2017年6月9日金曜日

イ・サン15話「護衛官への道」

廊下におつきの女を待たせて、嬪宮が書庫へ入った瞬間、サンとソンヨンの手は、リボンが切れたみたいに放れていった。
棚が並ぶ書庫の中は、3人でも少し狭苦しいくらいだった。
サンは温かい笑顔を嬪宮に向けた。嬪宮の方も、実家にいたときに、お菓子を作ってくれたあの女だと気づいたらしい。急にホッとしたように微笑んだ。
サンはそのまま嬪宮と一緒に部屋に戻って、テスとソンヨンのことを簡単に妻に説明した。
嬪宮には、なぜ夫が身分の低い者達を友達と思うのか、本当のところよくわからなかった。
ただ聞いてみても、「話すと長くなる」と、懐かしそうな顔をするばかりだった。

王様はサンを部屋に呼び出した。
サンが秘密訓練所の事件に関わった者たちをどう処分するのか、とても興味を持っているようだった。
「嵐のあとには澄んだ空が広がるだろう・・・」
王様は言った。

でも実のところ、サンはしばらくの間、何もする気になれなかった。敵を根絶やしにするには、まだ自分には力がなさすぎると思ったのだ。

フギョムの屋敷を大物大臣ソクチュが訪ねていた。
事件後、生き残った私兵と新たに補充した男達を、禁軍庁にもぐりこませるつもりだ。
こうしておけば私兵の隠れ場所になるばかりか、王世孫を狙うのも容易になる。
澄み渡ったと思われた空は、王様の知らないうちに、また少しずつ曇りつつあった。

ソクチュが帰ったあと、フギョムは新たな計画を模索しはじめた。
養母ファワンの失態に対する責任が、肩に重くのしかかっていた。
調査から戻ってきた部下が、フギョムの耳に興味深い話を入れた。
王世孫が、テスとソンヨンという人物と親しくしているというものだった。
図画署の雑用係と仲がいいとは随分と奇妙な話だ・・・と、フギョムは思った。

絵の具皿を洗いに川べりに来たソンヨンは、砂にナスみたいなお役人の帽子を描いた。
お役人の肖像画は、今日の授業で、男性画員たちに与えられた課題だった。
雑用係で女でもあるソンヨンは、授業に参加することが許されず、絵の具皿を運ぶ合間に、そっと耳を傾けるだけだった。
 ~なぜ才能を伸ばそうとせず、ダメだとあきらめてしまうのか ~
書庫で言ったサンの言葉が、ソンヨンの胸に焼きついている。
ソンヨンは、ふと思い立って市場の本屋へ顔を出した。
店内の棚に所狭しと並んだ本の中には、女性が描いた画集は見当たらないようだった。
本に囲まれた一段高い板の間に座った店主も、そういうのは、ちょっと聞いたことがないねえと首を傾げた。
店主が奥の倉庫へ本を探しに行ってくれている間、若い男がソンヨンに声をかけてきた。
ソンヨンの目には、背が高く、家柄の良さそうな男に見えた。
「ヨ・ソクチンの画集だな。広通橋に行け。あそこの本屋なら探している画集があるだろ
ソンヨンの手に持っていた画集の表紙を見て、フギョムが言った。
フギョムは棚にある別の本を読みながら、お礼を言って店から遠ざかっていくソンヨンの足音に、じっと耳を傾けていた。

宮殿の中庭では、護衛兵の訓練が熱気をおびていた。
訓練を眺めているサンも、かなり真剣だ。
グギョンがサンのそばに駆け寄って、手帳を渡した。
そのページには、グギョンが解雇を決めた護衛官の名前がずらりと並んでいた。
多くは、フギョムの働きかけで軍に加入したばかりの護衛達の名だった。
サンが何か値踏みでもするような目つきでグギョンを見ていると、グギョンがもう一つ、大事な話があると急にささやいた。

それは近々行われる科挙についてだった。テスを何とか合格させる相談をしたかったらしい。
武術の腕が抜群のうえ、忠誠心も強いのに、学科がてんでダメなおかげで、合格する見込みが全くないという・・・
サンはここで1つ、グギョンを試してみたくなった。グギョンを信頼するには、まだわかりかねる部分が多かったからだ。
「特別扱いや不正を認めるわけにはいかない。私の策士になりたいのなら別の方法を探すのだ。そなたがテスを合格させるまで、私は今いる者を一生懸命きたえて、名誉を回復することにしよう」
グギョンはまるで首を締めつけられたみたいに、ガッカリした顔になった。

グギョンは、塾の仲間達と机を並べてのんきに勉強しているテスを見つけ、すぐに自分の家に連れ帰って、まず小さな机に教科書を広げた。
思ったとおり、むやみやたらに丸暗記ばかりして、何も身についていない。
さっそく要点を絞って、語呂合わせにしてみた。ところがどうしたことかテスには、さっぱり効果が見られない。
今回ばかりは根気強く、教え続けるよりしょうがないようだ。テスだけでなく、グギョンにとってもこれは初めての挑戦となった。
いよいよ科挙の前日には、苦肉の策でテストのヤマをはった。出題予想を5つに絞り、ただそれだけを覚えさせた。これが正当な方法でグギョンに出来ることの全てだった。

試験当日、グギョンは書類の束を抱えた男を呼び止めた。その男がめくって見せたページをのぞき込み、グギョンは、ほくそ笑んだ。
陣法図が出題されている・・・。ヤマが見事にあたったのだ。
ところが夜、家を訪ねてみると、テスがやけにしょんぼりしている。
5つのヤマのうち、うる覚えで済ませた1つが、よりによって出題されたという。
あんまり申し訳ないと思って、テスはグギョンに謝った。
「なぜ謝る? おまえは必ず合格する。これからは私の勝負だ」
それまで思いつめたような顔をしていたグギョンは、何か決心したように強く言った。

グギョンは、その夜のうちに科挙の部署にすっ飛んでいった。
もう時間も遅いというのに、部署ではまだ数人の男達が、テーブルに書類を広げて何か作業をしていた。
グギョンは、科挙の責任者である吏曹正朗の席へ真っ直ぐに進むと、今回の科挙で行われた組織的な不正について話しはじめた。
吏曹正朗は、思わず書類から目を離し、驚いてグギョンを見上げた。
不正なんか日常茶飯事なのに、いまさら大きく取り上げることでもないのだ・・・
にも関わらず、グギョンは真面目腐った顔で、吏曹正朗のデスクに小さな紙を広げ、てきぱきと名前を読み上げている。
吏曹正朗は、思わずうなり声を漏らした。グギョンが挙げた名前の中には、かなりの地位の男の孫まで含まれている。
「すでに名簿を上に提出したのだ。よほどの物証がないと・・・!」
煮え切らない態度で渋るばかりの吏曹正朗を前に、グギョンは懐からまた別の紙を取り出して、デスクにのせた。それは課題を漏らした男が、受験者の親族と交わした証拠の手紙だった。

グギョンがサンの部屋に現れた。
不正に合格した者の合格が取り消され、パク・テスが繰上げ合格したのは、つい今朝がたのことだった。
「今だから言えますが、あの者を合格させるのは、とてつもない難題でした。ですが私は成し遂げましたし、不正の芽も摘みました。いい仕事ができたと思うのですが・・・」
自信たっぷりに微笑む男を、サンが、さもおかしそうに見つめ返した。

2009/02/09更新

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...