2017年6月8日木曜日

イ・サン46話「断罪の決意」

うめき声を聞いたような気がした。何かがドシリと音をたて、そのあと軽いものが落ちたように思った。
「何の騒ぎだ? 答えよ」
サンは書物を閉じて、障子越しに声をかけた。 しかしおかしなことに返事がない。
ゆっくりと立ち上がり、格子に近づいたサンは、ドア開け、上り口へ足を下ろした瞬間、驚いて大きく身をひいた。
足元に見たのは、ひんやりした石の上に倒れた女官たちの死体だった。逃げようとしたのだろう、手首だけがだらんと石段から落ちかけている。首や胸にはどれも大きな刀の斬りあとがあった。
辺りは闇に包まれ、この世にいるのはまるで1人だけのように、ひっそりしていた。
中央の石段の下に体をもたれていた内官は、苦しそうに喉元を押さえながら、サンに「王様…」と呟いて、息をひきとった。

部屋へ舞い戻ったサンは、誰かが息を潜めているのを感じとった。
1本すっと床に伸びているのは、飾り棚の前に立て掛けてある護身用の刀の影だった。
あの刀を取れるだろうか…? たった2歩の距離とは言え、難しいと思った。
案の定、サンが刀にタッチした瞬間、刺客がコウモリのようにひらりと飛びかかってきた。
サンは床を転がって逃げ、刺客が真上から振り下ろしてきた刀を、自分の刀で必死に受け止めた。サンの衣の紋様が映って、刀が金色に光った。
男を跳ね返して立ち上がると、今度は互いの隙をうかがうように、刀の影が2つ、じりじりと時計回りに移動した。
刀越しにサンが睨みつけた男の正体は、あの塗装工だった。

刺客はやがて、ムダのない動きで大きく刀を振り回して、サンの帯の辺りを一気に斬りつけた。
サンの刀は跳ね飛ばされ、燭台を倒して床の端の方に転がっていった。
「楽に死なせてさしあげましょう」
長布団に尻餅をついたサンに、男はとどめを刺そうと刀を突き付け、ニヤリとした。

刺客とは別に、外ではフギョムが用意した部隊が、屋根から大殿前へ次々と下りたっていった。
女官や内官がぐったりと倒れている奥に、格子ドアが見える。
ドアは1つだけ開いていた。内側のドアは、全てぴたりと閉められており、室内の灯りが薄く漏れて、足元を白々とした。
リーダー格の男が、突入のサインを出したとき、後ろにいた手下の何名かが、うめき声をあげた。
振り向いたリーダーは目を疑った。彼らの胸には、矢が突き刺さっていた。
屋根の上から弓を放ったのは禁軍だった。さらにはヤリを手にした禁軍が、大殿の外廊下を挟みむようにどっと、なだれ込んできた。
王を暗殺するなら、恐らく今夜に違いない…
敵の計画を見抜き、禁軍を大殿へ向かわせたのはグギョンだった。しかしすでに刺客が大殿に侵入した後のことであり、グギョン自身、遅すぎたのを実感していた。

グギョンとテスが大殿へ駆け込んだとき、2本の燭台の火は消え、代わりに卓上机の周りを月明かりが照らしていた。
その机の影に隠れるようにして、一体の死体があった。死体は塗装工だった。顔は横に、目は天井の方をじっと見つめていた。
その胸に刺さっていたのは、サンが放った金のかんざしだった。
部屋にはサンの姿はなかったが、まもなく2人は、大殿の外廊下の一角にうずくまっているサンを発見したのである。

グギョンは直ちに護衛部隊を率いて、敵の捜索を開始した。
ファワンの宮殿は、すでにもぬけの殻になっていて、フギョムの居所も検討がつかなかった。
治療を受け、腕に包帯を巻いたサンは、宮殿へいったん戻ってきたグギョンに、こんな質問をした。
「そなたがあの2人だったとしたら、どこへ向かうと思う? ファワン様が死ぬことより、逃げることを選んだということは、きっと何らかの後ろ楯を得られる見込みがあるからだ。清国へ向かうつもりなのだ。この時期で人の少ない船着場は楊花津であろう」

