兵曹判書ハン・テス、工曹参判チョン・イクソンなどが正体不明の男達にさらわれた。
大臣らは連日1人、また1人と消えていった。
特に前左議政オ・ヒョンス、前刑曹参議イ・ジョンホの2人は、かつて王世子の死に関与した者だっただけに、残った大臣らはいっそう不安になった。
実はその水面下では、それこそホン・イナンが聞いたら、悲鳴でもあげそうな出来事が、もう1つ起こりつつあった。
つい最近、王様は都承旨を呼び出し新しく宣旨を書かせたが、その内容は概ね以下の通りである。
「本日、丙申年2月13日、中殿キム氏の中殿の位を廃し、平民に降格させる。中殿の務めは王を支え、民を慈しむことである。だが中殿キム氏は役目を果たしていない。ゆえに住まいを中宮殿から嘉靖堂へ移す」
ただしこの宣旨の実際の公布は、王世孫の考えに委ねるとした。
王様はついでに今日から国王の座をサンに譲るつもりでいた。しかしこれはサンの方が辞退を申し出たため、代わりに摂政に任命するとした。
さらに大臣らの釈放を不服とする恵嬪の訴えを聞き、先日王世孫が下したキム・ギジュらへの処分を、とつぜん撤回すると発表した。
禁軍の部隊長らは打ち首となり、左承旨キム・ギジュは流刑地が厳しい辺境に変わった。
大臣らの集うミーティングルームに顔を出したホン・イナンは、最も悲観的だった。
「結局、連中は我々を安心させたあとで、じわじわ殺す気なのですよっ!」
ソクチュをはじめとする大臣達も、今度ばかりは、ホン・イナンが、先走りしているだけとは思えず、皆そろって渋い表情になった。
これらの悪い知らせは、どこかでつながりがあるようにさえ思えた。
恵嬪がソンヨンを宮殿に呼ぼうと思いたったのは、亡き王世子の書状を見つけた手柄を称えるためだった。
庭から宮殿の部屋へと案内する間、嬪宮のおつきの女は、ソンヨンにやかましく忠告をした。どうも彼女はソンヨンとサンの恋仲を疑っているようだった。
「王世孫様が王になられたら嬪宮様が中殿様になるわ。つまり国母になられるということよ」
あと数年もすれば、おつぼねになりそうな微妙な年頃にも関わらず、ベビーフェイスのせいか、おつきの女にはどこか憎めないところがあった。
しかし恵嬪に謁見した帰り、ソンヨンは嬪宮本人に勧められて、サンのいる弓場へ1人で足を運ぶことになった。
世継ぎの誕生を諦めようとしている嬪宮には、ある思いがあった。
夫の抱えている様々な不安をソンヨンが上手く和らげてくれるという期待、そして将来国王になる夫には、世継ぎの産める女性が必ず必要になるという現実だった。
弓場では尚宮らが脇の簡易テントで、サンの練習を見守っていた。
同時に護衛たちの視線も浴びながら、サンは力いっぱい弓を引いた。
弓はきしり、矢に添えられた指と一緒に小刻みに震えた。
手を放した瞬間、矢は猪の的の絵に突き刺さった。サンは1本、また1本と、何かにとりつかれたように矢を放ち、そのすべてを猪の額や鼻筋に命中させた。
サンの背中を眺めていたソンヨンは、今は声をかけるのをやめておこうと思った。
サンはただ矢を放っているという雰囲気とは、かなり違っていた。
事実、父や自分を死に追いやろうとした敵の心臓を、気持ちの中で打ち抜いていたのだった。
その個人的な恨みや怒りを、サンが胸の張り裂ける思いで抑え、冷静に努めようとする理由はただ1つ、自分がこの国の王世孫であるからだった。
赤服の兵隊に続いて、牛車に引かれた丸太の檻が、町の通りにさしかかっていた。
「よくもあんな罪を犯せたもんだ!」
やじ馬たちが、義禁府へ護送される罪人に向かって叫んだ。
大きな旗をなびかせる兵士らの後に、2人用の長細い檻が通り、次いでキム・ギジュ1人をのせた小型の檻がやって来た。
白装束を着たキム・ギジュは、見物人の中に、知った顔があるのを見て、熊のように吠えかかった。
「このキム・ギジュをなめてはいかんぞぉ。必ず戻って来る。その時こそお前と王世孫を絞め殺してやる」
しかしいくら叫んだところで、キム・ギジュは檻の中だった。
その大きく見開かれた視線の先には、グギョンが立っていた。 まだ他に楽しみがあるかのように、意味ありげにキム・ギジュを見つめ返していた。
キム・ギジュの声は牛車が進むにつれて、しだいに遠くなっていった。
その日、右洗馬のテスは、訓練場に行かずに、サンの命令で、さんざんグギョンを捜しまわった。
ようやく見つけたときには、グギョンは山林の集落の小屋へ戻っていた。
まだ帰宅したばかりらしく、脱いだ傘帽子を縁側に置き、テスにこう返事をした。
「釣りに行ったに決まっているだろう」
声は淡々としながらも、何か考えのある顔つきだった。
