2017年6月9日金曜日

イ・サン20話「夢をつなぐ墨絵」

サンが政務報告会の場に現れたとき、板の間にずらりと座っていた重臣たちは一斉に驚いた。
サンが摂政を引き受けるために来たのだと、わかったからだ。
王様はサンのお手並みを拝見しようと、さっそく玉座で注意深く耳を傾けた。

報告会での摂政の仕事は、重臣たちの報告をもとに、的確な指示をするというものだ。
いったん作業が始まると、重臣たちの戸惑いもなりを潜め、まるで何かの儀式でも行うように、淡々と進められた。
ある重臣は、市場で数を増している違法営業についてサンに報告した。
取り締まりの特権をあらたに専売店に与えるという説明をして、いつものようにさらっと報告を終わらせようとした男は、突然、サンに待ったをかけられることになった。
「市場の統制は国がするものなのに、専売商人に違法営業を取り締まらせるとは、随分とおかしな事案だ。まさか便宜を図っている商人でもいるんじゃないだろうな・・・?」
ソクチュとフギョムは、渋い表情になった。案の定、男は返事に困ってノドをつまらせている。
これ以上、まずい方向へ話が進むのを恐れ、仕方なくソクチュが助け舟を出した。
「確かに市場を統制するのは国の権限ではありますが、専売商人による取締りは決まりごとになっており、王様も容認なさっているのです・・・」

会議のあと、ソクチュとフギョムは、ようやく息をつけるといった様子で、外の渡り廊下を歩いた。
王世孫が示した専売商人の特権の廃止案のことが気にかかっていた。
「王世孫は、我々の資金源を絶とうとするはずです」
「おそらくな・・・」
ソクチュの表情は、いつになく重かった。この最初の報告会で、早くも波風が立ち始めているのを、ひしひしと感じる。
専売商人や受験者からのワイロを禁止されたら、老論派はかなりの打撃を受けるだろう。
まさか王世孫は、老論派を一掃するつもりなのか・・・?!
ソクチュの脳裏に、最悪のシナリオがちらりとよぎった。 
 
改革案が発表されて以来、宮中は急に騒がしくなった。
司憲府のおえらいの一人は、フギョムが屋敷に戻ってくるのを庭で待ちかね、走りよって来た。
「この騒ぎは何だ! 司憲府にも査察が入ったぞ!」
フギョムは何か心当たりがあるように一瞬、目をじろりとさせた。
王世孫がグギョンを持兵に任命したのは、つい最近のことだ。役人達の不正を暴こうと躍起になるグギョンの姿が、嫌でも目につくようになった。
「その件は我々の息のかかった者が処理いたします・・・」
フギョムは落ち着いた声で答えた。

続いて図画署のカン別提まで、バタバタと慌てた様子でやってきた。
「図画署の責任者であるパク別提が、嬪宮様の部屋に飾る妊娠祈願の屏風絵を、雑用係の女に任せたのです!」
カン別提の話は、むしろ司憲府の話よりもフギョムの心をとらえた。
雑用係の女が国事の絵を描くなど前代未聞の話だ。しかもその女とは、王世孫とやたら関わりの深いあのソンヨンなのだった。

日がとっぷり暮れた頃、サンが部署の門から出てきた。改革についての意見を、直接下級役人に聞いているうち、つい話し込んでしまったのだ。
灯篭をさげたおつきの者が、サンに声をかけた。
「寝殿に行かれますか・・・?」
「いや、侍講院に行こう」
サンは、真っ直ぐ暗闇の侍講院の方を見つめて答えた。
侍講院の執務室では、すでにチェ・チェゴン、ナム、グギョンがサンを待っていた。
たまった仕事を早く片付けてしまおうと席についたサンは、テーブルの上に積み上げられた巻物の山に気づいて、一瞬、気力が抜けたようになった。
どれも司憲府からの上奏書で、判で押したように改革を非難したものばかりだ。
自分達の私腹を守るために、これほど改革を煙たがるとは・・・!
ナムが、かしこまったように四角い盆をサンに差し出した。わずかながらサンの意見に賛同し、改革案を出してきた部署もあるようだった。
サンはその巻物の1つを手に取って広げた。
身分や性別にこだわらず、才能あるものを選抜し、画員を養成したいとある・・・

翌日、さっそく図画署に足を運んだサンは、いきなりヤリを持った兵士たちに遭遇した。図画署の中庭は、実に物々しい雰囲気だった。
驚いたことに、図画署の責任者、パク別提が連行されようとしているところだった。
「図画署の規則を乱す事件が起こったとの画員の訴えを受けまして。恐れながら卑しい身分である雑役の女に、パク別提が王室の絵を描かせたのでございます」
参議が、おずおずとサンに事情を説明した。
“事件“というわざとらしい響きが、サンをイライラとさせた。
「身分や性別の関係なしに誰にでも機会を与えられる有益な案だと思うが!?」
「王世孫様は、図画署の慣例をご存知ないのでは・・・?」
参議は少し言いづらそうに、目をしょぼしょぼさせた。
また慣例か・・・という風に、サンは顔をこわばらせた。
この古い常識が、今までどれだけ大きく自分の前に立ちはだかってきたことだろう・・・

ソンヨンが、とつぜん競技会へ出ることになったのは、サンの提案によるものだった。
身分や性別に関係ない人材登用への道を切り開くには、絵の才能を証明するしかない。
パク別提の改革案を進めるのに必要な条件として、出場者の中でソンヨンが20名中5位以内に入ることが課せられた。
競技会の前の晩、グギョンがサンの部屋に顔を出した。
多くの重臣たちとは違い、サンの摂政の話を聞いたとき、グギョンは別に驚きもしなかった。サンの中に、本人さえ気付かずにいた大きな野心があるのを、見抜いていたからだ。
そのサンの志は、決して王座にのぼるためのものではない。ただそれが、どれほど未知で広いものであるかは、グギョンですら、まだ計りかねるところがあった。
専売商人が物価を操作して、一部の利益を朝廷の重臣に流しているという情報や、貧しい民にも商売の機会を与える改革案のことなど、一通りの報告が済むと、グギョンは、少しためらいがちに、サンにこう助言をした。
「図画署の件ですが、恐れながら事を荒立て過ぎではないでしょうか。連中は王世孫様のあら探しに必死です。もし競技会であの者が失敗すれば、王世孫様は改革の出足をくじかれることになるでしょう・・・」
「図画署の古い体質が変われば、他の者たちにも恩恵がある。それにソンヨンは古い友達なのだ。私が欲張ったせいで、あの者に負担をかけているようだ。きっと今ごろ思い悩んでいることだろう・・・」
それまで作戦のことで頭がいっぱいだったグギョンは、サンの言葉に、ふいをつかれたような顔をした。

パク別提も、グギョンと同じく不安を抱えていた。
先日ソンヨンに試し描きさせたザクロの屏風絵・・・。紙の中央から枝が大胆に伸び、その先に大きな黄色い花が垂れ、葉はぼかしの効いた実に鮮やかな色あいだった。
しかし、幼い王世孫との思い出を描いたあの時の絵と比べたら、どうだろう・・・!!
ザクロの絵は、小手先の技だけを使って、どことなくうわの空で描かれている。審査をつとめる元老の厳しい目をあざむくには、決して良い出来とは言えなかった。

2009/05/07 更新

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...