「イサン」1 あらすじ
宮中の大広場に集まった絵師達が、地面に大きな紙を広げて、祭りの様子を事細かく写生していた。
ある絵師は、広場の中央で華やかに舞う踊り子達を描いた。三つ網をウチワみたいに巻いた髪の女が、手にした造花や長いカラフルな布を高くあげながら、くるくると回って、天女みたいなスカートを膨らませた。
踊りの外側では、家臣や兵士達が何層にも厳重に四角く列になって、その周りをさらに黒い瓦屋根と赤い柱の重々しい御殿が取り囲んでいた。
御殿の壇上に、日よけの黄色いテントや傘が見える。タワー状に積み重ねたリンゴなどのお供え物が飾ってある席に座っているのは、ヨジョン王と若い正室だった。満足そうに踊り子達の舞に見入っている。
絵師が、肩に金の模様が入った赤い服と、えぼしを被った王様の姿を描いて、少し白い毛が混じったアゴひげを、真っ黒に塗った。
また別の絵師は、長い棒を振り回しながら風車のように回る武士達や、小さいつばの帽子を頭にのせた火縄銃隊を描いた。
パンパーン!
地面に片ひざをついた火縄銃隊が一斉に、空中に銃を発射して、辺りに白い煙が上がった。お披露目が終わった一列目の隊はそれで後ろに下がって、次の列と入れ替わった。隊は王様の壇上の前に足踏みで進んで、同じような射撃パフォーマンスをしたあと、急にくるりと王様に銃口を向けた。
その瞬間、王様のちょうど前にいた若い男の胸から血が吹き飛んだ。側近達も次々に倒れていく。火縄隊同士が激しく撃ち合い、そこら中に弾が飛び交った。踊り子や絵師達は慌てて逃げ出して、広場はまるでアリが大移動しているみたいな大騒ぎになった。
王様は家臣達に守られながら広場を抜けて、岩造りの高い道を走った。その王様のあとを、剣を振り回しながら追いかける一団があった。
一団は王様の前に立ちはだかった。その列の中から、青い着物に金竜模様の鉢巻を額にしめ、頭のてっぺんに丸いちょんまげを結った男が出て来た。
男は王様を見据えるように見つめた。それはりりしいだけではなくて、恨みのこもった目を持つ王様の息子、王世子のサドだった。
ヨジョン王は真っ暗い寝床の中から、ゆっくりと体を起こした。彼は恐ろしい悪夢にうなされていたのだった。目が覚めてもしばらくは、動揺がおさまらなかった。息子に恨まれる理由に、何か心辺りがあるようだった。
「なぜ出歩いてる?」
少し太っちょの11歳になるテスは、自分と同じ内管の服に短いえぼしを被った少年に、いちゃもんをつけた。テスにはちょっととぼけた感じの役人の叔父さんがいて、その叔父さんが将来を心配して、テスをこの宮中に預けたのだった。
「名前くらい名乗ったら!」
女官のソンヨンがテスの加勢をした。ソンヨンは先日女官になったばかりの女の子で、死んだ父親は、宮中の画工にしておくのには惜しいと噂された人物だった。
こんな夜更けに、諸事情を抱えた3人が庭の一角で出会ったのは、かなりの偶然と言っても良かった。ソンヨンは厨房の行き方がわからず困っているところだったし、内官になるのが嫌なテスは、夜明け前までに宮中から脱走しようとしていた。ソンヨンに急かされたため適当に誤魔化してムドクと名乗った少年にも、また別の事情があった。
ムドクはこの2人を見張りにしようと決めた。彼は、警戒が厳しく、今最も物騒な時敏堂に行くところだった。ソンヨンが快く頼みをOKしてくれると、ムドクはまるで生まれて初めて感動したみたいに顔をパーッと輝かせて言った。
「では先に厨房に行くのが道理であろう!」
それを聞いてソンヨンも無邪気に大喜びし、テスも根は単純な男らしくて、渋々ながらついてきたばかりか、石塀をのぼるために体を馬にしてくれた。
タイマツを手にした見張兵が、石橋の辺りをウロウロと歩いていた。しかし兵士の目を盗んでたどり着いた朱色の門には、どうしたわけか見張りの姿はなかった。ムドクは新しい友達を門のところに待たせて、広場の中へ1人で入った。広場は青黒い闇と霧に包まれている。砂利の真ん中に、まっすぐ伸びた石畳を進んで御殿の前までくると、ムドクが突然ひざまずいて、石段の前に置き去りにされた木箱に向かい、深々と頭を下げた。
「あんまりです。こんなひどい仕打ちを受けるとは! 父上・・・」
ムドクの泣き声を聞き、箱の中から、弱り果てて今にも消えそうな返事が返ってきた。
「サンか・・・? そなたは無事なのか?」
世子サドは息子の名前を呼んだ。世子が閉じ込められているのは真っ暗な米びつの中だった。唯一、外の光が入る小さな穴から、世子が手をのぞかせた途端、サンは飛ぶようにそばに寄って、だらんとした手を握り締めた。
「無事ならばよい・・・。よいか。たとえ何があろうとも誰かを恨んではならない」
世子は泣きじゃくる息子の声を聞きながら、息だけで言った。
サンはあたふた包みをほどいて、さっきソンヨンを厨房に案内したとき忍ばせておいたモチを取り出した。そのモチを、やせ細った父さんの手に必死で握らせようとしたとき、太い柱の陰に隠れていたソンヨンが、誰かがこっちに来ると言って飛び出した。
王様が急に時敏堂に足を運ぶ気になったのは、誰かが陰で働きかけたに違いなかった。世子の死を望む者が、それほど朝廷内で数を増やしていたのだ。時敏堂の門前に到着した王様は、見張りの兵が1人もいなくなっていることにすでに気づいていた。
家臣達を門の外に残し、ランタンを1つ下げた家来と側近を引きつれて広場に入ると、ひっそり置かれた米びつが目に入った。
「一体あれは何だ・・・?」
王様の表情は険しかった。しかし気にしているのは米びつではなくて、地面に落ちている小さなカケラの方だった。王様は、その真っ白な四角い餅を拾い上げた。
「罪深い王世子の好物らしい。これは王である私を屈辱する行為じゃないか? 手助けした者ども反逆罪に処すべし!」
冷え冷えとした口調で王様がこう家臣に怒りをぶちまけたのは、翌日の会議でのことだった。
王様はとても忙しかった。各地の錬鋼店や精肉店の数の把握から、毛皮職人と織物店の紛争、漆職人、刀匠の訴えの処理、それに荷馬店が革職人の店を潰したことやら毛織物の市場で馬毛の買占めが続いていることなど、隅から隅まで把握して、頼りない家臣達を相手に実務を淡々とこなした。
それは米びつに閉じ込められた息子が、今日にも死ぬことを予感しているとは、とても感じさせない態度だった。もちろんあの夜、悪夢にうなされていたことを知る者などいなかっただろうし、これから体調がすぐれないのを押して、まだ町の視察にも出掛けるつもりでいた。
サンは昨夜の騒ぎで、父さんの飾り箱がある東宮殿が立ち入り禁止になったこと知った。
「なんということだ・・・」
その独り言は、悲しみでいっぱいだった。宮中の中庭には、赤い着物姿のヤリを持った兵士達が、物々しくそこら中を駆け回っている。
世子が米びつの中から我が子に言付けた言葉が、サンの心の中に何度もよみがえった。
「よく聞け、サン。飾り箱の中に私が描いた絵がある。それをおじい様に渡してくれ。そうすればきっとおじい様も私に会って下さるはずだ」
1762年5月。サンの父さんが米びつに閉じ込められてから、もう7日が過ぎようとしていた。
2008/10/24 更新
「イサン」2 あらすじ
昨晩、時敏堂で別れてから、サンが再びソンヨンを見かけたのは、宮中のお堀のそばを通りかかったときだった。
「その手を離さぬか!」
サンに叱り飛ばされた先輩女官達は、ソンヨンの口から猿ぐつわを外すと、かしこまったように整列した。
ソンヨンは、先輩女官達が、どうして慌ててムドクに頭を下げたのか、わからなかった。ムドクの後ろには、侍従が数人立っている。それにムドクは、胸のところに大きな紋のついた紫の服を着て、マドレーヌみたいな形のふんわりした帽子をかぶっていた。
「あんた、ムドクよね・・・?」
さっきまで先輩女官に体を押さえつけられて、前につんのめっていたソンヨンは、ようやく自由になり、まだ人を疑ったことがないような、びっくりした目をまじまじとサンに向け、ようやくムドクが、時敏堂に忍び込むために内管になりすましていた王世孫、サンであることを知った。
「王世孫様とも知らずに、ご無礼をお許し下さい!」
急にハハーッという風に深々とおじぎをするソンヨンを見て、サンの胸は痛んだ。昨晩、時敏堂に入った者を、大逆罪とみなすとの王様のおふれが出ている。厨房に行ったきり、帰りが遅くなったソンヨンが女官達に疑われたのも無理はなかった。
サンは、テスのことも気がかりだった。兵士に連行されて、大きな門の辺りで消えたのが、彼を見た最後だった。
「王世孫様、服をお着替え下さい」
サンの部屋に侍女3名が入って、暗い顔をしたサンに声をかけた。侍女は棚の上の飾り箱から、金の紋が入った紫色の服を取り出し、箱のフタを閉めた。
サンは、ふと思いついたように顔をあげて、飾り箱を見た。鹿やハスの花などの赤い絵柄がタイルのようにペイントされたその派手な飾り箱を、もう一度開けるようサンに言われて、侍女が留め鍵を抜いた。箱の中の美しい絹の衣装を何枚もめくると、思った通り、底の方に、巻物を入れた小箱が忍ばせてあった。
父さんがおじいさんに見せろと言っていた絵に間違いない。絵は自分の部屋にあったのだ・・・ 松林に立つ男と、男の背中に隠れた女、彼らに声をかける男が描かれたその絵にさっと目を通すと、サンは広げた紙を素早く巻きなおした。雲従街への巡察の旅に出た王様に、一刻も早くこの絵を届けなくてはならない。
