2017年6月8日木曜日

イ・サン42話「衝撃の処分」

王様の意識が戻ったことを、サンに知らせたのはナム尚洗だった。
サンが慌てて寝室まで様子を見に行ってみると、王様が天井を見つめるように薄らと目を開けて、床についていた。
体力を消耗しきった体は、ぐったりとして見えた。それでもサンの方に伸ばしてきた手は、ふっくらとしていた。
王様はたった一言だけ、声にもならない声を漏らした。
「サンやぁ…」
サンは王様の手を両手でしっかり握りしめて、一筋の涙をこぼした。サンが幼かった頃から王様はずっと孫のことを、そなたと呼んだ。
すぐに体を起こせるようになった王様は、御医に処方された烏薬順気散を飲み干した。色を失い、腫れぼったくなった唇に、自分でナフキンをあて、水滴をぬぐった。
おつきの男に支えられながらではあったけど、王様が自分の足で立っているのを見た中殿や重臣たちは、それこそ心臓が止まるほど驚いた。
王様の前に慌ててひれふす彼らの列は、渡り廊下のずっと後方にまで長々と続いた。
しかし中殿らが大殿に攻め込もうとしたその一部始終を、王様は見ていた。
てっきり病が快方に向かっているものと、サンが期待を持ったのも無理はない。
御医が後でサンに話したところによると、王様の容態は依然として極めて深刻で、意識が戻ったのは、まるで奇跡とのことだった。

激怒した王様は、その場で大臣らを捕り押さえるよう指示し、中殿、ファワンを部屋に軟禁した。そして全員を大逆罪に問うよう、サンにくれぐれも言いつけた。
禁軍別将チョ・ジョンスの指揮によって、中宮殿の周りには、監視の軍が配備された。
事態を知らない五軍営の兵は、南泰嶺を超え、あと数時間で都に到着するところまで迫っていた。
サンは王様に頼んで臨時の通達を書いて貰うと、万一のため、城外へ禁軍を配備した。
グギョンに手渡された通達は、緊急の赤旗を背中になびかせた早馬で、五軍営のもとへと届けられた。

テスの叔父さんとソンヨンは、その頃、ちょうど町の通りを歩いていた。
人々が避難したあとの通りは、ただガランとしていた。城外に移動する禁軍の列が、砂ぼこりをまき散らして走り抜けるのを見て、2人はいよいよ戦争がはじまるのだろうと思った。
しかし意外なことに、禁軍兵の2列の影が、道に引きずられて消えたのと入れ替わりに、町には五軍営の解散のニュースが流れてきた。
王世孫の廃位を狙った謀反は、終えんを迎えたのである。

宮中の各部署に下りていた休止令も、まもなく解除された。パク別提から業務再開の発表を聞いた画員や母茶らの表情には明るさが戻った。
その一方で、謀反に関係した者が3日後には少なくとも100人は処罰され、都に血の雨が降り注ぐだろうとの噂が流れた。
重臣たちが尋問されるとか、勢力の一斉排除がはじまるなどの話もささやかれた。
パク別提は、朝廷の問題に気を取られることなく、それぞれの職務をまっとうするよう、画員や茶母らに注意を付け加えた。

こうして事件が終わってみると、サンは改めて思うのだった。
この激動の数日間、いかに死が目前に迫っていたのか…
1万の兵を抱える五軍営が、都に近づいてくる間、サンの頭に浮かんだのは、グギョンのことだった。
「死なせるには惜しい男だと思った。そなたの抱いた大志や夢が、私に仕えたために実現できずに終わるかと…」
サンにこう打ち明けられたグギョンは、感極まって涙まで流した。
グギョンが野心家だというのは、前々からサンの承知するところだった。案の定、彼はその後、事件に関わった者を根絶やしにしようと、活発に飛び回りはじめた。
陰で関与した者も含めて、サンの卓上机に提出されたとき、その一覧は分厚い1冊の書物になっていた。
ところがグギョンは、サンの表情に、どこか暗い影があることに気付いた。
断罪できる喜びよりも、何かを迷っているように映ったのだ。
処罰の一覧にあげられた名は、王様の妻である中殿の他、サンの叔母のファワン、大叔父のホン・イナンと、サンの身内ばかりだった。
「そなたの言う通りだ。処罰をためらっている…。だが心配するな。やるべきことを躊躇せず、実行することが必要なのだ。罪を罰しなければ国が立ちお直らない」
サンはきっぱりとグギョンに約束をした。
その言葉に勇気づけられたグギョンは、ますます調査に本腰を入れて奔走した。
罪の大小はあれ、中殿の密書を受け取った者まで全てをリストアップした。
禁軍別将チョ・ジョンスの協力で内幕を暴き、中殿がウンジョン君を王座にのしあげようとしていた事実もつかんだ。
これで腐った朝廷がようやく一心されるだろうと、グギョンは期待を膨らませた。
王世孫を苦しめた敵を根絶やしにすることは、もはやグギョンの悲願でもあった。
しかし突然、グギョンはサンに大きく失望して、朝廷を離れることになる。
編み傘をかぶり、海岸の岩場で釣り糸を垂れる彼の姿は、さながら失恋した放浪者のようだった。