メシの支度をすると言い残して、グギョンが地下足袋を履いたまま、奥の部屋へあがり込んでしまったので、テスは仕方なく魚を片付けるために、縁側に投げてあったカゴバックの口を広げたものの、なぜかその中身は空っぽだった。
とっさに、地面から草ぶき屋根に立て掛けかけてあった2本の竹竿を手に取ってみると、釣りに行ったにしては乾いていた。
夜、黒い忍びの服に身を包んだ男たちは、ホン・イナンの誘拐が、フギョムの一味に勘付かれて、失敗に終わったことをグギョンに報告した。
手下を見送ったあと、グギョンはしたたかな目つきで、一息ついた。そのまま母屋の小屋へ戻ろうとしたところを、突然サンに呼びとめられたのだった。
グギョンは内心驚きながらも、かしこまってじっと頭をさげた。計画が失敗に終わったのを悟った瞬間でもあった。
サンの隣には、ナム尚洗、グギョンの行動を怪しく思って密告したテスが立っていた。
グギョンは大人しく、納屋へサンたちを案内した。
扉が開け放たれた瞬間、月明かりが板の目の隙間から筋になって小屋の奥まで広がった。
その光は、行方不明となっていた6人の大臣たちを照らし出した。大臣たちは手や口を縛られた状態で、涙ながらに助けを求めた。
サンはグギョンを、きつく睨みつけて聞いた。
「そなたの手で殺すつもりだったのか?」
「はい。さようでございます…」
グギョンはガックリとうなだれて答えた。
サンにはグギョンの信念が理解できた。
グギョンの無念は、それ以上にサンの無念だった。
しかしその手を血で染めるのは自分であって、部下であってはならなかった。
サンの命令で大臣らがその場で解放されると、グギョンは、こみあげる心の苦しみを押さえつけるように、自分の胸に強くこぶしを打ちあてた。
しかしその夜のうちに、グギョンはきちんとした身なりをして、朝廷へ復帰した。
サンにはこれから、まだたくさんの改革が待っていた。その案を練る仕事を任されたソクチュは、事実上の昇進と言って良かった。
一方、王族の家系図を作る職を言い渡されたフギョムは、正三品から7階級下の主簿への格下げを意味していた。
ソクチュはジェゴンと協力して、派閥や身分を問わない26人を事務官などの官職の候補者に決め、そのリストの提出を速やかに済ませた。
次にはサンの念願であった王世子に関する史書の記録を修正する準備をすすめた。
2日後の昼の午の刻、天候くもり。
王世孫の一行は山へ向かって、高い滝の正面に参列した。足元には川が広がっている。
山頂から一直線に落ちる滝は、谷間の両脇に積もった白い雪で3本のストライプに見えた。
行事の参列者は、サン、恵嬪、嬪宮、グギョン、ジェゴン、ソクチュ、サンの母方の祖父の他、テスら護衛、警備兵、尚膳、尚宮、女官、行事を記録するソンヨンら図画署員と、設営テントの中に大勢の大臣らの顔ぶれがあった。
係の役人4名が、王世子の記録史からページを1枚ずつ取り外しては、川の中で表と裏にゆっくりと返しながら墨を消し、川べりに控えたソクチュやグギョンに手渡した。
途中から、おつきの男に脇を支えられて、王様も山奥の現場まで顔を出した。
王世子の屈辱が晴れるこの日、その妻であった恵嬪がぽろぽろと涙を流しているのを見て、王様は言った。
「そなたには合わせる顔がないな」
「もはや思い残すことはありません…」
恵嬪は感無量な様子で頭をさげた。
水の流れとともに、 王世子の汚名はそそがれていった。
集まった者たちは皆、川の音に耳を傾けて作業を静かに見守った。
王様の耳には、米びつの中から無実を叫ぶ、王世子の声が流れた。
やがて一行は、冬の木立の間を、ゆっくりと下りはじめた。
王様のすぐ後ろには、サン、恵嬪、嬪宮がついて歩いた。行きとは違って、行事を終えた一行には、リラックスした空気が広がっていた。
なかでも一番、ホッとしていたのは王様だった。
病のなか、はってでも来た甲斐があったと、つくづく思った。
小鳥のさえずりや、冬の木や、曇り空を記憶に残すように、まじまじと眺めては喜びに浸った。まるで目に見えない何かを追うように熱心に歩いた。
サンが思わず心配して声をかけた。
「険しい道が続きます。どうぞ後ろのコシへお乗り下さい」
「いや、大丈夫だ。このまま歩きたい」
王様は微笑み、息苦しさから深い呼吸をした。
雪がときどき綿毛のように舞った。日差しは暖かかった。
2010/5/30更新
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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