井戸のそばで、水汲みをしていたソンヨンのところに飛んでいって、その話をすると、ソンヨンが街までの道案内を約束してくれた。ぶっそうな街に、サンが初めて1人で出るというのに、このことを相談したり、頼ったりする仲間が誰もいないことに、すっかり同情したからだった。
ソンヨンとの話のあと、とりあえずトボトボと御殿に戻ってきたサンを、首を長くして待っていたのは、サンの母親の恵嬪宮と母方の祖父、ホン・ボンハンだった。サンがあの夜、時敏堂に行ったことを、すでに娘の恵嬪宮から打ち明けられていたボンハンは、すぐに待機させていたコシにサンをのせて、逃げるように実家に出発したのだった。
一行の列はとても長いものだった。旗を持った兵士のあとに、恵嬪宮をのせたコシの金の屋根と、サンをのせた銀のコシ、さらにタンスや風呂敷の荷車が続いた。ハスの水田や田舎道を抜ける一行のために、村人達が道をあけて、深々とおじぎをした。
やがて山道に入ると、先頭のオープンみこしの椅子に背中をもたれていたホン・ボンハンは、後ろを振り返った。銀のコシがいつのまにか見えなくなっている。
「用を足されているそうでございます・・・」
そばを歩いていた年配の侍女が説明した。
そうか・・・といったん納得し、くるりと前を向いたホン・ボンハンは、しかし次の瞬間、嫌な予感に襲われた。慌ててコシを止めさせ、すぐ後ろにすっ飛んで、銀のコシの扉を開けたときには、すでに中は、もぬけの殻になっていた。
ホン・ボンハンはそう頭の悪い男ではなかったし、ある程度の力も持っていた。急いで宮中に戻って、とある部署に立ち寄ると、かなりの数の捜索隊を派遣させた。サンが王様に会うために、雲従街に行ったであろうことは予想がついている。
しかしそれとは別に、もう一つ気がかりなことがあった。昨晩、時敏堂に行った疑いで捕らえられたテスという子供が、サンの顔をはっきり覚えているらしいとホンバンに伝えてきたのは、彼の側にいる部下だった。
どうしたものかと途方に暮れるホン・ボンハンの胸のうちを察したように、部下が早口でささやいた。
「露見しないように直ちに手を打ちます。お任せ下さい・・・」
そのときホン・ボンハンは、何も返事をしなかった。部下の言ったことが聞こえなかったわけではない。ただ何となく後ろめたいような気はするのだけど、それも、しょうがないと考えたようだった。
コシから脱出したサンは、荷馬車のタンスの中に隠れていたソンヨンと一緒に、まず着替えのため、あばら屋に忍び込んだ。ソンヨンの腕から血が流れているのに気づいて、自分の豪華な帯をほどいてソンヨンの袖に巻いてやった。
それから近場の市場へ行って、樽馬車の荷台に忍び込んだ。その樽馬車の御者は、ちょうどヤミ酒を雲従街に運ぼうと、馬車を止めていたところだった。城門の前は、今日は特別、人でごったがえしていた。
それは雲従街に向かう不審者を、荷物の隅々まで調べあげるよう、おふれが出たせいだった。
密造酒を隠していた御者は、仕方なく馬車を引き返すことに決めた。
馬車はまもなく密造工場に到着し、酒の湯気が立ち込もった、かまどのある部屋におさめられた。
どういうわけか、その小屋の中にテスが監禁されていた。
ソンヨンは、こっそり小屋を出て、役所へ密造酒工場があることを訴えて、また小屋に戻り、工場が役人に襲撃されている間に、テスを連れて3人で脱出した。
3人はそれから徒歩で雲従街を目指したのだった。
巨大な吊り飾りの目だった雲従街の特設会場には、オレンジ、赤、青、黄色のカラフルな着物姿の役人達が、王様の両側にぞろりと並んでいた。店舗の組合員達が、その正面に肩を寄せ合うように立っている。日よけスクリーンの下に座った王様が、次の報告に耳を傾けた。
日照り対策に使ったために、火災の救済金が、きちんと店舗に行き届いてないとある。王様は別の官庁の財源を回すよう指示して、ふと空を見上げた。日差しの暑い日だった。
「こう暑くては、立っているのも辛かろう」
集会は王様の命令で終了した。そばにいた家臣は、水の入ったボウルを差し出した。王様は、いったんその水を飲もうとしかけて、手をとめた。そして結局は口をつけないまま家来に返した。王様の頭をよぎったのは、この暑さの中で、今も米びつに閉じ込められている王世子の姿だった。
サンがようやく雲従街に着いたのは、すでに特設会場の解体作業が行われている最中だった。ミニサイズのわら帽子を頭にのっけた男は、今さらおかしなことを聞くねえという顔をして言った。
「暑いから王様が早めに切り上げられたのさ!」
王様の一行は、墓参りをするために、次の目的地に出発していた。シンバルやチャルメラ楽器隊のあとを、長い行列がぞろぞろと進んでいく。
カラフルな着物の家来に囲まれた王様のコシが突然、ゆっくりと沈みはじめ、やがて地面に着地した。
王様は耳を澄ませた。遠くから鐘の音が聞こえる。橋や門に設置された鐘を、むやみに鳴らすのは禁じられていた。しかしその鐘の音は、どんどんこっちに近づいてくるのだ。
「お待ち下さい! お話がございます!」
手にぶら下げたドラを鳴らし、民衆の垣根を掻き分けるように走ってきたのはサンだった。
王様は孫を迎えるために、コシから下り立った。予想のつかない出来事だったので、口調は荒くなったけど、幼い孫を心配する面影が、まだかすかに残っていた。
「なぜそなたがここにいる?! そのみすぼらしい格好は何だ?」
「王様、父上の絵をお持ちいたしました。見れば誤解が解けると申しておりました」
「そなたの父が申しただと? いつ父と話を? まさか・・・まさかそなたが!」
サンは昨晩、時敏堂に行ったことを認めた。
2008/11/1/ 更新
「イサン」3 あらすじ
「王様、父上が死んでしまいます! わたしは知っております。おじい様も父上の身が心配なはずです・・・!」
幼い孫の涙ながらの訴えに、じっと耳を傾けていた王様はやがて言った。
「私は誰の父親でもない。この国の国王だ!」
サンは急に夢から覚めたようにハッとなった。さらに王様は信じられないことに、サンを縛り付けろと部下に命令したのだった。
王様の怒りはとても恐ろしいものだった。その王様の手がサンの首根っこをつかんだとき、後方から王様を呼ぶ声がした。
野次馬達が慌ててあけた道の中央から、2頭の早馬が駆け抜けてくる。馬は王様の目の前でとまって、数珠が垂れた帽子をかぶった役人がスッとおり立った。役人は王様に軽く会釈すると、王世子の死を告げたのだった。
王様はサンの首根っこをつかんでいた手を放した。そしてそばに控えた家来に、サンの処罰はなかったことにするとだけ小声で言ってから、そのままコシに乗り込んだ。
王様の一行は、サンを置き去りにして、まるで何事もなかったように再び進みはじめた。民衆達は道をあけながら、コシに向かって頭をさげた。
王様はまっすぐ前を見つめていた。しかしなぜか景色がぶれて見えた。それはコシに揺られているせいだけではなかったのだろう。
今日がどれほど暑かったことか。あの窮屈な米びつの中で、骨が透けるほどにやせ、息を吸うのもままならなかった息子の姿が、目に焼きついていた。
サンは喪中の白い着物を着て、しばらく母さんの実家で、ぼんやりと過ごした。庭先に腰掛けて、目が隠れた毛むくじゃらな犬と子犬を見たりするほかは、特に宮中へ帰ろうとか、王様に謝ろうとも考えなかった。それでもサンの耳には、あの晩の父さんの声が蘇ってきた。
時敏堂に忍び込んだあの晩、サンの身を心配して父さんは言った。
「行くんだ。ここにいてはダメだ。そなたを死なせるわけにはいかない。早く帰るんだ」
サンはやっぱり宮中に帰らなければと思った。生き残るためには、自分が王様になるしかなさそうだ。
宮中へ帰る道のりは長くて、途中で日が暮れかけた。サンはコシの窓にひじをもたれて何気なく顔を出した。文人風の男やら百姓達がハス畑の前で立ち止まって、サンに向かって会釈をしている。風景画のように流れていくその光景。
しかしある瞬間、サンはハッとした。ソンヨンとテスが、途方に暮れたような顔をしてコシを見つめていたのだ。
サンはもうたまらなくなって、コシから降りて2人のところへ走っていった。宮中に戻ったらもう二度と会えないとわかっていたからだ。2人にはお別れを言うつもりでいた。
久しぶりに会った2人は、変わらず元気だったけど、サンが王様の罰を受けるのではないかと、随分と心配している様子だった。
ソンヨンは無邪気に言った。
「王世孫様が宮中から出られないなら、私達が会いに行くわ! 必ず行きますから、そのときまで無事でいてください!」
サンはその友人たちの顔に目を潤ませながら、すっと小指を差し出した。
「必ず会いに来てくれ。親友との約束だ。何があっても必ず守る。きっと生き延びてみせるから指きりをしよう・・・」
宮中に戻ったサンは、母親と一緒にさっそく王様の部屋にあがった。でも王様が恵嬪宮を退室させてしまったので、何か居心地悪いのに、王様と2人きりになった。
王様のデスクには、巻物がてんこ盛りになっている。民の前で恥をさらしたサンの廃位を願う上奏文の数々だった。
「この上奏に何と答えようか?」
王様は少し試すような目つきでサンに聞いた。
しばらくの間は沈黙が流れた。でもようやく何か決心したようにサンが重い口を開いた。
「私を廃位しないでください。生きることで孝行をし、友との約束も守りたいのです。世孫にふさわしいことを、王様と上奏した者たちの前で証明いたします。いかがですか?」
王様はサンをまじまじと見つめた。街で会ったサンの姿は、汚い着物を着て実にみすぼらしいものだった。それに比べて今はどうだ。孔雀の羽がプロペラみたいについた豪華な帽子や、高貴な紫の着物に身を包まれている。
