5/16更新

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...