グギョンがある記録を持って、サンの部屋にあがった。そこにはここ5年間で新たに採用された老論派の名前がズラリと並んでいた。大部分は推薦で採用された者たちばかりだった。
権力をたてに私腹を肥やし、ワイロで身内を要職につかせ、再び権力を維持する・・・
こんな構図を崩すためにも、グギョンは、彼らの資金源を探り出し、最終的には老論派を一掃させるつもりでいた。
打ち合わせが終わると、サンは休む暇もなく訓練場を見に行った。大きな白幕で周りを囲った広場には、ところどころテントも見える。
今回新しく入った武官達が、木刀やら盾で模擬試合をしていた。夜になっても訓練は続き、中華鍋みたいなのにボーボーと焚かれた火が周りを明るく照らした。前に比べたら、現場の雰囲気は、随分と熱気をおびているようだった。
サンが感慨深げに、1組の試合を眺めていた。盾を手にした男が、木刀の攻撃をかわすことができずに、とうとう地面に倒れた。勝利を手にし、威勢のいいおたけびをあげているのは、武官としてスタートを切ったばかりのテスだった。
忙しい日が終わり、夜も更けてから東宮殿に戻ってきたサンを、首を長くして待っていたのは、母、恵嬪だった。折り入って何か話があるようだった。
最近、妻の部屋を訪ねたかと聞かれると、サンは急に罰の悪い顔になった。
母さんが世継ぎのことで気をもんでいるのは知っている。寝室用に男の子の誕生を願うザクロの屏風絵を描かせようと、図画署の画員を宮殿に呼んだのも恵嬪のアイデアだった。
「毎晩、読書に没頭して、その気にならなかったのでしょう・・・?」
母さんのフォローは、何だかサンをますます恐縮させた。
その頃、ソンヨンは嬪宮の部屋に招かれていた。屏風絵の仕事の助手を務めるために、宮殿に来たものの、嬪宮に個人的に部屋へ呼び出された理由は、検討もつかなかった。
「王世孫様と昔からの友人だというのは本当ですか?」
ソンヨンにお茶と菓子を勧め、嬪宮が嫌味のない微笑みを浮かべて聞いた。
「私ごときが友になれるはずがありません。ただ卑しい私どもによくしてくださっただけです・・・」
ソンヨンは、ちょっとびっくりして、かしこまった風に答えた。
サンとどうやって知り合ったのか聞こうと、嬪宮がもう一度口を開きかけたとき、東宮殿のサングンが小走りで戸口へ現れ、サンがすぐそこまで来ていると告げた。
庭先に立っていたサンは、慌てて迎えに出た嬪宮を見て微笑んだ。サンのそばには、おつきの者達がぞろぞろと従えていた。
嬪宮はホッとした。何か急の用事とかではなく、どうやら自分に会いにきてくれたようだ。
嬪宮に案内され、部屋の方へと歩き出したサンは、ふと足を止めて振り返った。
会釈するおつきの者達の中に、ソンヨンがいたのだ。ソンヨンは、サンの視線に気づいて、何か決まりが悪そうに身を硬くした。
「ソンヨン・・・」
サンは、後ろ髪を惹かれるような声で思わず呟いた。サンの目はソンヨンに釘付けだった。再び歩き出しても、またすぐにソンヨンの方を振り返った。部屋に入ってからもそれは続いて、嬪宮がいくら声をかけても気づかないほど、うわの空になった。
ソンヨンは、画材道具の入った風呂敷を手にぶら下げて、一人で宮殿の石畳の道を引き返していった。
足取りはトボトボとしているのに、なぜかさっきから胸がドキドキと高鳴っている。
ある思いに気づきながらも、それを必死に打ち消そうとする自分がいた。
(私なんかが、どうして王世孫様のことを・・・?)
