未の刻。先がくるんと曲がった幅広のオノを、顔の周りに厚いヒゲを生やした男が、ゆっくりと石の上で研いている。
処刑を見物しようと出てきたテスの叔父は、いい場所がもう埋まっていて、ちっとも見えやしないので、人ごみを押しのけて、一番前のロープのところまで来た。
そうこうしているうちに、城壁のアーチ門をくぐってきた罪人らを見た民衆たちが、一斉に石コロを投げつけはじめた。
「この悪党どもめ! お前らのようなやつらは、釜ゆでにされて犬にでも食われちまえ!」
処刑担当の男が、口に含んだ水をオノに豪快に吹きかけ、しぶきがシャワーのように飛び散って、見物人の姿を白く包んだ。
男は罪人の首をちょん切ろうと、いたずらにオノをひらひらと泳がし、また大きく振り回したりしながら、踊るように罪人の周りを歩いた。
サンが王について1カ月。断罪は連日のように繰り返されている。この血塗られた日々が、一体いつ思わるのか、それは誰にも想像がつかないことだった。
「明日、残る罪人の取り調べが済み次第、獄中のチョン・フギョム、ファワン様、ホン・イナン、大妃様に対する王様の処分を発表致します。主治医によれば、大妃様は幸い、峠を越されたとのことでございます」
グギョンはそう王様に報告した。
大妃は助かったのであった。しかしその事実が、ジェゴンの心にずっと小骨のように引っかかったままだった。
もし大妃が自害したとの噂が表ざたになれば、王様の行く末に大きくさしさわる。この件で、大妃は世間の同情を集めるばかりか、今は逆賊に向けられている非難の目が、王に向けられるやもしれない。
ともあれ、噂はいずれ宮殿の塀を超え、都じゅうに知れ渡ることになるだろう。それほど人の口は鳥の羽根のごとく軽く、また心は移り気なものなのだ…、とジェゴンは思ったのである。
ジェゴンの心配は、御前会議での老論派の態度にもあらわれた。
「謀反の首謀者とされる9名が死罪、加担したとされる30名が罷免されました。それなのに、いまだ多くの罪人が投獄されているとは、まったくもって納得しかねます」
重臣の意見に、サンは思わず声を荒げた。
「それらは皆、王の暗殺を謀った重罪人だ。それを厳罰に処するのはしごく当然のことではないか!」
次いでソクチュがサンに質問した。
「王様、では大妃様の件についてはいかがですか? ちまたでは尋問の屈辱に耐えかねて、大妃様が自害を計られたという物騒な噂が流れております…」
獄中の檻から耳をそばだてていたホン・イナンは、狂喜じみた声をあげて、他の重臣らと手を取り合って喜んだ。
「ほら、あの声が聞こえるか? 希望が見えたぞ。これで我々もなんとか助かるかもしれんな!」
血で汚れた白装束は、厳しい拷問によるものだった。
老論派の息のかかった儒生らが、大妃の自害に触発されて、続々と都に集まってきている。罪人の処分の撤回を求め、城壁門の前で土下座する儒生の声は、昼も夜も関係なく響いた。
「ぬか喜びはなさらぬ方が良いでしょう。どうせ今さら何も変わりはしません。これしきの反発は王様も覚悟したはずですから」
一人、わらの上でじっとあぐらをかいていたフギョムが忠告を入れた。彼もまた、目の縁や唇や、すっと通った鼻筋に傷を負い、束ねた丸まげから乱れ髪を垂らしていた。
「ふんっ! 王宮殿に刺客を送った首謀者のそなたはどの道助かるまい。だが我々は違う。大妃様と我々は生き残るゆえ見ておれ!」
ホン・イナンは、苦々しい顔できっぱりと否定した。
翌日、王様の決定した処分が、いよいよ発表された。
フギョム、ホン・イナンら罪人の8名ほどが、縄でしばられた状態で判決の広場へ入って来た。
「はじめよ…」
ジェゴンの合図によって、グギョンがむしろにひざまずかされた罪人を、壇上から見下ろしながら、巻物を読み上げた。
「丙申4月辛丑の日。罪人ホン・イナン、これにて罷免。ヨサンに流刑後、毒殺に処する。丙申4月辛丑の日。罪人チョン・フギョム、これにて罷免。咸鏡道、キョンワンに流刑後、毒殺に処する」