だが一体、この子供は生々しい世の中の何を見て、この自信ありげな顔で取引を口にしているのだろう。
「こざかしい。実にこざかしい・・・」
王様は思わず呟いた。
まもなく、家臣が集合した会議場で、サンの処分が読み上げられた。
「罪人を庇護し、軽率な行動で王室の尊厳を損なった罪は重大である。しかし王世孫は未熟であるので、罰の代わりに教育を行う」
続いて亡くなった世子の住まいだった東宮殿にサンを移すことや、サンの教育係と護衛官の昇進が発表されると、家臣達の間にざわめきが起こった。この決定は、サンを世子の代わりとして認めると意味するものだったからだ。
連日サンの廃位を求める抗議の声が、宮中の庭のあちこちに響いた。サンの教育は嵐が吹き荒れるなかで、それでも淡々と進められた。
ある夜のこと、王様はふらりとサンの部屋に立ち寄った。月と灯篭の明かりだけの、ドアのない風通しの良い座敷で、ちょうどサンが2人の教育係を前に、論語の顔淵編を暗唱しているところだった。
縁側に近い方の床に座り込んで、しばらく元気な幼い声に耳を傾けていた王様は、突然サンに聞いた。
「それは政治とは何かを論じた文だ。では政治とは何か答えてみよ」
サンは全く迷うことなくハキハキと答えた。
「根を正し、木を育てることです。根を正すとは、国家を治める王が聖君であること、聖君とは民の願いを知ろうとする王で、父上の遺言通りに立派な聖君になることが・・・」
言いかけて、サンはハッとした。父さんの話が王様の気にさわったんじゃないかしらと思ったのだ。しかし王様は質問を続けた。
「では民の願いとは?」
ここまでは考えてなかったらしく、サンはタジタジになった。
すると王様は急にカッーと火がついたように立ち上がり、何かひどく怒った様子で部屋をあとにした。
サンはその日から、夜なべで勉強をした。3日後にもう一度、王様に同じ質問をされることになっている。でも答えはどうしても出ない。3日後、巻物の山の中にうずくまって、サンはただ途方に暮れた。
書物を読みあさり、何千という民の上奏文にも目を通した。民と同じ貧しい食事まで口にしてみたというのに、さっぱりわからなかったのだ。
王様は、王世孫の身分を没収することに決めた。
王様の手には、王室の財産を管理するための一冊の台帳が握られていた。東宮殿の予算3千両を、サンが早くも使い果たしたと記録されている。
その金の使い道を王様が知ったのは、少し経ってからのことだった。庭を歩いていたら、部下が何やら腰を深く曲げながら駆けてきて、小さなノートを差し出したのだ。
王様はページをめくって、思わず息をのんだ。
それは東宮殿の予算についての詳細だった。
3千両の金は、清に身売りされようとしていた身寄りのない子供達を救出するために使われたとある。
それならそうと、なぜ自分の手元に、子供達が恐ろしさに手を震わせながら書いたという上奏文が届いてないのか? 王様がいくら問いただしてみても、家臣達はそれを忙しさのせいにするばかりだった。
サンの身分を回復するように指示した王様は、チェ・ジェゴンを部屋に呼び出した。彼は亡き王世子の忠臣で、今はサンの教育係を担当する男だった。
聖君のすべきこととは何かと王様に聞かれたチェ・ジェゴンが、少し恐縮したように「民を慈しむ心を持つことです」と答えると、王様はサンをよく教育してくれていると、チェ・ジェゴンにねぎらいの言葉をかけたのだった。
2008/11/7 更新
「イサン」4 あらすじ
サンが東宮殿に移る前までずっと使っていた王世孫殿の庭から、大量の武器が発見された。
王様が現場に駆けつけてみると、大きく掘り返された庭に、4つ木箱が並んでいた。中には銃やサヤのついた刀がぎっしりと詰まっている。その穴のそばで、サンが途方に暮れていた。
王様はサンを厳しい目で見た。サンの父さんが武器庫を作っているという妙な噂が出たのは、去年の4月のことだ。
いくら何でもそこまで愚かなマネをすることはなかろうと、そのときは聞き流したものの、目の前にこうしてジャーンと武器が出てきた以上、何だかサン親子に騙されたような気がして、怒りがふつふつと湧き上がってくるのだった。
どれだけ大変なことが起きているのか、サンにもよくわかっていた。でも王様の視線がすごく怖くて、オロオロとするばかりだ。
会議の席では、重臣達がここぞとばかりに亡き王世子とサンをバッシングしはじめた。
王様もこの声を聞き入れ、サンのおつきの者達を詳しく取り調べるように指示した。
重臣達はこれでひとまず安心した。
ところが王様が水面下で、サンの教育係であるチェ・ジェゴンに、ある指令を出したことまでは知らなかった。
そしてチェ・ジェゴンは、まもなく王様に、内侍府の内部調査の経験を持つナム・サチョという男を紹介するため座敷に上がったのだった。
チェ・ジェゴンの隣でかしこまったサチョは、最初、王様に呼ばれた理由が、さっぱりわからなかった。
しかも武器庫を作った犯人を探し出すように言われて、内心びっくりしたのだ。
「恐れながら、何者かが王世孫様を罠にはめようとしているということでしょうか・・・?」
サチョはおずおずと口を開いた。
「いや、そうではない。誰がウソをついているのか知りたいだけだ」
王様は短めに返事をした。しかしそのまなざしは射るように鋭かった。
サチョの指令を受けて、まもなく3人の部下が動きはじめた。優秀な2名には、武器庫を発見した男と、行方不明になった王世子の元護衛の捜索にあたらせた。
そしてもう1人は、テスの叔父である内官のパク・タロを使った。
パク・タロは、なぜ落ちこぼれの俺に、銃の密売調査なんか任せるんだろうねえと、ふに落ちない顔をしながら、ガラの悪い遊び仲間がいそうな町へ、さっそく情報収集に出かけていった。
サンの母、恵嬪は部屋に入ると、思わず心配そうにサンに声をかけた。
「上奏文をまだ書いてないのですか・・・?」
釈明文を書こうとして、真っ白な紙をじっと見つめながら、サンは涙をポタポタとこぼしはじめた。
「父上も母上も、生き延びよとおっしゃいますが、私にはその方法が分からないのです。父上を陥れるわけにも、また母上を苦しめるわけにもいきません。宮廷は怖いところです。おじい様も怖いです・・・」
恵嬪はサンを抱きしめた。まだほんの11歳にしかならない子供の口から、こんな言葉が吐き出されるのが、ふびんだった。
まもなく王様のところに、サチョが調査結果の報告にやって来た。
サチョは、王世子が銃80丁を買い入れた証拠として、元護衛官の家から押収した二千両の手形の切れ端を手にしていた。こんな大事な証拠をなぜ処分せずに残しておいたのか、不審に思いながら・・・
この他にも銃80丁、大砲45問、弾丸350発が各地で見つかった。
サチョが、パク・タロから興味深い絵を受け取ったのは、王様がいよいよサンの処分を決めようとしていたときだった。
絵を描いたのはソンヨンだ。オ・ジョンナムという行首の屋敷の裏庭で、見たものを描いたという。
その屋敷の裏庭で、ソンヨンは、男達がリレー方式でせっせと銃を木箱に詰め込んでいるのを偶然目撃した。
サチョは、タロから受け取った紙を見つめた。そこには武器庫から出てきたのと同型の銃の絵が描かれてあった。
まもなくオ・ジョンナムが牢に入れられた。
オ・ジョンナムが横流しした銃には、政府機関製造の刻印があった。
サンの御殿の庭で発見された銃にも、やっぱりこれと同じ印がある。
その銃身部分にしっかり刻み込まれた壬午6月という日付は、王世子が亡くなった5月以降に作られた銃であることを示していた。王世子が死んだあとで、何者かがサンの御殿の庭に銃をわざと隠したのは明らかだった。
オ・ジョンナムを尋問すれば、きっとその黒幕の正体が浮かび上がるはずだっただろう。
ところがその夜、オ・ジョンナムは、牢の中で息絶えているのを係の男によって発見されたのだ。
事件のあと、サンはサチョから初めてテスとソンヨンのことを聞いた。宮中の外にいても、2人が相変わらず自分のことを心配してくれているのだと知って、サンの顔にパーッと光がさした。
できればすぐにでも、2人に会いたいと思った。
テスと市場を見物していたパク・タロは、大笑いしながら急に道を曲がった。
それと同時に刺客が、テスとタロのあとを追って、走りはじめた。
タロもテスの手をつないで、ソンヨンの家へ向かって駆け出した。
ちょうど庭に洗濯物を干していたソンヨンは、刺客に切りつけらる寸前のところで、パク・タロに口をふさがれたのだ。
タロに連れられ、ソンヨンはそのまま深い山道を通って、岸辺へ下りた。
白い帆船が岸から離れようとしている。後ろからは刺客が迫ってきていた。
3人は、丘を転がり落ちるように必死に船を追いかけた。
パク・タロが、途中でずっこけたソンヨンを、素早く肩にかついで船に飛び乗った。
小船の中には客が数人ほど、座っているだけだった。沖へ出てみると嘘みたいに辺りは静かになって、波の音だけが、ぽちゃんぽちゃんした。
パク・タロは、手すりにダランと寄りかかり、ほとほと疲れ果てたようにぽつりと呟いた。
「ひとまず船に乗れたから花津浦まで行こうか・・・」
テスはどうして自分達が狙われたのか、まだわからなかった。叔父さんは何だか説明する気力さえ、なさそうに見える。ただもう都に帰るわけにはいかなそうだった。
「見てテス! 都があんなに小さいわ!」
ソンヨンが面白そうに岸辺を指差した。テスの目に、家々の黒い屋根が、波と同じように左右にゆっくり揺れる様子が映った。
ソンヨンは、テスの表情が何となく暗いので、自分も不安になった。そう言えば都を離れてしまうことを、王世孫様に言っていない・・・
