サンは信じられないような光景を見て、本当にびっくりした。
疫病の村から帰ってきた一行が、ちょうど宮殿の朱門をまたいでいるところだった。
コシの中で、じっと目をつぶっている王様の顔には血の気がなく、肌にはまだ斑点が残っていた。
コシが地面におろされると、王様は、おつきの男に手と肩を支えられて、もうろうと歩きだした。ソクチュら重臣たちは、その役割を終えたように、王様の病んだ姿をただ遠巻きに眺めている。
サンが駆け寄り、急いで王様の腕を取ると、王様は、肩に棒をさされたカカシみたいにサンに身を任せた。首はぐらつき、歩くというよりは、足の先で地面を掃いているようだった。
王様は何か言いたそうにサンの顔を見つめた。でももう、口を開くほどの力も残っていない。
「早くお部屋にお連れせよ!」
サンの命令で、侍従や侍女らが慌しく王様のもとに駆け寄っていった。
そのかたわらで、騒ぎを傍観する重臣たちの間には、ゆったりとした無の時間が流れ続けた。
サンは、重臣たちの無情さに本当に腹が煮えくり返るような思いがした。
回復するまで体を動かしてはならないと言っていた御医でさえ、どう重臣たちに丸め込まれたのか、都の方が薬を手に入れやすいからと、ころりと主張を変えている。
王様の寝室の隅には、医女2名が控え、廊下にサングンが立っていた。他は誰もおらず、薄暗く、ひっそりとした室内だった。
王様は寝床に横たわったまま、サンの報告にじっと耳を傾けていた。
疫病に関する噂で、薬代のみならず米や塩の価格まで高騰したこと、品物を買占めた商人に追徴金を課したこと、銀の需要が増えたので、民間の採掘を5ヶ所ほど許可したこと、地方長官の要請で、兵営を城津から吉州に動かしたことなど、ここ数日間の政務について・・・
「商人たちの横暴を取り締まったことについては誉めてやろう。また銀山の数を5か所に制限したのは妥当な措置と言える。兵営の件はやや早急な感がある」
王様は、重病なのが嘘みたいに迷いなく次々と喋った。サンがよくやっていると安心したのか、目の奥が微かに笑っているようにも見える。
しかしそんな王様の思いに気づく余裕もないほど、サンの表情はいつになく悲しげだった。
「ですが王様の病を治す策は見つかりません。どうしたら見つかるのか、わからないのです・・・」
サンが退出してまもなく、王様は代筆係を枕元に呼びつけた。
「私は病が重く、国事を取り仕切るのが難しい状態である。ゆえに王の職権をすべて王世孫に一任する」
代筆係は、その内容を聞いて戸惑いながらも、床に広げた紙の上に、王様の声明を筆でつづった。
書き終えると、その書状を手にしてすぐさま王様の寝室を出た。
サンの東宮殿に真っ直ぐ向かうつもりだったのが、中殿のおつきの者に声をかけられ、途中、中殿の部屋へあがった。代筆係の手にあった王様の声明文は、そこで日の目を見ないまま、中殿に取り上げられることとなった。
声明文の内容は、中殿を通してソクチュやフギョムに伝えられた。
だからと言って、何か対策を思いつくわけではなかった。王様が生きているなら、いずれはサンに伝わってしまうだろうし、死んだら死んだで、サンが世継ぎであることに変わりはない。結局は王様に政権を握ってもらうしかないのだ。
恒例の老論派による会合のあと、フギョムは各部署から届いた陳情書を、ソクチュに見せた。
陳述書の内容は、王世孫が王様の病に便乗し、朝廷を我がものにしようとしているというものだった。
ソクチュは読み終わるとそれを2つに折りたたんで、イライラとした様子で奥歯をかんだ。この程度の陳述書を提出したところで、形成が覆るはずもない。
「何もしないよりはマシではありませんか・・・?」
真剣に顔色をうかがうフギョムに、ソクチュは取りあえずゴーサインを出し、大きなため息をついた。
この先のことが何も見えず、黒い海をふわふわと漂っているような気分だった。
フギョムはそのあと養母ファワンの屋敷に顔を出した。
ファワンは、用意した風呂敷包をフギョムの前に差し出した。中身は疫病に効くとされる民間治療薬だった。
私兵訓練所の摘発のあと、宮殿への立ち入りを禁止されたファワンにとって、この薬こそが頼みの綱だった。
フギョムは風呂敷包を受け取ったものの、その表情は暗かった。薬が王様に効くかどうかという以前に、御医が薬の使用を認めるかすらわからない。ただ陳情書の効果が、あまり期待できない以上、ワラにもすがりたい思いなのはファワンと同じだった。
サンは王様の病状を見守りながら、政務をこなす日々を送っていた。
貨幣がなかなか市内に流通しない問題解決に向け、新たな貨幣を発行しようと、銅の産出国である倭国へすぐに使節を送るよう指示した。
その一方で、世に出回らないまま塩漬けとなっている隠し財産の存在も気になった。この金を掘り起こすということは、常日頃、私腹を肥やし続けている大臣らへの挑戦状でもあった。薬材の方も、そろそろ疫病の村へ到着する予定だった。
会議を終えたサンのもとへ、チェゴンがやって来て、ファワンが王様に、御医の許可もおりてないような怪しい民間薬を献上したということを伝えた。
フギョムとソクチュは、中庭を歩いているとき偶然、サンを見かけた。サンに続いて、ジェゴン、ナム尚洗、医女、御医の姿もあった。御医は布のかかった盆を持っていたが、中にはファワンのせんじ薬を入れた椀がのっていた。
フギョムは心底ホッとした。御医とサンがファワンの民間薬を使うことを、ようやく承知したのだ。
この薬を使ってもらうのに、フギョムはここまでいろんな人を説得しなければならなかった。当初、効果が検証されてもいない薬を王様に試すことを、御医はとても恐れた。王様の体には、毒になるとまで主張したのだ。
残念ながら、サンの心を直接自分が動かしたとは思わない。
サンの説得に成功したのは、皮肉なことに、やはりあのグギョンだったのだ。
すれ違いざまに、サンが立ち止まって、フギョム達に吐き捨てるように言った。
「万が一、王様の病状が回復しなければ、お2人には薬の責任を取ってもらいます」
サンの厳しいまなざしは、フギョムの用意した薬に、まだ疑いを振り払えずにいる何よりの証拠だった。それでもサンだって、やっぱり他に王様の病気を治す手立てが見つからなかったのに違いない。
王様の部屋に向かって再び歩き出したサンを見送ろうと、ソクチュがかしこまって深く頭を下げながら、フギョムにそっとささやいた。
「治ると思うか・・・?」
それは何か独り言のようでもあり、また運を天に任せるしかないのを、十分知っているようでもあった。
医女に背中を支えられ、王様は寝床から体を起こした。御医が王様のアゴにハンカチをあて、口元にさじを運んでいる。
王様は口を開けて、ゆっくりと薬を飲み干すと、それから長い夜の眠りについた。
それはフギョムやソクチュ達にとっても、長く暗いトンネルのような時間のはじまりだった。
2009/3/24更新
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...