王様が疫病に感染した。
御医の診断によると、この長旅には、とても体がもたないということだった。
老論派の大臣達は、さっそく小部屋に集まり秘密会議を開いたものの、みんな渋い顔で黙り込んでいるだけだ。
空気の読めないホン・イナンが、しびれを切らしたように、それまで誰も口に出して言えなかった不安を、ついに吐き捨てた。
「もし王様が死んだら、王世孫が王位を継ぐことになるのではないのか・・・?!」
吏曹判書ソクチュは会議が終わると、フギョムと2人で庭を歩きながら重い口を開いた。
「油断していたよ。宮殿に人を送って中殿様に状況を伝えよう・・・」
王様は70を過ぎた高齢だ。もし本当に亡くなったら、イナンの言うとおり、一気に情勢が変わることになる。
フギョムは命令通り、すぐ中殿に緊急の書状を送り、その返事をソクチュに渡した。
「中殿様は、王様に回復の見込みがなければ、王世孫様を始末しろと言っている・・・」
ソクチュは読み終えた中殿からの手紙を、折りたたんだ。
「どうなさいますか・・・?」
「刺客は一度失敗したからまずい。中殿様は確実な方法を使えとおっしゃっているのだ」
言いながら、指先で手紙を筒状に丸め、そっとデスクに置いたロウソクの火の中へ通した。
炎は勢いよく紙に燃え移り、その黒い灰が逆流するように上へ広がっていった。
もう夜だというのに、釜戸からのぼる煙が、疫病の村に深くたちこめていた。
ソンヨンたち図画署のメンバーが、1日中、食器の煮沸消毒をしているのだった。
サンは王様の代わりに、村の患者達の様子を見て回っていた。体力のある若者が回復する一方で、子供と老人は命を落としている。香附子や黄柏などの治療薬が、清から届く知らせが来るのが、待ち遠しかった。
サンが、部屋にあがったとき、王様は屏風の前の布団に横たわっていた。人払いをしたのか、他には誰もいない。障子窓から青い光が透け、部屋の隅に1本のロウソクが灯っていた。
サンが手を握りしめると、王様はゆっくりと目を開けた。
「そなたは今すぐ宮殿へ戻れ・・・。宮殿を空けるわけにはいかん」
サンは悔しそうに唇を噛んだ。弱り果てた王様を地方に置いていくなど、とても考えられなかった。それでもそうしなければならないことが悲しかった。
役所前の広場に集められた護衛の数は20名 ~30名ほどだった。帰還命令が出てから、まだそれほど時間は経っていない。重臣をはじめとする多くの家臣は、そのまま現地に残って、王様の回復を待つことになっていた。
先頭のサン、グギョン、ナム尚侍の馬が出発すると、護衛部隊が、馬の首をくるりとうねらせながら方向転換し、1人ずつ隊列から外れ、サンの後を猛スピードで追っていった。
都まであと8里という村はずれの役所に到着したのは、もう夜が明けかけた頃だった。
ここから先、都に向かうには、多楽院方面と楊根方面の2通りの道があった。
「多楽院を通って帰りましょう。馬の準備を整える間、王世孫様はお休みください」
グギョンがサンに声をかけた。
多楽院方面は遠回りの道だ。ただ、山道に敵が潜伏しやすい楊根方面よりは、ずっと安全だった。
サンは時間を一刻も無駄にするのが、さも惜しいという風に、イライラして馬から降りた。グギョンの言う通り、確かに馬を少し休ませる必要があった。
そのまま役所の座敷へあがりこむと、険しい表情で、アゴのリボンをほどいて帽子を脱いだ。グギョンが、ナム・サチョにそっと目配せを送ったのは、そのときだった。
サンが寝室に入ったのを見計らって、グギョンは、外に待機させた護衛部隊に、楊根方面へ出発するよう直ちに指示を出した。
楊根へ向け、先頭の馬を飛ばしているのはテスだった。王世孫のきらびやかな服を身にまとっていた。
やがて山から白い朝日がのぼりはじめた。その光を道連れにして、護衛部隊は草原を駆け抜け、峠の入り口に入った。
急カーブになったところで、部隊はいったんストップし、本部隊がゾロゾロと引き返しはじめた。敵の目を惹きつける役目を終え、多楽院方面へと向かうサンの護衛につくためだった。その場には、テスを含む8名だけが取り残された。
本部隊が去ると、テス達は、砂埃をたてて一気に丘を駆け下り、先へ進んだ。
その直後、両側の松林に潜伏していた敵の私兵たちが大声をあげて、土煙の中へと一斉に飛び込んできた。
王世孫を狙った敵の矢が、テスの胸に突き刺さった。テスはその矢を自分で引き抜き、片っ端から私兵を切り倒しにかかった。しかし敵の数があまりに多すぎて、状況はいつまでたっても変らないように見えた。
周りの馬が次々と、よじれるように倒れていくなか、テスもいつのまにか枯葉だらけの地面に振り落とされていた。仲間の撤収の声に気づいて、刀を振り回したり、足で敵を蹴り飛ばしたりしながら、じりじりと後退をはじめた。
力尽きて、もう完全にダメだと思ったとき、グギョンが手配していた援軍が、ようやく向こうの山道から現れ、なだれのようにどっと荒地へ押し寄せてきた。
ひと眠りして目を覚ましたサンは、嫌な予感がした。テスら一部の護衛兵の姿が消えているのに気づいたのだ。
「お許し下さい。彼らは楊根へ向かいました。敵の目をあざむくため、偽の行列を組んだのです」
グギョンは説明した。
サンは、いてもたってもいられなかった。こうしている間にも、テスや兵士達が自分の身代わりになって、命を落としかけているのだ。かといって今さら追いかけて間に合うわけもない。
残された道は、ただ宮殿に戻ることだけだった。
サンは予定通り無事宮殿に到着すると、まず母さんと妻に元気な顔を見せて安心させてから、グギョンやナム・サチョらと今後の対策について話し合った。疫病騒ぎによる薬の高騰問題や、テス達の安否など、気に病むような内容ばかりだった。
翌日には、いい知らせと悪い知らせが入った。
いい知らせとは、テスが傷を負いながらも生きて宮殿に帰ってきたことで、悪い知らせとは、疫病の治療薬をのせた清の船が、波が高くて港に近づけないことだった。
病室小屋でテスを見舞った帰り、サンは医員を石畳の渡り廊下まで呼び出した。
船が足止めされた江華までは馬で1日、さらに王様のいる楊州へ薬を届けるのにもう1日かかる。それよりも、効能は劣るものの、清の香附子に代わる薬材を街で買い求めた方が、いいように思えた。
サンは医師に、すぐ薬を購入して楊州に届けるよう指示し、さらに疫病地域へ内医院の医師たちを派遣することに決めた。
同じ日、フギョムは、王世孫の暗殺が再び失敗に終わったことを知った。
サンはすでに宮殿で、王様に代わって政務を取り仕切っている。
こうなったら一刻も早く、王様を宮殿へ連れ帰るしかないという意見が出るのも、もっともなことだった。
「無理やり動かして、王様の容態にもしものことがあったらどうしますか?」
「それより回復を待つ方が無謀というものだろう・・・?」
思わず不安を口にしたフギョムに、ソクチュが淡々と答えた。
2009/03/01 更新
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月9日金曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...