突然テスが都の方に向かって叫んだ。
「王世孫様ぁー。聴こえますかぁー? 俺です。テスです!」
ソンヨンも続けて口に手をあてて叫んだ。
「王世孫様ぁーっ。ソンヨンです。約束は必ず守りますから、私とテスを忘れないでくださいねぇぇーっ!」
船は、向こうにそびえ立つ山にのみこまれるように、小さくなって、波はセピア色にきらきらと輝いた。
サンは目を覚ました。一人きりの寝室は冷たい暗闇だった。
他には誰もいないはずなのに、ソンヨンとテスが自分を呼ぶ声が、まだ頭の中に響いている。
あれから9年が経ち、サンは20歳になっていた。
2008/11/15更新
「イサン」5 あらすじ
サンのいる東宮殿の障子から、白い灯りが漏れている。中庭には大勢の兵士が集まっていた。先頭の男たち数人は、タイマツの火をかかげている。
こんな夜更けにわざわざ呼び出された兵士からは、文句の一つも出てきそうなムードがなくもなかった。
兵士達のそばには、羽織から白いパジャマのそでをのぞかせたサンが立っている。
兵士の数人が、毒をあおって死んだという刺客の遺体を回収しに、サンの寝室に入っていった。
サンが刺客に襲われたのは、ついさっきのことだ。
「まだ近くにいるはずだ。必ずや残党を探し出せ! いいな!」
リーダーの掛け声で、兵士たちが一斉に、靴や着物をカサカサ鳴らして散っていった。
サンと数人の兵士のみが残った中庭は、急にしんと静まり返った。
入れ替りに、侍従や女官をゾロゾロと引き連れた王様がやってきた。
見張り兵の堕落ぶりに対する王様の怒りは相当のものだった。
護衛兵のリーダーは、死んでも死に切れませんとひれ伏しながらも、部下から何やら耳打ちされると、急に顔つきを変えた。
「ですが王様! 寝室のどこにも死体などないのです!」
「死体がないとはどういうことだ?!」
王様には、何が何だかさっぱりわからなかった。それで歯がゆそうに、自ら東宮殿に乗り込んでいって、寝室の中を見渡した。
いくつもの部屋に取り囲まれたサンの小さな座敷は、刺客が入ったとは思えないほど小奇麗に片付いていた。王様は布団のそばにかがみ込み、掛け布団をぺらりとめくった。
シーツには血痕もなければ、乱れた跡さえ見当たらない・・・
王様の鋭いまなざしが、どぎまぎした顔で部屋の隅に突っ立っているサンに向けられた。護衛兵のリーダーが、ほとほと困り果てたように言った。
「王様。護衛は部屋の周囲に配置しておりました。室内には誰も入れない状態だったのです! そもそも本当に、ここに死体があったのでしょうか・・・?」
日があけて、王様の側室の娘、ファワンが金剛山見物から戻ってきた。王様はすこぶる機嫌がよかった。トラに遭遇したというファワンの土産話は豪快で楽しく、久しぶりに王様を心ゆくまで笑わせたのだ。
この勇ましいファワンが男だったら良かったのに・・・と、王様は冗談まじりに口にせずにはいられなかった。
戦利品のトラの毛皮を差し出しながら、ファワンは王様のやつれた顔をうかがった。
「王世孫様の神経衰弱で随分お悩みなのでしょう? 刺客が部屋に侵入する幻を見たと噂になっております。毒をあおって死んだと発言したそうですね」
サンの話が出て、王様の顔がまた重苦しくなった。
サンの奇行はこれだけでは済まなかった。この1ヶ月でサンに解雇された護衛の数は18人にものぼる。さらにその穴埋め募集ついて部下が尋ねると、サンは庭の隅に突っ立った武芸に何の縁もなさそうな男達を適当に指差して、「あそこにいる3人にしよう」と答えたという・・・
王様は、清の使節団の接待役についても、また頭を悩ませていた。
前回の接見で摩擦が生じて以来、清との交易は滞ったままだ。それだけに今回の接待は特に重要だった。
まもなく重臣らが顔を揃えた席にサンが通された。
上座の卓上デスクから、王様はサンに声をかけた。
「あの大臣達の顔を見よ。彼らは、王世孫は気がふれていると言っているのだ。では、そなた自身は気がふれたと考えるかな?」
「いいえ・・・」
サンは悔しそうな顔をした。
「そうか。それは良かった。ではそなたに清の使節団の接待を任せるとしよう」
大臣達のざわめきを耳にしながら、王様は言った。
ナム・サチョは、宮殿の間の原っぱの切り株に腰掛けて、見習い女官の話し相手になっているサンを見つけた。
その子供は意地悪な先輩女官に厨房のお菓子を取って来いと命令をされたらしい。
サンが東宮殿の菓子を持っていくように言うと、泣きべそをかいていたその子供はすっかり元気を取り戻して、東宮殿に向かって、野原の中へと去っていった。
サンはそばに来たサチョに、白布でくるんだ小さなものを、たもとから取り出して渡した。
「あの晩、刺客の口から出てきた毒だ。出所を調べてくれないか」
サチョは、むしろ安心したようだった。死体があったのは本当だったのだ。
しかし同時に、サンを陥れようとする者が、サンの護衛の中に潜んでいることも意味していた。死体をこっそりサンの寝室から運び出したのは、そういう男達だろう。
サンとサチョは、もみじのお堀のそばを通って宮殿へ戻りはじめた。オレンジの日のあたる石積みの道を歩きながら、サンは呟いた。
「さっきの子はソンヨンに似ていた・・・」
サチョは思わず恐縮して頭を下げた。この9年間、どんなに手を尽くしても、ソンヨンとテスが生きているかさえ、わからなかったのだ。
「もうよい」
サンは逆にサチョを慰めると、昔を懐かしむような遠い目をして言った。
「刺客が私の部屋に忍び込んだとき、私はちょうどソンヨンとテスの夢を見ていた。2人が私の名を呼んで目が覚め、命を救われたのだ・・・」
サンはそれから、清の使節団の貢物を準備するなど、忙しい日々を送った。
図画署では、画員増員のための採用試験も行われることになった。
画員の仕事は、行事を描き写すほかに、全国の地図や設計図、軍事的な記録を描くというのもあった。
受験会場の中庭では、踊り子達が受験生の前で、金魚の尾ひれみたいなドレスを揺らしながら、華やかな踊りを見せていた。テントの下には、太鼓や笛、琴など弦楽器を演奏する男たちがいる。
小さな木箱のフタが開かれ、白と黒の鳩が一斉に羽ばたいた。鳩は屋根に止まったり、宮殿の向こう側の空へ飛んでいったりした。
続いて試験官の合図で白い幕が下ろされた。踊り子達の姿は、その布の後ろに隠れ、演奏は止まり、雑然とした雰囲気になった。
受験生達は、今見たものを出来るだけ正確に描くように言われ、頭を悩ませはじめた。
受験者達の脇に置かれたトレーに、絵の具の小皿を運ぶのが、茶母と言われる雑用女たちの役目だった。
「紺青、紅、飾りは琥珀・・・鳩は12匹ですよ」
もう12年も落第し続けているその男は、自分の描きかけの絵に、指を差してささやく女の顔を、驚いたように見あげた。しかし男は頷いて、筆をスムーズに動かしはじめた。
男に話しかけたこの茶母はソンヨンだった。テスと一緒に1年前に都に戻ってきて、図画署の下働きをしながら、いつかサンに会える日を心待ちにしていた。
図画署をサンが訪れたのは突然のことだった。
清の使節団の準備で忙しくしている画員をねぎらおうというのは、表向きの理由だった。
真の狙いは部下を図画署にもぐらせることにあった。サチョのその後の調べで、毒の出所が図画署の顔料だとわかったからだ。
川で洗濯をしていたソンヨンが、この訪問を知ったのは、サンがすでに去ったあとだった。
慌てて追いかけたものの、サンの一行は、もうかなり遠くに小さくなっていた。
行列は、護衛を前後に挟んだ長い列となってハス畑の脇の道を進んでいく。
「王世孫様、わたしです。ソンヨンです・・・」
ソンヨンは走るのをあきらめて、銀の刺繍の着物に身を包み、コシに揺られるサンに向かって呟いた。
兵士の持つ赤や黄色の旗やコシの屋根が、やがて影を追うように、ぼんやりと道の向こう側へ消えていった。
2008/11/23更新
「イサン」6 あらすじ
怪しい官員を捕らえたと知らせが入ったのは、サンが図画署に部下をもぐりこませて、まもなくのことだった。
毒の原料は雄黄の顔料だとわかった。そして官員の死体が川に浮かび上がったのがその翌日のことであり、清の使節団の到着が間近に迫ったときでもあった。
何者かに口封じをされたのは明らかだった。いてもたってもいられず、自ら死体を調べに行こうとするサンを、必死にとめたのはサチョだった。どうせサンがおかしくなったと、また重臣達が騒ぎ出すのがオチだ。
サンは、仕方なく急きょ大臣達を集めて、使節団に関するスケジュールの変更を発表した。見学先や会談の場所を変え、清への貢物を載せた船を西江に移し、その警備をほかの部署に任せることとした。
大臣達が不審を抱いたのも無理もない。まるで何かの足跡を消そうとしてるみたいな大幅な変更だったからだ。
その中には「明らかに王世孫は何か感づいたようだ・・・」と考える者も少なくなかった。
図画署の責任者であるパク別堤は、工房の机に置いてあった一枚の紙切れを手に取った。端が破れたボロボロの紙に描かれたその絵は、茶母のソンヨンが下働きの合間に、こっそり筆をとったものだった。
幼い男の子と女の子の絵を見つめながら、パク別堤は、これは王世孫が出した画題についてソンヨンが描いたのだろうと思った。
「芙蓉花満開・金香残布衣」
~赤いハスの花が咲くと木綿の上着には金色の香りが残る ~
この画題で描かれた多くの絵をパク別堤が採点したのは、つい先日のことだった。
しかしこれほどまで感情を揺さぶられた絵が、その中にあっただろうか・・・?
