宮中の大広場に集まった絵師達が、地面に大きな紙を広げて、祭りの様子を事細かく写生していた。
ある絵師は、広場の中央で華やかに舞う踊り子達を描いた。
絵の中の女は三つ網をウチワみたいに巻いて、造花や長いカラフルな布を高く掲げながら、くるくると回っていた。天女みたいなスカートを膨らませた様子が、そこには生き生きと表現されていた。
踊りの外側では、幾重にも四角く取り囲んだ重臣や兵士の姿がある。さらにその周りを黒い瓦屋根と赤柱の重々しい御殿が取り囲んでいた。
日よけの黄色いテントが張られた壇上席では、ヨジョン王と若い正室が満足そうに踊り子達の舞に魅入る姿がある。
ある絵師は金龍刺繍の赤い服と、えぼしを塗った後、少し白い毛が混じった王様のアゴひげを仕上げた。
また別の絵師は、長い棒を振り回して風車のように回る武士の集団や、小さいつばの帽子を頭にのせた火縄銃隊を描いた。
パンパーン!
地面に片ひざをついた火縄銃隊が一斉に、空中に銃を発射した。
辺りに白い煙が上がったところで、一列目の隊は素早く後ろに下がって、次の列と入れ替わった。
隊は王様の壇上の前へ足踏みで進んでいき、同じような射撃パフォーマンスをしばらく繰り返していた。
ところがあるとき突然、隊がくるりと王様に銃口を向けたのだ。
次の瞬間、王様のちょうど前にいた若い男の胸から血が吹き飛んだ。
側近達も次々に倒れていく。
火縄隊同士が激しく撃ち合い、そこら中に弾が飛び交うという一見しただけでは訳の分からない状態となった。
踊り子や絵師達が慌てて逃げ出した。
広場中で人々が逃げ惑う様子は、さながら蟻の大移動を見ているみたいだった。
王様は家臣達に守られながら広場を抜けて、岩造りの高い道を走った。その王様のあとを、剣を振り回しながら追いかける一団があった。
一団は王様の前に立ちはだかった。
その列の中から現れたのは、青い着物に金龍の鉢巻を締めた男だった。
男は王様を見据えた。
りりしい、そして恨みのこもった目で、世子サドが王の前で刀を振りかざしたそのとき、王は寝床から目覚めた。
ヨジョン王は真っ暗い中から、ゆっくりと体を起こした。
しばらくは動揺がおさまらなかった。
悪夢にうなされたのは今回が初めてじゃない。
王には息子に恨まれる心当たりがあった。
「なぜ出歩いてる?」
少し太っちょの十一歳になるテスは、自分と同じ内管の服に短いえぼしを被った少年に、いちゃもんをつけた。
テスには少しとぼけた感じの叔父さんがいた。役人であるその叔父が将来を心配して、テスをこの宮中に預けたのだった。
「名前くらい名乗ったら!」
女官のソンヨンがテスの加勢をして、こんな夜更けにこそこそ出歩いてる怪しい男の子を責め立てた。
とは言えソンヨンも、あまり威張れる立場ではなかった。
ソンヨンは先日女官になったばかりだ。死んだ父親は宮中の画工にしておくのが惜しいと噂された立派な人物だった。
三人はそれぞれ諸事情を抱えて、偶然にも庭の一角で出会った。
ソンヨンは厨房の行き方がわからず困っているところだったし、内官になるのが嫌だったテスは、夜明け前までに宮中から脱走しようとしていた。
ムドクと名乗った少年にも、また別の事情があった。
今宮中で最も警戒が厳しくて物騒な時敏堂に、人目を盗んで行くところだったのだ。
試しに見張り役をお願いしてみると、意外にもソンヨンが快くOKしてくれた。
ムドクは生まれて初めて信頼できる人に会ったみたいに、顔をパーッと輝かせて、すっかり張りきった。
「先に厨房に行くのが道理であろう!」
ムドクはソンヨンの用事を優先してやった。
テスも根は単純な男らしくて、渋々ながらついてきてくれた。そればかりか石塀をのぼるために体を馬にしてくれたのだ。