その場に姿のなかった罪人ファワンは、平民に降格のうえ、キョドンの地へ軟禁とされた。
その晩、大妃は自分の部屋を訪ねてきたソクチュに、その胸のうちを堂々と打ち明けた。
「私はこれより王の臣下となろう。生きるために決まっておる。死の縁をさ迷い悟ったのだ。生き延びればならぬ。大妃の座を守り、必ず最後まで生き残ってみせる。そのためなら土下座もいとわないと固く心に決めた。他に何があるというのだ…?」
大妃の処分は、グギョンの提案で保留にされた。
もはや何の力も残っていない大妃を追放するよりも、このまま生かしておくことで、王様への非難を避けようと考えたからである。
竹竿を2本、肩にのせて、フギョムが枯れ草の中を戻っていく。フギョムを挟んで前後には、監視兵が数名、ついて歩いた。気楽な島暮らしと言っても、心に重しをのせての生活だった。
小枝の垣根の前に、警備兵が2名立っているのはいつもと同じだった。ただし今日は、小屋の前にも、赤衣の重臣2名、役人2名と、槍を地面について構えた兵士たちがいる。その中に混じり、フギョムの目に不吉なとんがり帽子が静かに映った。彼らは罪人の死に立ち会う男たちであった。
どうやら自分の留守の間に、宮中から一行が到着したようだ。
小屋の前では、グギョンが待っていた。
フギョムはグギョンを小屋に招き入れると、酒を酌み交わした。ミニテーブルには、グギョンの手土産の白磁のとっくり、その他つまみを2品ほど並べた。
「釣りはいい。釣りは乱れた心を落ち着かせてくれる。あるいは私の実の父のように生涯漁師として生きるのも悪くなかったのかもしれない。今や朝廷の権力を手にしたそなたには、たわごとにしか聞こえぬだろうが」
「いいえ。人の一生というものは、ほんのひとときの儚い夢です。漁師として生きようが、一国の王として生きようが、そう大きくは違わぬように思えます」
「そうは言ってもそなたは権力を選ぶ。…酒はもう十分だ。この酒の他にもそなたの持ってきたものがあろう?」
フギョムが縁側へ出てみると、すでに土の上にはむしろが敷かれて、膳も用意されていた。
椀の中で、毒薬が黒々と照りつけている。
フギョムは2度ほど、額と地面に両手をかぶせて深いおじぎをし、取り乱しもせず、しかし震える手で、お椀を手に包み込むように持ち上げ、毒を飲み干した。血を吐いて、最後に涙を流しながら、グギョンを見た。
オレンジ色の夕日が海に丸く映り、空を隅々までぼんやりと白くした。あとはただ波の音がした。
とんがり帽子の男たちが、体を丸めて転がった遺体を回収するために、そばへ駆け寄っていった。
ようやく罪人の断罪が終わって、サンは突然、宮中内の新しい建築現場にテスを連れていった。
そこは歴代の王の文書を保管する図書館で、奎章閣という建物だった。
高床式の台座と、廊下から張り出した踊り場にかけて、足場が組んである。完成間近の奎章閣を、少し離れたところから見降ろしながら、サンは目を輝かせ、テスにある約束をした。
「見えるか?ここだテス。もうすぐここから新たな歴史がはじまる。だがもう少し、私を信じて待ってくれぬか。それほど先ではない。そのときは真っ先にそなたとホン・グギョンに、この胸に抱く志を話そう」
2010/7/12
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月8日木曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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宮中の大広場に集まった絵師達が、地面に大きな紙を広げて、祭りの様子を事細かく写生していた。 ある絵師は、広場の中央で華やかに舞う踊り子達を描いた。 絵の中の女は三つ網をウチワみたいに巻いて、造花や長いカラフルな布を高く掲げながら、くるくると回っていた。天女みたいなスカートを膨らま...