2017年6月9日金曜日

イ・サン11話「罪なき忠義」

サンは王様から受け取った答案用紙を読み終わると、ぼう然とした。
それはサンの父さん、サド王世子を殺した王様を責める内容だった。
文書は、こうしめくくられていた。
 ~我らの君主は王世孫様だけである ~

王様は試験の中止を宣言して、足早に会場をあとにした。サンは、慌てて追いかけて、中門の外に待たせておいたコシに乗ろうとしていた王様を呼び止めた。
「王様、あの答案の件で私のことをお疑いですか? 書かれていた内容が私の意志だとお考えですか? そうでないことは王様がよくご存知のはずです!」
王様はサンの悲痛な表情をじっと見てはいたけど、その眼差しは怖いくらい冷たく、また何か言いたげでもあった。
王様は怒りを抑えたような物静かな声でたずねた。
「では、そなたの父のことはどうだ? 私が無実の王世子を死に追いやったと、一度でも考えたことはないのか・・・?」
サンは急に黙り込んでしまった。王世子が謀反の罪で処罰されたことは公の事実となっている。それに対して今さら意見を言うのは、王様を否定するだけではなく、胸の奥に隠し持った古傷を刺激してしまうことにもなるだろう。
サンが何も言わないのを見て、王様はコシに乗り込んだ。四隅の棒を抱えた男達は、ハシゴ型の床をふわりと持ち上げて門を出て行った。

夜になると宮中は嘘みたいにひっそりとなった。
茶色い覆面で顔を覆った怪しい男らが、ちょうど石垣をよじ登って侵入するところだった。
男たちは、御殿の柱の隅にまず小さな穴を掘り、その中へ火薬を注ぎいれた。それから残りの火薬をアリの行列みたいに地面に垂らしながら、建物に沿って歩いた。
火薬が大爆発すると、男達の一部は石垣を飛び越えて逃亡し、残りは王様のいる大殿に向かった。

デスクで物思いに沈んでいたサンの耳にも、その派手な爆発音は届いた。
大殿へと通じる渡り廊下は、すでに護衛部隊と刺客の戦場になっていた。
応援部隊の灯りが遠くにチラチラ見えてくると、刺客達は雲の子を散らしたように闇の中に姿を消した。
夜が明けてすぐ、禁軍別将が昨晩の騒ぎを報告しに、王様の部屋にあがった。サンは神妙な顔つきで別将がデスクに白い封筒をのせるのを、いぶかしげに見つめていた。
「刺客の死体に入っていたものです・・・」
王様は、即座に封をとり、中の紙を広げてみた。
“会高千司”
書かれていた内容はこれだけだった。何かの暗号のようでもある。首を傾げる王様に向かって、同席していた兵曹判書が、言いにくそうに口を開いた。
「恐れながら、会高千司とは王世子様の昔の墓の地名ではありませんか? 王世子様を慕う一派が事件の背後にいるのでないかと・・・」
刺客がそんな証拠をわざわざ残して行くわけがないと、サンはそのときすぐに思った。
ところが王様は、兵曹判書の話に釘付けになっている。古傷を刺激されたことで、冷静さを失っているように見えた。
王様は王世子の墓に兵を派遣することにした。いけにえとなったのは、偶然、墓参りに来ていた前護衛部隊長、ソ・インスをはじめとする部下一同だった。
王様に迷いはなかった。うずき出す心の痛みから逃れるために、王世子は悪者でなければならなかった。
それにソ・インスは、王世子に長年、仕えていた男だった。彼の自宅からは、サンを王にしようと決議された連判状と15名の署名も見つかったのだ。

フギョムの作戦は、こうしてまんまと成功した。町ではサンが謀反を起こそうとしているとの噂までもが流れた。
ただ一つ、王様が前護衛部隊長の取調べに、サンを起用したことだけが、フギョムには意外だった。
サンに残された道は、ソ・インスらを処刑することしかない。もし無罪なら、サンは一味の黒幕だと噂されるに違いなかった。
逆にサンの謀反の疑いを晴らすには、ソ・インスを有罪にすることが必須だった。
当然そうなればサンを陥れる作戦は、水の泡となるだろう。しかしフギョムは、それほど心配してはいなかった。
結局、気弱なサンには、無実の人間をいけにえにすることなど、できないと思ったからだ。

ホン・グギョンは、小さな風呂敷包みを手にぶら下げて、刑曹判書ホン・イナンの屋敷を訪れた。ホン・イナンとは王世孫の大叔父で、グギョンとは遠い親戚という間柄だった。グギョンは座敷に通されると、イナンのひざのそばに風呂敷包を置いた。
「ただの記録係などしていたら、もんもんとするのも当然だよ。どれ、それでどんな官職につきたいのかね?」
イナンは風呂敷包みの中身を気にしながら、ご褒美を待つ犬のように、だらしない笑みを浮べた。
でもグギョンのその要望には、思わず顔をゆがめずにはいられなかった。
司諫院の正言の職といったら、王様のご意見番だ。
随分と欲張りな男だ・・・とイナンは思った。
これはよほどの大金を用意してきたのに違いない。
さっそく、いそいそと手土産の包みを開いてみると、じゅずつなぎの銭が、小箱の底のところへ、たった1本転がっていた。
「私をからかっているのか?! 朝廷の人事は遊びではないぞ?」
イナンは急にニワトリみたいに声を裏返して、小箱をつき返した。
グギョンは、解けた風呂敷を、黙って包み直してから、まんざらでもなさそうな顔で言った。
「遊びならまだましです。こんな汚いマネをしなくていい。残念ながらイナン様の寿命が長そうなので、朝廷に未来はないと父に伝えておきましょう。では失礼しますよ」

ホン・イナンの庭で、フギョムは、足早に屋敷の門を出ていグギョンをちょうど見かけた。
「あの男は何者ですか・・・?」
「一族の鼻つまみ者だ。虚勢ばかり張りおって!」
庭に姿を現したイナンが、負け犬のような顔をして答えた。
「しかしあの落ち着いた態度は、ただ者とは思えませんね・・・」
フギョムは少し気にかかったように、グギョンが去って行った方を見つめて言った。

朝、部署に官報を取りに入ったグギョンは、前護衛部隊長ソ・インス逮捕の記事に目をとめた。
王世孫を陥れようとする連中の仕業だな・・・と、グギョンはすぐにピンときた。
しかし暗号を元に拠点を制圧したという意味がわからなかったので、そこにいた官報係の男に質問した。
「刺客が持っていた紙に書かれた“会高千司”という暗号から割り出したそうですよ」
男はつまらなそうに答えた。
“会高千司”
グギョンはつい最近、この熟語を耳にしたばかりだった。
どうしても武科に受かりたいと相談にやって来たテスに、兵曹判書の執事が、武科のテスト問題を持って屋敷から出てくるはずだぞと、こっそり教えたことがある。
テスは、とりあえずその問題を盗み見ることには成功したらしい。
ところが実際の試験には、問題は出て来なかった。さっそくグギョンに文句を言いに来たテスの話によれば、その執事の紙に書かれていたのが、“会高千司”という文字だった。
テスが見たのは、テスト問題ではなく、ただの書状だった可能性がある。それでは何のために、誰に宛てた書状だったのか・・・?
あれこれ考えをめぐらせながら部署から出てきたグギョンを呼び止めたのは、フギョムのそばに仕える男だった。

2008/1/4更新

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...