2017年6月8日木曜日

イ・サン63話「世継ぎの擁立」

尚宮は不機嫌な顔になった。というのも家具を運び入れるときに、長いスモックを垂らした男らが石段の花を踏みつけて歩くからだった。
男らは2人がかりで赤塗りのチェストを2種類ほど御殿に運び込んだ。ドアや引き出しに、金模様の浮き出た豪華なもので、続いて飾り棚なども持ち運んだ。
御殿に3名の尚宮が現れると、ソンヨンは読みかけの書物を卓上机に広げたまま、緊張した様子で、背筋を伸ばして待ち構えた。
なでつけた髪を、金のかんざしで後ろにふっくら編みとめ、鳳凰の髪飾りをそばに添えてある。頭のてっぺんは髪をカチューシャの帯のようにアレンジし、中央に筒冠をのせた。
上着はピンク地に銀の花模様を散りばめた豪華な生地だった。ソンヨンが立ちあがると、金の刺繍帯を縫いつけたスカートが、ふんわりと広がった。
「ようこそおいでに…」
「はい。宣嬪様」
尚宮らは二コリともせずに、ソンヨンに会釈して座った。彼女らが冷やかなのは、授業をする目的で来たからだった。
まずは代表の尚宮が問題を出した。
「正一品から正5品までの婦人の位階を」
「正一品は貞敬夫人、正二品は貞夫人、正三品は淑夫人、従三品は淑人、正四品は恭人、正五品は宣人だ」
ソンヨンは1つずつ思い出すように慎重に答えた。
教育係の女はうなずき、次の問題を出した。
「王族の親族である宗親の位階を」
「縣禄、興禄、昭徳、崇憲、中義、それに明善、彰善、保信、宣微、奉成は大夫をつけて呼ぶ。その下は通直郎、謹節郎、執順郎だ」
3人の尚宮は、思わず満足したように顔を見合わせた。今度は一番年配の女が質問してみた。
「大妃様が3代にわたりご存命の場合は?」
「宮中に入られた順に、大王大妃様、王大妃様、大妃様でございます」
その瞬間、女は突然、顔をしかめ、ソンヨンを叱りつけた。
「宣嬪様。すべて正解ですが、我々下の者には敬語を使われませんように」
今日の授業はこれで終わりだった。言葉使いに少し問題はあったものの、ソンヨンは物覚えがよく、おおむね順調であった。

授業の他には、サンと庭をゆっくり散歩することもあった。中殿がソンヨンの部屋へ顔を出したときには、ソンヨンはちょうど、盆に並べたボウルの中に、箸で白糸を浸しているところだった。恵慶宮の誕生祭の宴に使う糸を染めていたらしい。青草の絵柄の白いボウルの内側が、オレンジ、赤、緑などの染料で光っていた。女官に頼めば済むことなのに…と微笑みながらも、中殿はソンヨンの努力をとても気の毒に思った。恵慶宮の部屋へは毎日のように挨拶に出向いていたが、目通りすら叶わず、引き返してばかりいたからだ。

恵慶宮の誕生祭の場には、テスや叔父パク・タロもいた。
2人ともソンヨンがお供を連れて、宮中の敷地を歩いているのを、遠くで見かけたことはあった。
パク・タロは、テスや女将に、やけくそ気味にグチをこぼすのだった。
「一介の内官が自由に会いにいけると思うかっ!」
今、壇上の席には、大妃、サン、恵慶宮、中殿と尚宮らが座っている。参加を許されなかった宣嬪のことなど、まるで忘れ去られたように、宴は滞りなく進んだ。
チャン・テウをはじめとする大臣たちは、広場の席で雅楽の演奏や妓の舞いを心ゆくまで鑑賞した。
テスは護衛任務の途中にも関わらず、いつしかそっと賑やかな会場を立ち去った。

テスの心配していた通り、ソンヨンは庭にたたずんで、とても寂しそうにしていた。宣嬪の御殿の裏庭では、宴の晴れやかさは嘘のようだった。
幸い、おつきの尚宮はいない。テスが声をかけると、ソンヨンは嬉しさに飛びつくように、息せき切って話しはじめた。その様子が何だか余計に痛々しく思えて、テスの心はますます暗く沈んだ。
「テス、本当に久しぶりだわ。ね? 挨拶もできなくて。元気だった? おじさんとおばさんは? 図画書のみんなも元気?」
「宣嬪様もお元気でしたか? 心安らかにお過ごしですか?」
「宣嬪様だなんて…。どうしたの? そんな風に呼ばないでよ、テス」
「いいえ。身分が上の方に対する当然の礼儀であり、おきてなのです。どうか宣嬪様も御言葉を改めてください」
ソンヨンは心臓が止まったように、急にまじめな顔つきになった。もちろん自分でも昔と違うのはわかっている。ただその寂しさが今、実感となり、体の中に流れ落ちていくのを、ひしひしと感じた。
ソンヨンはその夜の時間を、絵筆を握って過ごした。
長く細い葉がやわらかく伸び重なり、その伸びゆく茎の先に、数輪の花が小さく頭を垂らしている。花びらは濃い黄色から外へと明るい黄色に変化し、縁はまた濃い黄色になり、根元に2匹の茶色い蝶が舞った。
絵は仕上がったものの、画員であったのが嘘のようだった。あまりに久しぶりだとそう上手くは描けないものだと、ソンヨンは思った。

