王様の容態が急変したのは、ファワンの薬の処方をはじめて3日目の夜のことだった。
知らせを受けたサンは、侍従たちを引き連れ、すぐに大殿に向かった。ちょうど石畳の通路を渡っていたところで、王様の寝室へと急ぐ御医と医女に出くわした。
寝室に入ったサンの目をまず引いたのは、枕元の王様に必死で呼びかける中殿の姿だった。王様は布団にぐったりと横たわっていた。高熱で額に汗が浮かんで、呼吸は乱れ、すでに危篤の状態となっていた。
御医が診療セットの木箱を開けて、ハリを取り出した。サンや中殿に見守られるなか、親指の付け根と頭のところに、慎重に打ちはじめた・・・
夜が明けるまでの間、サンはいったん自室へ引き上げた。頭の中には考えるべきことが山ほどあった。
蒸し人参は、気力を高める優れた薬材だ。でも症状が悪化したからには、今すぐにでも処方を中止したい。
その一方で、ホン・グギョンのある言葉がサンの脳裏に引っかかっていた。
「まれにではありますが、薬を飲んだあと高熱を発した患者が回復に向かった例があります・・・」
その根拠は、町医者が記した病状日誌にあった。まだ民間レベルの話で、しっかり検証されたものではないけど、高熱は一種の好転反応かもしれないという考えは、御医の意見と一致していた。
薬が効くと体中の毒素が抜けて、一時的に病状が悪化するらしい。事実、サンが読んだ医書の中にも、呼吸が乱れるのは、弱った肺が力を取り戻して澄んだ空気を吸い込むためだと書かれてあった。
今、全てはサンの決断一つにかかっている。それは大きな賭けであり、責任であり、王様の生命そのものと言えた。
サンは、おつきの侍従に、このまま人参を続けて処方するよう伝えた。
サンのこの決断は、最後の望みでもあった。
ソクチュをはじめとする重臣たちは、別室に集まり、重い顔をつきあわせていた。彼らにも考えることが、いろいろとあった。
「ファワン様も軽率なことをなさるものだ。得たいの知れない薬のおかげで我々は一巻の終わりですよ!」
鶏みたいに声を高くするホン・イナンをソクチュが渋い表情でいさめた。
「ともかく、王様はまだ生きておられるのだ・・・」
しかしそんなソクチュも、内心では落ち着いてなどいられなかった。ただイナンとの大きな違いが1つあった。彼は待つということの出来る人間だったのだ。
夜が明けたあと、宮殿は物々しい雰囲気に包まれた。宮殿周辺の警備が強化されたことは誰の目にも明らかだった。その中にはテスの顔もあった。
兵士が町をうろつく姿も見られる。すべては王様の崩御に乗じて予想される反乱軍に備えたものだった。
水面下では別の私兵の動きもあった。中殿がフギョムに集結させた軍だ。サンが政権を握った場合、その出方によっては宮殿を襲撃するつもりのようだった。
薬材庫では、医女たちが、次々と人参を大鍋で蒸していた。蒸しあがった人参はざるの上で天日干しにされ、さらにポットで煎じてから王様へ処方される。
その日1日が過ぎるのを、誰もがそれぞれの思いを胸に待ち続けた。しかし大殿からは何の知らせもないままだった。
再び日が暮れかけた頃、ホン・グギョンは思った。
ひょっとしたら、もう手遅れなのかもしれない・・・
王様のいる大殿へは、相変わらず薬を運ぶ内官が行き来するばかりだった。
深夜もかなり回ると、御医も大殿を退出していった。王様のそばにはサンと、担当医と医女2名だけが残った。
サンは、乾いた白布を盆から1枚取り、水をはった金の洗面器に浸して指でしぼった。
サンが異変に気づいたのは、王様の額から外した布おしぼりを、脇へ置こうとしたときだ。
サンは何かを確かめるように布の表面をなでてみた。おしぼりは冷たかった。王様の熱が下がったのだ。
意識を失って4日目、王様の病状はついに快方へ向かいはじめた。
王様がようやく健康を取り戻したのと同時に、フギョムの養母ファワンが、堂々と宮中を歩く姿が見られるようになった。ファワンが提供した薬材によって命を救われた王様が、彼女の名誉を回復させ、宮殿に呼び戻したためだった。
何もかもが以前の状態に戻ったように見える。でも王様には、どうしても、ふに落ちないことがあった。
王世孫に摂政を任せると、代筆係に宣旨を書かせたのは、意識を失う直前のことだ。
それなのに、それについての話が、宮中では全くナリを潜めている。
そして驚いたことには、王様はその真相を、サンからではなく、中殿から聞くことになった。しかも彼女は自らそれを、手に持ってやって来たのだった。
「この宣旨をお捜しではありませんか?」
中殿は、まさしく4日前に書かせたあの宣旨の巻物を、王様の机の前にのせた。
「王様、どうか怒りをお静め下さい。わたしはこれを預かっていたのです! もし摂政の話を知れば、大臣達は一斉に王世孫を責め立てたはずです。王様がご病気なのに、一体誰が王世孫をかばうことが出来たでしょう?」
中殿の頬は涙で濡れながらも、その口調はしっかりとしていた。
確かに宣旨は、サンが王座を狙おうとしているとの噂にも、いっそう拍車をかけることになっただろう。
今、ようやく王様の病状は回復し、サンも、中殿も、大臣もが、ホッと胸をなでおろした。
これで何もかも、元に戻ったのだと誰もが思ったに違いない。
ところが王様は、そんな彼らをとつぜん衝撃の渦に引き戻した。
サンに摂政を任せることを、改めて宣言したのだ。
宣旨の発表のあと、王命の取り下げを求める重臣たちの声が、四六時中、宮殿内に鳴り響いた。チェ・チェゴンは、そのとき王様のお供をして渡り廊下を歩いていた。大殿の前に土下座する重臣の嘆きが、今も念仏のように耳に届いた。王様の耳には、彼らの声が聞こえていないのとかと不思議に思って、チェ・ジェゴンは、かしこまって尋ねた。
「王様、何ゆえ無理に摂政を命じられるのですか? 王世孫様も王命を受け入れづらいはずですが・・・」
「今度のことで私は悟った。私はいずれ死ぬ。千年万年生きるわけにはいかないだろう・・・?」
王様は静かな口調で言った。しかしその言葉の影には何か自信が込められているようだった。すでにサンに政治の才能があることは、ある程度わかった。今回の決断は、その能力をさらに見極めたいという思いからだった。
サンはここにきて、またしても難しい決断を迫られることになった。
王様が生きているのに、なぜ自分が摂政をする必要があるのか・・・
大臣たちが猛反発するのも当たり前のように思えた。国事の全権を握るなど手にあまる。思い浮かぶのは、迷いと戸惑いばかりだった。
執務室にこもって、いつも通り仕事をこなしていると、ホン・グギョンがふらりとやって来た。
「王様への処方薬は、熊胆と黄連、そのあと附仔中湯を使うそうです」
サンは何か珍しいものでも値踏みするように、思わずグギョンをまじまじと見つめた。
こんな一大事に、グギョンの報告が、たったこれだけなのがサンにはかえって面白くもあった。
野心のあるグギョンなら、摂政について何かしら自分に意見をしたいのが本音だろう。
それなのに素知らぬフリをしているのはなぜか・・・?
2009/04/20更新
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月9日金曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
-
政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
-
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
-
王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...