とつぜん工房に入ってきたのは、一人の部下だった。
ソンヨンと仲のいいイ・チョンは、パク別堤が眺めている絵が、ソンヨンのものだと気づくと、慌てたように腰を低くして言った。
「下働きが絵を描くなど! 私がソンヨンに注意をしておきます!」
しかしパク別堤は頭の中で、今回の使節団の仕事で、画員に随行する予定人数のことを考えていた。
随行員にソンヨンを加えよう・・・。
パク別堤はそう決めた。下働きなら通常10年はかかる思い切った抜擢だった。
テスとソンヨンは、テスの叔父と3人で小さな小屋で暮らしていた。
収入はリヤカーで画材を売り歩いているパク・テロのとソンヨンの分でまかなわれていた。
相撲に勝って小銭を稼ぐくらいしか能のないテスは、いい加減就職したいと思ってはいた。武官の試験を受けることにしたのもそのためだ。
叔父さんはテスに、早くソンヨンと所帯を持てと言うけど、ソンヨンにその気がないのも、テス自身よくわかっている。
「王世孫様はわたしに気づくかしら?」
宮中への随行が決まって、嬉しそうにそう話すソンヨンに、柱にもたれてヤリの先をナイフでとがらせながら、テスは言った。
「王世孫様が気づかなくても恨むなよ。昔に比べてすっかり不細工になったからな」
「お互い様よ」
口ではこんなことを言いながらも、テスには秘密の計画があった。
ゴロツキ連中から貰った50両で、ソンヨンに鹿毛の筆をプレゼントするつもりだった。
ソンヨンにこれ以上の心配はかけたくない。ゴロツキ連中と一緒に仕事をするのも、これが最後になるだろうとテスは思った。
事件が起きたのは、清の使節団がいよいよ百済に到着した晩のことだった。
テスがゴロツキ達に連れられて来た場所は港だった。
板が長く続いた桟橋のそばには、タイマツの火をかかげた兵士達がいた。木造線の船室の周りにも、見張り兵が大勢取り囲んでいる。
それは清への貢物を積んだ政府の船だった。テスと一緒に、暗い草むらの中から船を見下ろしていたゴロツキは、見張りが消えたら、船の荷物を盗むのだとテスに説明した。
やがて船のデッキから全ての兵士が去り、橋の兵士達と2列になって静かに引き上げていった。
入れ替わりに、ゴロツキ達が船にかけのぼり、木箱の積荷を次々と降ろしはじめた。
その作業を手伝いながら、テスはそわそわと男の着物の端を引っ張った。
「なあ。俺は手を引くよ・・・。国の貢物だぞ。金は返す。とにかく俺は降りるからな!」
おかしなことに、男は顔色一つ変えなかった。この件はすでに朝廷のおえら方と話がついているのだと、さも安全そうに言うのだった。
清の使節団の歓迎式典はスムーズにいった。王様、正室、清の大使、サンが庭の一段高いテーブルについて、その下に招待客や大臣らのテーブルが6つ並んでいた。赤いテーブルクロスの上は、ご馳走で埋めつくされ、庭の中央を舞女が華やかに舞った。式典の様子を記録する画員達の姿もあった。
式が終わり、画員が引き上げたあと、ソンヨンは桶を手に、虫の声を聴きながら宮中の暗い庭を一人でトボトボと歩いていた。
宮中の画材倉庫の棚に並んだ道具に、今日はとてもうっとりした。渓谷みたいな形のすずりや、小花の模様が白く光った象牙のものさし。真っ赤な大輪が描かれた黄色い箱には、じゃこう鹿の毛で出来た筆セットがおさまっていた。
でも式の間、中庭に入ることさえ出来ず、サンに会えなかったというのが、ソンヨンをひどくガッカリさせていた。
ソンヨンは桶を井戸の周りの石溝に置いてしゃがみこむと、桶の中の水が黒い輪になるのを眺めながら、筆を洗いはじめた。
同じ頃、サンは見習い女官の手を引いて、庭を歩いているところだった。その足取りは、だんだんとソンヨンのいる井戸の方へ近づきつつあった。
「ソンヨンという子は調理係ですか? どこにいるのか教えて下さい」
ソンヒという女の子がサンに聞いた。この子はこの間の見習い女官だった。
今晩またこうしてこの子に再会したことも、その子の名前に偶然ソンがつくことも、何か不思議な縁のようだった。
「私も知らない。会いたいのにどこにいるのか、何をしているのかも分からないのだ」
サンは微笑んだ。
2人はやがて井戸に着いた。そこには誰の姿もなかった。その子がおいしそうにボールに汲んだ井戸水を飲み干している間、サンは石溝に置き忘れた筆をふと手に取って眺めた。
貢物にする白布が船から盗まれたとわかったのは、その翌日のことだった。
困ったことに白布は、清が貢物のなかでも特に重視しているものだ。
サンはとりあえず、清の大使の機嫌を取るため宴を催すことに決めた。
図画署のパク別堤は、とつぜん宴で絵を描くよう言われて、助手を選んでいる暇などなかった。みんな図画署に引き上げ、残っていたのはソンヨンだけだった。
急ぎ足で王世孫のもとへ向かいながら、山を描くのに必要な6色の知識について、ソンヨンに慌しく説明した。
パク別堤が廊下の広い一角に到着したとき、サンはちょうど庭を眺めていた。
振り返るとすぐに、パク別堤の隣の女にサンの目がとまった。
「あの者は・・・?」
サンが尋ねた。
「助手でございます・・・」
パク別堤に紹介されたソンヨンは、今このときとばかりに身を硬くして頭を下げた。しかしソンヨンにゆっくり背中を向けたサンの視線は、再び庭の方へと注がれた。
2008/11/30更新
「イサン」7 あらすじ
清の使節団を迎えた宴は、天井にカラフルな模様がほどこされた楼閣で行われた。座敷の真ん中に、ご馳走ののったテーブルが置かれて、上座にサンと、清の使節団の代表、サンの重臣が3人ずつ向かい合わせに座っている。朱色の丸太柱の周りには、護衛と側近、侍女らが立っており、柱の向こうは、波打ち際の水のように庭に入り込んだ山が見えた。
上座から一番離れたところに、紙と下敷きを広げたパク別堤が座っていて、そばでソンヨンが黙々と助手を務めている。
宴の最後になって、ソンヨンは目をあげ、少しの間サンを見た。そしてそのとき、サンがもう自分のことを覚えていないということが、はっきりわかったような気がした。
サンは、アーチ型の土塀の門をくぐっていく大使達を見送った。後ろ髪だけ残し、坊さんみたいに頭をそりあげた清の大使は、まるで相手の隙でも探しているように、宴の間、おかしそうに口をゆがめたり、眉をひそめたりしていた。
使節団と入れ替わりに、サチョが駆け寄ってきた。盗まれた白布が、いまだ見つからないという報告だった。
「見つかるとは思っていない」
サンの言葉に、サチョが思わず顔をあげた。サンは言葉を付け足した。
「私を陥れるためにここまでしたのだ。私は自分を取るに足らない存在だと思っていたが、どうやら連中にとってはそうではないようだ・・・」
サンの目は穏やかだった。しかし見えない敵を遠くに見つめているようでもあった。
状況は厳しかった。清との会談までに、いくら全国の白布を掻き集めたとしても、150疋にもなりそうにない。重臣達とこうしてバタバタと会議を重ねている間にも、怒った清が帰国の準備をはじめたとの一報が飛び込んでくる。船着場では、すでに清の船に荷物を運び込む人の列が続いていて、雲従街の商人達は、交易再開のめどが立たないのを不安がって港にまで顔を出した。
サンも、船を引き止めるため港に行こう思った。でもそれを止めたのは、あまり朝廷では見かけないきゃしゃな感じの男だった。
「お久しゅうございます」
意味ありげな笑みを浮かべながら、その男は言った。サンは彼が誰なのかすぐに思い出した。彼は幼い頃、サンと一緒に机を並べたこともある同い年の男だった。
フギョムはその頃すでに「周書」を暗唱し、王様に目をかけられていた秀才でもあった。
王様はサンの失態を収拾するため、江華府の長官を務めていたこのフギョムを都へ呼び戻したのだった。フギョムは優秀なうえ、清の留学経験を持つからだ。
その狙い通り、ちょうど都に着いたとき、清の大使と鉢合わせたフギョムは、さっそく留学時代のよしみから、船の引止めに成功した。
さらに白布に代わる品を、大使と新たに取り決めたという。
人参300斤、ござ150枚、豹皮80枚、黄毛筆50個、草注紙と塩石・・・
王様はこの品目を聞きながら渋い顔になった。完全に清につけ込まれたのだ・・・