嬪宮の庭でサンを見たときから、なぜか切なくなるばかりだった。
胸の鼓動は、なかなか静まりそうもなかった。
夜が明けると、グギョンが再びサンの部屋を訪れた。役人とつるんだ罪で大物達を摘発できるだけの十分な証拠を手にしたらしい。
ここからサンの忙しい日々が、また始まった。
まず王様の視察の旅に同行することが決まった。王様はこの旅で、役人の不正や、日照りで苦しむ民の姿を自分の目で確認するとともに、先代王の墓まいりを予定していた。
大臣達の反対を押し切り、10日も日程を早めた理由は、王室の力を世に見せしめることのほかに、王世孫を人々に印象付けようという狙いが隠されていた。
ほとんどの大臣達が、王様のこのような動きを警戒した。しかし逆に、王世孫を暗殺するには、この旅は大きなチャンスになるだろうと考えたのが、大物大臣ソクチュだった。
「やってみます。何か妙手を講じます!」
フギョムは興奮した。旅での警戒は一段と厳しく、暗殺は容易ではない。それでも養母ファワンの汚名を晴らすのに残された道は、これだけに思えた。
さっそく禁軍庁に編入した私兵の中から射撃の名手を選び出し、山の中に配置させて時が来るのを密かに待った。
いよいよ旅の一行が出発する日になった。兵士の掲げた旗が高く伸びていた。武官の乗った馬が2頭、列の先頭を進んでいる。赤や黄色の制服の兵士がそぞろ歩き、その後ろに王様のコシがゆっくりと続いた。サンや大臣らは、馬でコシのそばについた。行列のうんと後ろの方には、ソンヨンたち図画署の顔ぶれもあった。
コシは朱色のジャングルジムみたいな形のもので、てっぺんにカブトの屋根がのっている。チャルメラ楽器隊の演奏が賑やかに鳴り響くなか、民衆達が道端で深々と頭をさげた。コシの内部に吊った房飾りの間から、険しい表情の王様の顔が、ちらちらと見え隠れしていた。
一行は都を抜けたあと、広いすすき野原を歩いて、やがて細い山道に入った。
道の両側から、斜面になった深い林が広がっていた。
馬に揺られながら、フギョムはしきりに林の奥の方をうかがった。
隠れているはずの狙撃兵の姿は、まだどこにも見えない。
少し不安になり、首を伸ばすようにしてもう一度、林の奥をのぞいた。
木と木の間、枝と枝の隙間、根元に広がる土。やはりどこにも刺客の姿はない。
心の中で焦りながら、フギョムは林の奥と、自分の前を行くサンの背中を交互に見返した。しかし山の風景は、ただ静かに流れていく。
そのうちに狙撃ポイントを完全に過ぎてしまったことがわかった。フギョムは体から力が抜け落ちるようにガッカリとした。
グギョンがすっとどこかから現れ、馬の手綱を操りながら、さりげなく行列に加わった。
チェゴンのそばに馬を寄せ、何かヒソヒソ話している。
それから今度はチェゴンの馬が、サンに近づいていった。フギョムは、それらの動きを不安そうに、ただ後ろから目で追うばかりだった。
「刺客がいたそうです。王様に報告し行列を止めては?」
チェゴンがささやいた。
「もうすぐ今日の宿場に着く。このことは内密に・・・」
サンは、後ろの者達に気づかれないようわざと顔を動かさずに答えた。
もちろんフギョムにその会話は聴こえていなかった。それでも暗殺が完全に阻止されたらしいことくらいは、彼にも薄々感じるものがあった。
やがて一行は、宿泊予定の村に入った。
「恐れながら、村にはお入りにならず迂回して下さいませ」
役人の格好をした村長が、小走りに王様のコシに駆け寄ってきて言った。村で疫病が発生したという。
「かまわぬ。コシを降ろせ。村長は案内せよ」
王様の命令で、コシがゆっくりとおろされた。
王様は地面に立ち、疲れ果てたような村を見渡した。昼間なのに火がもうもうと焚かれ、煙が広がっている。
あちこちから病人達のうめき声が聴こえた。
2009/02/19 更新
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月9日金曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...