2017年6月9日金曜日

イ・サン10話「武官の墓場」

サンは王様に呼ばれて、目の前に正座した。サンを挟んだ両側には、険しい顔の重臣達が顔を揃えていた。
重臣達は真面目腐った態度で大げさに頭を下げた。通達の件で、一刻も早くサンの処罰を求めてのことだった。
通達を出した覚えはないと、サンがいくら否定してみても、覆されるような空気ではなかった。重臣達の声はそれだけ圧倒的なものだった。

意外にも、重臣らの非難にじっと堪えるサンのことを高座から眺めている王様はリラックスしている。まるで何かの猿芝居でも眺めているような顔つきだった。
王様が、やがて口を開いた。
「困ったことに通達がそなたの筆跡だったと断定された。そなたの大叔父でさえそれを否定しないのだ。重臣達の申すことはもっともであろう?」
重臣達は、皆かしこまって王様の話に耳を傾けた。彼らの間には、すでに勝ち誇ったムードが漂っていた。
ところがその王様の口調が、だんだん荒々しく、厳しくなってくる。重臣達は何か雲行きが怪しいと、ようやく気づきはじめたのだ。
王様は言った。
「だが私はどうも納得がいかぬ。重臣達がそこまで激しく非難するとは! まるで王世孫が王になれぬとでも、思っているようではないか・・・?」

王様の娘、ファワンは臨時の秘密会議を招集した。十数名の重臣達の顔ぶれの中には、大物のソクチュ、フギョム、サンの大叔父もいた。
“あの方”の姿が見えないのは、この会合が、急きょ、ひと目につきやすい昼間に開かれたためだった。
その会合の目的は、玉印の真否を王様が調査しはじめたことにあった。
サンの筆跡を模写した図画署のチョンという画員は、もうよそに移す対策をとってある。しかしそれだけでは十分とはいえなかった。
ニセの玉印の作り方は、思ったよりも簡単だった。
本物の玉印の面に、ゆでたイモをあてて朱肉を吸い取り、通達に押すだけで出来る。
ただそうして押された印は、1ヶ月もすると色が変色した。
玉印の真否を、王様が調べ始めたことは、ファワン達にとって大きな誤算だった。
朱肉の色が変色することで、サンの疑いは、自然と晴れることになるだろう。
王様の目を、調査からそらさなければならない。
いいアイデアが浮かばず、重臣らが渋い顔で黙り込むなか、フギョムがとつぜん、笑みを浮かべて言った。
「人には消し去りたい過去があるものです。例えば、米びつで死んだ息子のことですよ・・・」

サンは自室のデスクにひじをついて、一人で悩んでいた。
王世孫が王になれぬと思っているようではないか・・・?
王様が重臣らに投げかけたこの言葉は、サンの心にも深く問うものがあった。
「王世子様。この度就任した護衛隊長が参りました・・・」
「通せ」
サンは無愛想に侍従に返事をしながら、顔をあげ、その目を丸くした。
チェ・チェゴンが、目の前に立っていたのだ。
サンは思わず立ち上がって、チェ・ジュゴンの手を嬉しそうに握りしめた。
チェ・ジュゴンは、この何年かの間に流罪となった身だ。彼を救ってあげられなかったことを、サンはいまだに心残りに思っていた。
「とんでもございません。私こそ、そばでお守りできず心苦しい限りでした。実は王様が朝廷の不穏な空気を感じ取られて、私に護衛部隊を任されたのです」
急にサンの顔色が曇った。
護衛部隊を強化するのは、チェ・チェゴンでも無理だろうと思ったからだ。

護衛部隊は“武官の墓場”と呼ばれている。護衛の一部は敵の手先で、残りは俸給目当てのやつらだった。
いずれ廃位されるだろう王世孫に仕えたところで出世の見込みがあるわけでもなく、兵士達には、はなから、やる気などなかったのだ。

そんな中、武科の試験が行われるのに先立ち、護衛部隊による予行演習が行われた。
王様のほか、サンや重臣達が御殿の壇上から、中庭を見おろしている。
庭の中央で、大勢の兵士達がペアを組んでの激しい対決がはじまった。
馬に乗った男達が走りながら、わらの丸太棒を刀でザクザクと切り落とす競技や、鉄ヤリを使った武術の型も集団で披露された。最後はイノシシの顔のイラストの的が数台ほど会場にセットされた。
旗の合図とともに、兵士達の矢が一斉に放たれた。ところが命中したのは数本だけで、あとは的を大きく外すか、パラパラと小太鼓みたいな音をたてて、突き刺さることなく地面に落ちていった。兵士達のなかには弓を引くのに精一杯で、手がブルブル震える者さえいた。
重臣達の間に退屈なムードが漂いだした。
王様は見切りをつけたように、席を立った。
「面目ございません・・・」
チェ・チェゴンが、申し訳なさそうに頭を下げた。しかし王様の厳しい視線は、歯がゆそうに兵士達を見つめるサンに、まっすぐ向けられていた。
王様は退場する途中に、サンのそばに足を止めて言葉をかけた。
「自らを恥じるがよい」
「え・・・?」
思わず不満げな声をあげたサンに、王様は続けて言った。
「護衛達が訓練に身が入らないのは、その程度にしか思われないそなたに責任がある。彼らの意欲をそいだ自分を恥じるのだ」
王様はまた歩きだし、そのあとを重臣達がバタバタと追った。
サンは、ぽつんと取り残されて、その場に立ち尽くした。王様の言葉が、矢のように胸の奥に突き刺さっていた。

それからまもなくして、武科の試験要項が町の掲示板に張り出された。テスは人だかりを掻き分けて、日にちや時間を確認すると、さっそく落ちぶれた両班がやっているという塾に申し込みに行った。
兵法の講義を担当しているのは、ホン・グギョンという男だった。アゴから口の上にかけて丸いひげを生やし、着ているものは質素だった。役所勤めのかたわら小遣い稼ぎをし、はり合いのない毎日を送るにしては、もったいない若さに見えた。

いよいよ武科の試験の日がやってきた。中庭にござを広げて、受験者達が所狭しと座り込んでいる。
問題を書いた幕が下ろされると、受験者達は筆を取った。そして出来上がった者からテントにいる重臣のところへ答案用紙を提出し、会場を出て行った。
怪しい目つきをした男が、答案を書き終えて筆を下ろした。男はこそこそと周囲を気にしながら皆と同じように用紙を提出して、足早に去っていった。
重臣達が騒ぎはじめたのは、その直後のことだった。王様とサンは何かと思って、腰を浮かせるようにして壇上からテントを見おろした。
答案用紙を手にした重臣が、荒々しい声で、試験場の門をすぐ閉めるよう指示しているのがわかった。怪しい男を捕まえるつもりのようだ。他の重臣達は一枚の答案用紙に、目を釘付けにしていた。
「何事だ。何が書かれている?! 早く見せてみよ!」
王様はイライラした様子で、用紙を手にしていたホン・イナンを急かした。イナンをはじめとする重臣達は、テントから壇上の短い階段をあがると、仕方なく王様に用紙を手渡した。
王様はその用紙を黙って読み終えた。その直後、まず王様が見たのはサンだった。責めるような目つきだった。
「王様、どうされましたか・・・?」
サンはちょっと嫌な予感がしながら、おずおずと心配そうに聞いた。




2009/1/2更新


韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...