これでは当初の倍以上の量だ。しかし不手際があった以上、これこそが唯一考えられる方法でもあった。
王様の部屋からの帰り、フギョムは養母、ファワンの部屋に寄った。
久しぶりに会った養母は、そこらにある小物を、片っ端からフギョムに投げ飛ばしたりして、手がつけられないくらい機嫌が悪かった。
しかしそれを避けたり、顔色を変えたりすることもなしに、フギョムはただ笑みを浮かべるだけだ。そんな息子に、ファヨンはますます気性の荒さを丸出しにした。
ファワンはどうやら、フギョムがサンのフォローをしているのが気に食わないらしかった。
フギョムが言った。
「宮殿に戻った実感がわきますね。しかし王世孫一人のために国を滅ぼせますか? 私は母上を失望させたことはないはずですよ」
ファヨンは急に黙り込んだ。どうやらフギョムの中に、そうはっきり言えるだけの自信を感じたようだった。
まもなくすると街はすさんだ空気に包まれはじめた。追加の貢物をむりやり徴収された商人たちは、ほとほと困り顔だった。交易再開のめどさえたたず、市場は麻痺状態になった。清の接待の失敗が、民衆達の生活をむしばみはじめていたのだ。
城の前で座り込みをする民主達の数はどんどん増え、やがてそれが波となった。民衆たちは、飢えにあえぐ苦しみを、こぶしを強く地面にたたきつけて訴えた。
サンのいる城のバルコニーから、宮殿の黒い屋根が連なって見える。民衆達の泣き叫ぶ声が、さざなみのように城壁の周りから届いた。
夜になり、民衆の叫びが虫の音に代わったとき、王様が背後から近づいて、サンに声をかけた。
「宮殿の塀は高い。ここにいても民の嘆きは分かるまい」
「王様・・・」
サンは、弱々しくうつむいた。
日があけると、パク別堤がサンの部屋にやって来た。パク別堤の持参した鮮やかな黄色の反物、それに胡粉と言われる白い顔料、染物について書かれた本があった。
「この黄布を白く染めるというわけか」
サンは、それが悪くない考えだということにすぐ気づいた。手軽に手に入る黄布は、実は白布に次ぐ品質を誇っていて、世宗大王の頃には貢物として使われたこともあるくらいだ。
さっそく図画署の茶女が総動員された。そこで原料となる白い貝殻を、まずすり鉢で叩き潰した。また別の部署では、灰汁を混ぜた大がめの中で布が漂白された。白く染めあげた布は、乾かして次々と木箱に納められていった。
フギョムは、王様の部屋に再びあがった。清との会談を終え、残りは送別会を開くだけだった。予定の品目が順調に船積みされているとの報告を受けた王様は、最後まで抜かりのないようにと、フギョムをねぎらった。
フギョムはそのあと、大勢の重臣達と一緒に宴会場へと足を運んだ。
大きな門の前まで来て、初めて1台のコシが目に入った。コシの両脇には、片ひざをついた男達が地面を見つめ、そばには侍女が数人立っていた。
それがサンのオープン型のコシであることは、すぐにわかった。しかしサンの姿はない。フギョムの頭によぎったのは、これが何を意味するのか、全く予想ができないという、形のない不安だった。
サンが宴会に出席するという話は、誰も聞いていないのだ。
フギョムと大臣達が門をくぐると、サンと清の大使がいた。何か助けでも求めるように、とっさにフギョムを見た大使の目には、やり切れなさが募っていた。しかしそれとは打って変わって、サンの表情は明るかった。2人のそばには、約束の数だけの白布の荷が積み重ねられていた。
清の使節団が帰国したあと、サンはパク別堤にお礼をしようと図画署を訪れたものの、パク別堤は、そのお褒めの言葉に、ひたすら頭を下げるばかりだった。
「恐れながらあのアイデアは私のものではありません。先日、私の助手を務めた茶母が考えたのでございます・・・」
パク別堤は、サンを小さな工房の控え室に招きいれると、タンスの扉を開けて、その茶母が描いたものだと言う紙切れを渡して見せた。
椅子に腰掛けたサンは、その紙を両手でしっかりと広げた。
それは白い着物姿の幼い男の子が、怪我をした女の子の腕に、袖の上から帯を巻きつけている絵だった。
茶母の名前を聞かれたパク別堤は、サンの興奮ぶりに内心びっくりしながらも、かしこまって答えた。
「ソン・ソンヨンでございます・・・」
2008/12/7更新
「イサン」8 あらすじ
鍛冶屋の近くに谷がある。小さい麦わら帽をかぶって、荷物を背負ったその男は、サチョに道を尋ねられて、真っ直ぐ指を差した。サチョは石橋から男に教えられた通りの道を進んで、やがて小屋を見つけた。
わらぶきの軒下に、たきぎがぎっしり組んである。裏庭には小さな縁台が置かれていた。
垣根を開けて庭に入り、格子ドアに向かって声をかけたが、中から返事はない。
夜、今度はお忍びのサンと一緒にその家を訪ねてみた。
サチョが家の表に回って住人を探している間に、サンは裏庭の縁台に目をやった。洗い終わったたくさんの筆が、夜風にさらされていた。
ソンヨンが触れたに違いないその筆を手に取って、サンの期待はぐんぐん高まった。もうすぐソンヨンに会える・・・
サンの背後から男が忍び寄ってきた。男はこん棒を構えていた。
ところが男が棒を振りあげた瞬間、サンは素早く身をかわして、手首を捕り押さえた。
サンは、棒をぽとりと落してジタバタしている男の顔を間近で見てハッとした。それからニヤリと笑い、急に男の手を放してやった。
手が自由になった男は、途端にサンの首根っこをつかんで縁台に押し倒した。
しかし数珠がだらんと垂れ下がった帽子を被ったサンは、ニヤニヤしたままだ。
「やつらの一味か?!」
テスは言い放った。ところがサチョと叔父が大慌てでテスを後ろから取り押さえた。
「俺たちに会いにわざわざ王世孫様がおいでになったんだ・・・」
パク・タロは、ヒソヒソとテスに説明した。
テスと叔父のパク・タロは、ハハーッと亀のように地面にうずくまった。
サンは、指先を地面にぴったり揃えたテスの手を握りしめて、目をきらきらして、ソンヨンはどこにいるのかと早速聞いた。
ところがその途端、テスと伯父さんは、何か急に困ったように顔を見合わせた。
テスが最後にソンヨンを見たのは、画材道具をリヤカーに積み込んでから、叔父さんと一緒に行商に出かけようとしていたときだった。
庭で2人を見送ったソンヨンは、まもなく画員のイ・チョンに呼び出されて、あるお屋敷へ向かった。
イ・チョンは、その屋敷で女主人の肖像画の仕上げに取りかかった。助手のソンヨンは、その間、暇になって、一人で裏庭へ散歩に出て行った。
「そこの者。こっちへ来なさい・・・」
足場の悪い石段の辺りで、誰かが急にソンヨンを呼び止めた。
両開きになった大きな台所の扉から、若くて美しい女性が、ソンヨンに手招きをしていた。その高貴な感じからして、この屋敷の娘に違いなかった。
台所の中には、釜の湯気が立ちこめていた。壁にたくさんの用具が吊り下がっている。
高貴な女性は、短い脚のついた厚いまな板の上に、花模様の絹布を広げて、梅雀菓というよじれたお菓子の見本をソンヨンにみせた。これを作るのを手伝って欲しいというのだ。
ソンヨンは、さっそく粉に色を練りこんでから、2色の生地を重ねて細長く切った。その細長いのに2箇所ずつ切り込みを入れ、片方の穴にもう一方の端を通して油であげた。
六角形の器に、やがて鮮やかな菓子が並んだ。
高貴な女性は、その出来栄えにすっかり感心したらしく、おまえを雑用ではなく、奥女中にするよう母上に話しましょうと言った。
ソンヨンが、わたしはこのお屋敷の下働きではなく、図画署から来たのだと説明すると、「まあ。悪かったわ。てっきり新しい女中かと・・・」と、申し訳なさそうに謝った。
その屋敷を出たきり、ソンヨンの行方がわからなくなったのだ。
一方、高貴な女性は、その後、実家での療養を切り上げ、大慌てて宮中に戻った。
夫の一大事を聞きつけたからだ。彼女はサンの妻、嬪宮だった。
「どうかお聞き入れを! どうかお聞き入れを!」
王様は、講堂の一段高い座敷から、一斉に頭を下げる大臣達を眺めていた。
大臣らの訴えによると、昨夜、王世孫は宮中を抜け出して、勝手に兵を動かしたらしかった。止めようとする従事官をついには刀で脅したという・・・
サンのおかしな行動がまたはじまったのか・・・?!