王様がお忍びの視察に出るというので、グギョンはパク宿衛官らお付きの護衛3名の他に、視察先にも兵士を配置し、万全の対策をとった。
王様を狙う者は大勢いる。
グギョンの不安が晴れることなどなかった。しかしサンは予定通り、雲従街へと向かった。
雲従街だけでも百以上の違法商店があり、それが地域になると千にものぼった。
市場は殺伐とした雰囲気だった。専売商人がごろつきを雇って、次々と違法商店を襲わせている。他に食べてゆく術のない貧しい商人から、店舗の品物を没収する光景を、サンは目の前でありありと見た。
視察から戻ったサンは、宣旨を公布した。
通り沿いの高床式倉庫の板壁の高いところに、赤服兵が貼りつけた公布には、すぐに人だかりができた。
背中に布団ほどもある大荷物を抱えた男は、ビラをまじまじと見上げて、隣の男に聞いた。
「どんな内容かね?」
「これからは申請すれば誰でも自由に商売できるってことさ!」

役所の前には、専売商人らが直談判に大勢押しかけた。しかし兵によって解散させられると、今度はその対抗策として、専売商人らは、雲従街の取り引きのボイコットをはじめたのである。
物価は2日間で塩が3両、麦は2両も高騰した。サンは、やむなく松坡と桜院を通じ、品物を供給することを決めた。京江から都への入荷予定は5日だった。
また当面、宮殿の備蓄物資を放出することにし、イ検書官には、本日、申の刻に倉庫を開けて、新規商店に配給するよう指示した。
物資の配給はせいぜい4日が限度だ。中国から豆満江へ、ひと月分の品物の仕入れの手配することで、一応の準備を整えた。

荷物を背負った商人らが、見張り台の門をくぐって、配給所の設けられた役所の広場に入ってきた。
配給価格は、米が1俵4両、麦と豆は2両、塩は6両、薪は1両5文である。
それらの荷物が壁のように整然と積み重なり、広場に小路を作っていた。
配給物を運びこむ役人、商人、巡回の役人が、それぞれ広場を行き交った。
白い着物を1枚だけ着た男は、手に包んだ銭を二十数枚、テーブルに置いた。役人はその銭を片手で数え、もう一方の手で、かさばる用紙の一枚に印を押し、男に渡してやった。すると白い着物の男は、さも嬉しそうに、お辞儀をして去り、次の男の番になった。黒ずきんの役人は、男が背負ったカートに、豆などがパンパンに詰まった布袋を積みあげてやった。
視察に来たサンは、広場をゆっくりと見渡した。
取引中止が続けば、やがて経済は麻痺するだろう…。そう思うと配給所の賑わいも、どこかはかなげに見えるのだった。
2つに先の割れた旗が、広場の中程で大きく風にひるがえっている。ガヤガヤとした人の声は、当たり前のように景色に馴染んでいた。常に警戒の目を光らせていたグギョンは、テスにそっと怪しい人影を追わせた。
倉庫の裏側へまわり、勢いよく中へ突入したテスは、次の瞬間、チリがゆったりと舞う光の筋の中に立っていた。入口の扉から差し込んだ光が、床のシートや米俵を照らした。倉庫の中はもぬけの殻だった。
「ニャーッ!」
黒と白のまだら猫が、木戸の敷居をすばしっこく飛び超え、外へ逃げていった。

宮中に戻ったグギョンは暴動に備え、兵士を動員した。
ところが雲従街のいくつかの店舗を除く大部分は、急に商売を再開したのである。
まもなく市場の責任者、キム・スンファが王様に謁見を求め、こう申し出た。
「王様、皆を説得し、取り引きを再開させましたが、根本的な解決にはなりません。王様から直々に改革についての説明をして貰って、現場の我々の意見も聞いて頂きたいのです…」

王様がどうしても、雲従街の専売商人たちに会いに行くというので、グギョンは警備に奔走されることになった。
しかしその一方では、大妃の部屋へも足を運んだ。
恵慶宮がソンヨンとは別に、新しい側室選びの日程を25日に取り決めたため、こちらとしても裏の計画を急ぐ必要が出てきた。
明日の御前会議で、元嬪の養子ワンプン君を王世子に推薦する際の段取りについて、ソクチュを交えて相談を交わした。王に世継ぎが生まれてからでは手遅れになる。
「問題はチャン・テウク様でしょう? 周囲を扇動し猛反対するはずです」
グギョンは一抹の不安をよぎらせた。
しかし、あの男の家ぐらい宿衛大将の権限で好きに捜索できるであろうというのが、大妃の助言であった。

2010/10/30


韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...