寅の刻過ぎ、計画が両方とも失敗に終わったことを告げられたフギョムは、ぼう然とし、疲れ果てたようにまぶたを垂らした。
心の中は絶望の闇に襲われた。それでも養母ファワンへの支援だけは、最後まで惜しまなかった。
「すぐにお逃げ下さい。清国へ向かう船が、もうすぐ楊花津に到着します。これを持って行けば母上が暮らしに困ることはないでしょう。私は参りません。この件の首謀者は私です。もし一緒に逃げれば追っ手から逃げるのが難しくなりますから」
フギョムは、懐からガサガサと清国ウィ様宛の書状を取り出し、卓上机にのせた。
その書状をファワンが引き裂くのを、フギョムは驚いた顔で見つめ、母の言葉に目を赤くした。
「そなたを見捨てて生き延びろと申すのか。そたなを養子にしてから私は一度たりとも他人と思ったことはない。優しくしてはやれなかったが、それでも私はそなたの母であり、そなたは私の子なのだ」

フギョムはファワン、助手、手下数名を引き連れ、港そばの松林に潜伏した。
崖から港の様子が一望できた。
板のデッキが水際に長く走り、海へと伸びる中央の道と、入場施設のある広場とに別れている。
広場の脇と中央の船着き場に、木造船が数隻ほど待機してあった。
荷を背負った商人が船から降りてきた。その商人が進む中央のデッキから突き当たりにかけ、7、8名の警備兵が等間隔に並んでいる。足早に歩いてきた上官と兵士数名が、船着き場の入り口へと向かう商人とすれ違いになった。
「すでに護衛部隊に監視されているようです。しかしご心配はいりません。我々がやつらの注意をひきつけます。お急ぎ下さい」
フギョムの助手は言った。港から山の遊歩道の方へ、軍をおびき寄せるという。
助手は手下と一緒に、船着き場に手裏剣をわざと投げ込んで去っていった。その際、フギョムとファワンのために、手下を1人置いていくのを忘れなかった。
フギョムは兵の数がその後、みるみる増えてくるのを上から眺めていて、助手たちの最期を予感したのだった。

「あれが清国行きの船です…」
もぬけの殻になった港を見て、1人残った手下は言った。
フギョムと母は、急いで山肌から港へ下りたった。
しかし約束していた船頭は、まだ来ていなかった。
船頭を探すために、手下がはしごを駆けあがり船の中へと消えた。それを待つ間、ファワンは頭を覆っていた外衣を肩まで下ろして、ホッとしたように息をついた。
「大丈夫ですか? もう心配することはありません。この船に乗れば…」
フギョムが言いかけたとき、船壁からうめき声が聴こえ、首にナイフをあてられた手下が、とつぜんテスと一緒に船の上に姿を現わした。
フギョムは母を守ろうと、とっさに刀を引き抜いたものの、何の役にもたたないのを知って、力なく手をおろした。
船着き場は、いつのまにか護衛部隊で占領され、もはや自分たちは袋のネズミだった。
「そろそろ年貢の納めどきでしょう…」
グギョンがゆっくりと船の上からフギョムとファワンを見降ろして言った。

翌日の晩、サンは明日の会議で公布する罪人たちの処分状を書きあげた。
断罪すべきは、昨夜の件だけではない。父や自分をおとしめた悪行の全てを明らかにするつもりだった。そしてそれは国の歴史に刻まれることになるだろう。
最後まで迷ったのは、大妃についての処分だった。

翌朝、女官が2人がかりで布のかかった朝食の膳を抱えて、大妃の部屋の前に立った。
障子越しに声をかけてみても、中からの返事はなかった。
夕食も抜かれたのに、このままではお体にさわると言って、自ら部屋の中へ入っていった尚宮は、そこでうつぶせになって倒れている大妃を発見した。
そばに、きなり色の粉のついた白い包み紙が落ちていた。

2010/6/28

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...