王様の目は険しく、怒りに満ちていた。口に出すことは何もない。
突然ふらりとサンが講堂に現われて、大臣らの視線を浴びながら王様の目の前に座った。
王様は鋭い目つきでサンを見おろした。そもそもサンをこの講堂に呼んだ覚えすらない。
「王様、昨夜、わたしは盗賊を捕らえました。先日、貢物の白布を盗んだ一団です。私を陥れようとする朝廷の重臣達がその背後にいるようです。ですから誰がいるのか、捜査する権限をわたしにお与え下さい」
サンは決意のこもった口調で言った。
王様は驚いて思わず身を乗り出した。ざわめく大臣たちの中には、サンの処罰が失敗に終わったことを予感して、互いに目を合わせる者もいた。
サンが白布事件に関わったゴロツキらを捕まえたのは、昨晩のことだった。テスの話によれば、そのゴロツキらが、途中で一味から抜けたテスを懲らしめてやろうと、ソンヨンの誘拐を思い立ったらしい。
多くの盗賊は、昨晩のサンの挙兵によって逮捕された。しかしその一部は逃げてちりぢりとなり、ソンヨンと共に姿を消したのだった。
サンの祖父、ホン・ボンハンはホン・イナンを見舞った。ホン・イナンはサンの大叔父にあたる。
白い着物姿のイナンは、寝床から半分、体を起こして言った。
「医者が言うには糖尿病のようです・・・」
しかしボンハンが去ると、イナンは急に黄色い着物に着替え、庭園へ回った。
そこにいたのは、赤い大輪の花をなでながら、薄っすら笑みを浮かべたフギョムだった。
「丹精にお育てですね。この季節に花が咲くとは・・・。しかしケイトウは裏庭にひっそり咲くのが似合いますよ。この際植え替えてはいかがですか? あの方が返答をお待ちです」
イナンは、苦々しくノドを詰まらせて考えた。
そう。サンから、あの方へ乗りかえるべきなのか・・・? 確かにその方が良さそうだ。全ての状況がそれを証明しているのだから。
その証拠に王様の重臣の中で、最も力を持つ男でさえ、あの方の側だ。
「今度の会合には、あの方もおいでになる。だが相当ご立腹のようだ・・・」というのは、その最も力を持つ男が、先日、漏らしていた言葉だった。
夜の更けた道を、一台のコシが足早く進む。四つ角の支え棒を8名の男達が担ぎ上げ、前後に護衛兵と一人の侍女がついていた。土をじりじりと踏みしめ、やがてコシはタイマツを掲げた丸木橋を渡った。その先には訓練場がひらけている。
ここには夜がないようだった。丸太棒を腕でたたき割り、火の上を飛び越える兵士の荒々しい声が響いた。ヤリや銃も十分なほどに行きわたり、矢の的も並んでいる。
太鼓の合図は、訓練場にコシが到着した知らせだった。金色のコシの屋根が、整列した兵士の間をゆっくりと通り抜け、フギョムの前で止まった。
フギョムは、コシからおりたあの方を、長い石段の頂上に建った屋敷の中へとエスコートした。
会合に集まっていた者達は、あの方が姿を現すと、一斉に立ち上がって会釈した。その顔ぶれのなかには、王様の娘ファワンの他に、ギリギリまで仲間に加わることを迷っていたホン・イナンの姿もあった。
あの方は、かなり不機嫌な顔で上座へ座った。それは王様の正室、中殿だった。
2008/12/17更新
「イサン」9 あらすじ
白布盗難事件の取調べの様子を見に行った王様は、やけに庭が静かだと思って、辺りを見回した。ところがどうしたことか、罪人達の姿は全くなく、代わりにサンがしょんぼり、突っ立っている。
王様の表情が、みるみる険しくなった。
義禁府に護送中に、罪人達が何者かに襲われて、こつぜんと姿を消した・・・。
こんなおかしな話があるだろうか?
そもそも罪人達を義禁府に護送しろと言った覚えもない。
一人の悲痛な顔をした武官が、王様の前に勢いよくひざまずいた。
「どうか私を死罪にして下さい!」
その男の話によれば、罪人を義禁府に護送しろとの通達が確かにあったという。
サンはすごすごと、武官が証拠として持ってきたその通達を手渡した。
王様は赤い巻物の両端を持って、その文書をしっかりと広げた。筆跡はサンのものだ。
文書の最後の日付の上に、細かい迷路みたいな文字の印もちゃんと押してある。その大きな四角い印の模様は、サンの玉印と同じものだった。
こみ上げる怒りが、王様の手から紙に伝わり、かすかに震えた。
サンには、何が何だかさっぱりわけがわからなかった。通達なんか出した覚えはまるでないのだ。
自分の寝殿に戻ると、玉手箱の前に直行して、亀の形の金の玉印を表やら裏に何回もひっくり返して眺め回した。
サンのイライラは、そばの侍従や侍女に向けられた。何だかそこらにいる皆まで怪しく思えてくる。サンに怒鳴られた侍従や侍女達は、気の毒に身を小さくして部屋の入り口に固まった。
「出て行け!」
サンはそれでも肩を震わせて叫んだ。
侍従達がゾロゾロと退出すると、部屋は急に静かになった。部屋に一人取り残されて、何だか余計に惨めな気分になる。
怒りに満ちた目は、やがて泣きはらしたように赤く滲みはじめた。
まもなくして、左捕庁から罪人達と軍官の遺体が天蔵山で発見されたという報告が入った。これについては、サンは別に驚きもしなかった。白布事件の口封じのために敵がそうするのは想定内だった。
執務室で上奏文に目を通していたサンは、読み終わると、山盛りになった文書の一番上にそれを重ねた。これらは全てサンを非難する文書だった。
「ソンヨンは私が必ず探します。ですから早く宮殿にお戻り下さい。私たちが宮殿に行くまで無事でいると約束したはずですよ」
あの襲撃の夜、テスにこう諭されて、サンは後ろ髪をひかれるような思いで宮殿に戻ってきた。こうして仕事に縛られながら、テスが何かいい知らせを持って帰るのを、待ち続けることしかできない。
王世孫という名は、一体何のためにあるのか・・・?