見張兵がたいまつを手にして石橋の辺りをウロウロと歩いている。
幸いにも朱色の門には、見張りの姿はなかった。
ムドクは二人を門のところに待たせて、一人で広場の中へ入っていった。
そこは青黒い闇と霧に包まれていた。
砂利の真ん中には、まっすぐ石畳の道が延びている。突き進んで御殿の前まできたところで、ムドクが突然ひざまずいた。
石段の前には輿ほど大きな米びつが、ぽつんと一つあった。
その米びつに向かって、ムドクは深々と頭をさげたのだった。
「あんまりです……こんなひどい仕打ちを受けるとは! 父上……」
ムドクの泣き声を聞いて、箱の中から弱り果てて今にも消えそうな返事が漏れた。
「サンか……? そなたは無事なのか?」
世子サドは息子に呼びかけた。
世子は真っ暗な米びつの中にいた。唯一外の光が入る小さな穴から、手を差し述べようとした。
サンは腕が見えた途端、そばまで飛んで行って、父のだらんとした手を握り締めた。
泣きじゃくる息子の声を聞いて、世子は息子に最後の教えをほどこした。
「無事ならばよい……。よいか、たとえ何があろうとも誰かを恨んではならない」
ほとんど息だけで、あまりに弱々しい父の声を聞き、サンはあたふたと包みから、お餅を取り出した。
ソンヨンを先に厨房に案内した際に、忍ばせておいたものだ。
サンは何日も閉じ込められて、餓死寸前の父の手に、餅を握らせようと必死になった。
「よく聞けサン。飾り箱の中に私が描いた絵がある。それをおじい様に渡してくれ。そうすればきっとおじい様も私に会って下さるはずだ……」
父は必死に気力を振り絞って、糸みたいな声でそう告げた。
太い柱の陰に隠れていたソンヨンがサンに注意をうながした。
「誰かがこっちに来るわよ……」
王様が急に時敏堂に足を運ぶ気になったのは、誰かが陰で働きかけたからだろう。
家臣達を門の外に残し、ランタンをさげた家来と側近のみを連れ、広場へと入城した。
「一体あれは何だ……?」
王様が訝しんだ。
その視線は我が息子を閉じ込めた米びつではなく、そばに落ちたものに注がれた。
拾い上げて見るとそれは餅であった。
「罪深い王世子の好物らしい。しかしこれは王である私を屈辱する行為じゃないか……? 手助けした者どもを反逆罪に処すべし!」
王様は翌日の会議で冷え冷えとした口調で、家臣どもへ怒りをぶちまけた。
王様の日常はとても忙しかった。各地の錬鋼店や精肉店の数の把握、毛皮職人と織物店の紛争処理、漆職人や刀匠の訴え……
荷馬店が革職人の店を潰した件、毛織物の市場で馬毛の買占めが続いている件など、隅から隅まで把握して、頼りない家臣どもを相手に実務を淡々とこなしていく。
米びつに息子を閉じ込めているなど、とても感じさせない態度だ。
もちろん夜な夜な悪夢にうなされているのを、医官に相談している訳でもなかった。
体調がすぐれないのを押して、これからまだ町の視察にも出掛けるつもりでいた。
東宮殿が立ち入り禁止になったのは、どうも昨夜の騒ぎが原因らしい。
「なんということだ……」
サンは悲しみでいっぱいだった。
父さんを助けるには絵を入手する必要がある。
でも宮中の中庭にはヤリを持った兵士達が、物々しくそこら中を駆け回っていた。
千七百六十二年五月。サンの父さんが米びつに閉じ込められてから、もう七日が過ぎようとしていた。
2008/10/24 更新
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月9日金曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...