そのきっかけとなったのは、内兵曹の留置場に投獄されたフギョムが、檻の隙間から助手に手渡した1枚の書状にあった。
書状は助手の手から、吏曹判書ソクチュの屋敷へ届けられた。
手紙の内容は、助けを求めるものであった。
ソクチュはじっくりと考え、やがて書状を軽く折りたたむと、下働きの男を呼んで、宮殿へ行く身支度を整えるよう伝えた。

王世孫の部屋に通されたソクチュは、適当な線で事件をもみ消すようサンに提案した。
具体的には、キム・ギジュの他、離脱した禁軍の部隊長、工曹判書、刑曹参議、官曹参判らに罪をかぶせる範囲で、手を打つというものだった。
サンは当初、とんでもない案だと苛立ち、ソクチュを怪しむように睨みつけた。しかしソクチュにも言い分はあるようだった。
「処罰の対象になる重臣は100人を超えます。王世孫様は朝廷が覆ることはないと私に約束されました。私はそれを守って頂きたいのです」
サンが厳しい表情ながらも黙り込んだのを見て、ソクチュは根気よく説得を続けた。
「以前、王様は王世孫様を廃位する宣旨を出されました。しかしその翌日には、一転して譲位を決めたのです。廃位の無効を説明するためには王様の病名を明かす必要があります。それは記録され、後世の歴史に残ることにもなりましょう。ここまでの事態になっても病のことを隠す理由は何ですか? 王様の御心が傷つくのを、恐れているからではありませんか…」

まもなく、サンは投獄された重臣らを便殿へ一同に集めて、処分を言い渡した。
その内容は、大臣らはもちろんのこと、グギョンをひどく困惑させた。
左承旨キム・ギジュと禁衛営の指揮官、禁軍の部隊長2名は、官職をはく奪したうえ流刑とし、内通した工曹判書イ・テソク、刑曹参議オ・インチョル、吏曹参判ペ・ヨンスにも同様の処罰を下した。
死刑をまぬがれ、あっさり釈放になった多くの大臣らは、胸のつかえが下りたようにホッとし、水が浸みこむような速さで、以前と同じそれぞれの日常生活に戻って行った。
グギョンの猛抗議も空しく、捜査はサンの一存で打ち切りになった。
またサンの母、恵嬪は、王世孫の譲位を妨害しようと軍まで動かし、大殿へ押し寄せた罪にしては、あまりに刑が軽すぎることにどうしても納得がいかず、直に王様へ訴えてみようと、密かに大殿へと足を運んだ。

フギョムは釈放されてすぐ、ファワンの御殿へ挨拶に顔を出し、今回の処分は王様の認知症が公になるのを、王世孫が恐れた結果だろうと言った。
ただ1つだけ気になったのは、大臣の内輪でのミーティングに出席していた都承旨を、大殿のおつきの男が、慌てて呼びに来た点だった。
理由を尋ねるホン・イナンとフギョムに、大殿の男は、かしこまってうつむきながら、王様が新しく宣旨を出すようだ、とだけ答えた。

さっぱり釣れないので、さては魚に心を見透かされたかとグギョンは思った。
グギョンを朝廷に連れ戻しに来たテスが、心配そうにそばに突っ立っていた。
黄色い夕日が空を隅々まで染め、海岸の岩を黒い影にした。その強すぎる光は、海面に白い道筋を作って、波打ち際にしゃがみ込むグギョンに向かって真っすぐに伸びていた。その周りで波は尽きることなくツノを立てた。
釣り場所を変えてみよう…そうグギョンは独りごとのようにテスに呟いた。
見切りをつけ、岩の隙間に引っかけておいた2本の竹ざおを撤収していると、背中越しから、突然ジェゴンの穏やかな声が流れた。
「そなたが今釣るべきは、王世孫様の心であろう? どうせ場所を変えるのなら、宮殿に帰りなさい」

2010/5/23

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...