何の力になってやることも出来ない自分が、実に歯がゆかった。
サンの妻、嬪宮が寝殿を訪れたとき、サンはまだ諦めきれずに、しげしげと亀の玉印を見つめていた。
「長い間、妻の務めを果たせず心苦しい限りです。実はこれをお渡しするために伺いました・・・」
嬪宮は風呂敷包みをほどいて、八角形の塗り箱をサンの文机にのせた。
「実は図画署の画員に付き添って来ていた者に、手伝って貰って作ったのです」
扇状に並んだ色鮮やかなお菓子を、サンが1個つまんでモグモグ味見するのを嬉しそうに眺めながら、嬪宮は正直に打ち明けた。
「そうか。だから彩りが絵のように美しいのだな・・・」
サンは、心配事を抱えながら、やわらかい笑顔で呟いた。
王様の部屋に、サンの大叔父ホン・イナンが顔を出した。
図画署では、画員達によって、サンの筆跡と偽文書との鑑定が行われているところだった。ホン・イナンは、その結果を知らせにやって来た。
しかし彼の報告は、サンの状況をさらに不利にするものとなった。画員のほとんどが、同一人物の筆跡だと判定を下したのだ。
「ご苦労だった」
模写の達人であれば、まねることは可能だ・・・と言いかけたホン・イナンの言葉を、王様は途中で遮って、話をおしまいにした。もう見切りをつけたのか、事実を重く受け止めようとしているのか、その渋い表情からはわかりかねた。
王様の心中を最初に悟ったのは、ホン・イナンが退出してすぐ、王様の部屋にあがった中殿だった。
中殿は、持参したお茶セットを侍女に床へ置かせると、王様に茶を入れはじめた。湯飲みの中で菊が花開いて、すーっと安らいだ空気が漂った。
中殿は王様に一礼した。
「出すぎたこととは思いますが、宮中によくない噂が出回って心配しております。王世孫は誰よりも誠実な子です。どうか信じてあげて下さい」
王様は、ゆっくりとお茶をすすりながら、ぽつりと吐き捨てた。
「信じていなければ、とうの昔に見捨てておる・・・」
テスが町を這いずり回るようにして探したおかげで、突然ソンヨンが見つかった。ゴロツキに誘拐されたあと、遊郭へ売り飛ばされる寸前のところで、ある屋敷の倉庫から助け出したらしかった。
屋敷の軒下の石道に、魂の抜け殻のようなソンヨンを座らせ、テスと叔父が寄り添った。
ソンヨンが、ぼうっと目を向けた先には、ホッと笑いかけるナム尚洗の姿があった。
「本当に無事でなによりだ。王世孫様もお喜びになる」
「え・・・?」
ソンヨンはノドの奥で小さく呟いた。言葉の意味が、まだ理解できないらしかった。
しかしうつろな目に走った一筋の光は、やがてソンヨンをハッと目覚めさせた。
「ソンヨン。バカだなあ。王世孫様は、お前のことを覚えてるんだよ・・・」
テスの優しい声が耳に入った。
家に戻ったテスは、まだ夜が明けないうちに起きて、庭のかまどに鍋をかけた。中には叔父さんがソンヨンのために手に入れた牛のすね肉がたっぷり入っている。
ところが長く横に伸びた煙と同じ方角に、ソンヨンが図画署の着物をきちんと着て、出掛けていくのをテスは見た。
数日ぶりに顔を出した図画署は、暗くてまだ誰も出勤していなかった。
柱にかけたロウソクの細い灯りのなかで、ソンヨンは黙々と準備をはじめた。
木箱から画員達の使う筆を取り出してテーブルに並べていたソンヨンに、背後から温かく呼びかける者があった。
「ソンヨン・・・」
ソンヨンには、それが誰だかすぐにわかった。月明かりで青く透き通った障子の前に、サンが懐かしそうな顔で立っている。
ソンヨンは涙をぽろぽろとこぼしながら、まるで何かの話の続きみたいに言った。
「王世孫様は、何もかもお忘れになったと思いました・・・」
サンは、ソンヨンの涙をぬぐいながら答えた。
「泣かないでくれ。恋しかった友にこうして会えたのだ。私は一瞬でもあの約束を忘れたことはない」
2008/12/24更新
「イサン」10 あらすじ
サンは王様に呼ばれて、目の前に正座した。サンを挟んだ両側には、険しい顔の重臣達が顔を揃えていた。
重臣達は真面目腐った態度で大げさに頭を下げた。通達の件で、一刻も早くサンの処罰を求めてのことだった。
通達を出した覚えはないと、サンがいくら否定してみても、覆されるような空気ではなかった。重臣達の声はそれだけ圧倒的なものだった。
意外にも、重臣らの非難にじっと堪えるサンのことを高座から眺めている王様はリラックスしている。まるで何かの猿芝居でも眺めているような顔つきだった。
王様が、やがて口を開いた。
「困ったことに通達がそなたの筆跡だったと断定された。そなたの大叔父でさえそれを否定しないのだ。重臣達の申すことはもっともであろう?」
重臣達は、皆かしこまって王様の話に耳を傾けた。彼らの間には、すでに勝ち誇ったムードが漂っていた。
ところがその王様の口調が、だんだん荒々しく、厳しくなってくる。重臣達は何か雲行きが怪しいと、ようやく気づきはじめたのだ。
王様は言った。
「だが私はどうも納得がいかぬ。重臣達がそこまで激しく非難するとは! まるで王世孫が王になれぬとでも、思っているようではないか・・・?」
王様の娘、ファワンは臨時の秘密会議を招集した。十数名の重臣達の顔ぶれの中には、大物のソクチュ、フギョム、サンの大叔父もいた。
“あの方”の姿が見えないのは、この会合が、急きょ、ひと目につきやすい昼間に開かれたためだった。
その会合の目的は、玉印の真否を王様が調査しはじめたことにあった。
サンの筆跡を模写した図画署のチョンという画員は、もうよそに移す対策をとってある。しかしそれだけでは十分とはいえなかった。
ニセの玉印の作り方は、思ったよりも簡単だった。
本物の玉印の面に、ゆでたイモをあてて朱肉を吸い取り、通達に押すだけで出来る。
ただそうして押された印は、1ヶ月もすると色が変色した。
玉印の真否を、王様が調べ始めたことは、ファワン達にとって大きな誤算だった。
朱肉の色が変色することで、サンの疑いは、自然と晴れることになるだろう。
王様の目を、調査からそらさなければならない。
いいアイデアが浮かばず、重臣らが渋い顔で黙り込むなか、フギョムがとつぜん、笑みを浮かべて言った。
「人には消し去りたい過去があるものです。例えば、米びつで死んだ息子のことですよ・・・」
サンは自室のデスクにひじをついて、一人で悩んでいた。
王世孫が王になれぬと思っているようではないか・・・?
王様が重臣らに投げかけたこの言葉は、サンの心にも深く問うものがあった。
「王世子様。この度就任した護衛隊長が参りました・・・」
「通せ」
サンは無愛想に侍従に返事をしながら、顔をあげ、その目を丸くした。
チェ・チェゴンが、目の前に立っていたのだ。
サンは思わず立ち上がって、チェ・ジェゴンの手を嬉しそうに握りしめた。
チェ・ジェゴンは、この何年かの間に流罪となった身だ。彼を救ってあげられなかったことを、サンはいまだに心残りに思っていた。
「とんでもございません。私こそ、そばでお守りできず心苦しい限りでした。実は王様が朝廷の不穏な空気を感じ取られて、私に護衛部隊を任されたのです」
急にサンの顔色が曇った。
護衛部隊を強化するのは、チェ・チェゴンでも無理だろうと思ったからだ。
護衛部隊は“武官の墓場”と呼ばれている。護衛の一部は敵の手先で、残りは俸給目当てのやつらだった。
いずれ廃位されるだろう王世孫に仕えたところで出世の見込みがあるわけでもなく、兵士達には、はなから、やる気などなかったのだ。
そんな中、武科の試験が行われるのに先立ち、護衛部隊による予行演習が行われた。
王様のほか、サンや重臣達が御殿の壇上から、中庭を見おろしている。
庭の中央で、大勢の兵士達がペアを組んでの激しい対決がはじまった。
馬に乗った男達が走りながら、わらの丸太棒を刀でザクザクと切り落とす競技や、鉄ヤリを使った武術の型も集団で披露された。最後はイノシシの顔のイラストの的が数台ほど会場にセットされた。
旗の合図とともに、兵士達の矢が一斉に放たれた。ところが命中したのは数本だけで、あとは的を大きく外すか、パラパラと小太鼓みたいな音をたてて、突き刺さることなく地面に落ちていった。兵士達のなかには弓を引くのに精一杯で、手がブルブル震える者さえいた。
重臣達の間に退屈なムードが漂いだした。
王様は見切りをつけたように、席を立った。
「面目ございません・・・」
チェ・チェゴンが、申し訳なさそうに頭を下げた。しかし王様の厳しい視線は、歯がゆそうに兵士達を見つめるサンに、まっすぐ向けられていた。
王様は退場する途中に、サンのそばに足を止めて言葉をかけた。
「自らを恥じるがよい」
「え・・・?」
思わず不満げな声をあげたサンに、王様は続けて言った。
「護衛達が訓練に身が入らないのは、その程度にしか思われないそなたに責任がある。彼らの意欲をそいだ自分を恥じるのだ」
王様はまた歩きだし、そのあとを重臣達がバタバタと追った。
サンは、ぽつんと取り残されて、その場に立ち尽くした。王様の言葉が、矢のように胸の奥に突き刺さっていた。
それからまもなくして、武科の試験要項が町の掲示板に張り出された。テスは人だかりを掻き分けて、日にちや時間を確認すると、さっそく落ちぶれた両班がやっているという塾に申し込みに行った。
兵法の講義を担当しているのは、ホン・グギョンという男だった。アゴから口の上にかけて丸いひげを生やし、着ているものは質素だった。役所勤めのかたわら小遣い稼ぎをし、はり合いのない毎日を送るにしては、もったいない若さに見えた。
いよいよ武科の試験の日がやってきた。中庭にござを広げて、受験者達が所狭しと座り込んでいる。
問題を書いた幕が下ろされると、受験者達は筆を取った。そして出来上がった者からテントにいる重臣のところへ答案用紙を提出し、会場を出て行った。
怪しい目つきをした男が、答案を書き終えて筆を下ろした。男はこそこそと周囲を気にしながら皆と同じように用紙を提出して、足早に去っていった。
重臣達が騒ぎはじめたのは、その直後のことだった。王様とサンは何かと思って、腰を浮かせるようにして壇上からテントを見おろした。
答案用紙を手にした重臣が、荒々しい声で、試験場の門をすぐ閉めるよう指示しているのがわかった。怪しい男を捕まえるつもりのようだ。他の重臣達は一枚の答案用紙に、目を釘付けにしていた。
「何事だ。何が書かれている?! 早く見せてみよ!」
王様はイライラした様子で、用紙を手にしていたホン・イナンを急かした。イナンをはじめとする重臣達は、テントから壇上の短い階段をあがると、仕方なく王様に用紙を手渡した。
王様はその用紙を黙って読み終えた。その直後、まず王様が見たのはサンだった。責めるような目つきだった。
「王様、どうされましたか・・・?」
サンはちょっと嫌な予感がしながら、おずおずと心配そうに聞いた。
2009/1/2更新
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...