2017年6月9日金曜日

イ・サン22話「流血の罠」

サンは、グギョンたちと馬を飛ばして、もっとも活気のある市場へ入った。
しかし通りは、開店前のように静かだった。おかしなことに大きな壷や、ざるの中には、何も商品が入っていない。
広場の商品台にも白い布がかけられている。手持ちぶたさに売り物のミニテーブルを磨く男や、カゴ売りの女が、ぼんやり客を待つ他は、人っ子一人見当たらなかった。

サンが宮中へ引き返した後、グギョンは船着場の町の様子を見に行った。
グギョンの姿に気づいたテスの叔父が、悲壮な顔をしてやってきた。
「ひどいもんです! 品物を載せた船が来やしません。まさかどこかで戦でも?!」
テスの叔父は、ほんの1ヶ月ほど前に、念願の小さな画材屋を構えたものの、専売商人達の厳しい取り締まりに遭って、品物を台無しにされたばかりだった。
サンの考えた専売商人の特権廃止や市場の開放案は、貧しい民にとっては、唯一の希望の光だった。荷物の到着を、首を長くして待つ商人たちで、今も港はごった返していた。
「まあそう焦るな。明日には船が着き、店を開けられるだろう」
グギョンはわざとのんびりと微笑んでみせた。

グギョンが宮中の敷地内へ戻ってすぐに、テスとジャンボが駆け寄ってきた。
事態が深刻なことは、テス達の報告で、よりはっきりとした。
専売商人らが在庫品を燃やし、新たに相場の4倍の値段で品物を買い占めている。誰が止めているのか各地方からの船が入ってこず、町には仲買人の姿さえなかった。
市場中から品物が消えるわけだ。改革の邪魔をしようと言うのだろう。
サンは肩の力が抜けるほどガッカリした。でもすぐに落ち着きをとり戻すと、貧しい民に備蓄米を放出して、薪の不足を補うため山の伐採を許可するようチェ・ジェゴンに的確に指示した。
最後にグギョンに言った。
「不足分は開城の商人と行商人に相談をしろ」
地方の商人や行商人は、全国に販路を持っている。彼らから品物を供給できれば当面の危機は回避できると考えた。

サンの部屋を出たあと、中庭を歩いていたジェゴンが急に振り返って、グギョンとナムに不安を漏らした。
「果たしてうまくいくだろうか・・・」
「個人で少量の品物を扱う商人たちです。期待はできないでしょう」
ナムの不安は、ジェゴンよりもっと強いようだった。
改革に強気のグギョンでさえ、成功するとは言わなかった。
「試してみる価値はあるでしょう」

テスの叔父は、さっき山から帰ったばかりだった。山は薪拾いの人でごったがえしていた。
薪を背中からおろし、飯屋の庭で酒を飲んでいると、客達の妙な噂話が耳に入った。
真相を確かめるために通りへ出てみた。ビラを手にした人々が次々と立ち去っている。人だかりを掻き分け、屋敷の白壁に貼り出されたビラに目をやり、テスの叔父は、びっくりした。
米が四倍にも跳ね上がったのは、王世孫の政策のせいだと告知されていたのだ。

山里の外れには、男たちが数名集まっていた。
厚い草ぶき屋根の壁に生活用具をさげ、薪を高く積んである。廃墟になっているのか、男たちの他に人影はない。山や地面には雪が降り積もっていた。
フギョムのおつきの男は、フギョムから預かってきたビラを、ちょうど配り終えたところだった。このビラは、これから水標橋、広通橋、西小門に貼られる予定のものだ。
それとは別に、今日は特別な知らせを持ってきていた。
「明日、巳の刻。宮中の弘化門前に人を集めろ。その金を使えば数百人は集められる」
フギョムのおつきの男は、男たちの中の一人が差し出した手の平に、銭の小袋をずしりとのせた。
やがて男たちは足早に散っていった。おつきの男も去り、山は再び静けさを取り戻した。

今日の議題の口火を切ったフギョムの声には、どこか挑戦的な響きがあった。
「恐れながら、議案は特にございません。寄せられた議案の全ては、都の経済に関するものでした。物価が高騰し、民から不満の声があがっています。仲買人が専売商人との取引をやめたためです」
ソクチュも続いた。
「この状態が4日続けば都の経済は破綻します。営業の自由化をとりやめ、雲従街の市場を再開させるのです。民のために着手した改革が、かえって民を困窮させたのです」
サンはイライラと大臣たちを睨みつけた。
「つまり、今の事態は私の政策のせいだというのか・・・?」
大臣たちは、ソクチュへの賛同を示すように、ずっと黙りこんでいる。
サンは厚い壁にひとりで立ち向かっているような気分だった。

その夜、グギョンはテスから新しい情報を得た。
明日、フギョムが弘化門で民衆を使って、デモをでっちあげようとしているらしい。
金で世論を集めようとはあきれた話だった。
グギョンは仕事部屋に戻ると、ろうそく1本灯して手紙を書き始めた。
“必ず民衆を穏便に解散させるよう。誰も傷つけてはならぬ”
書きあがった手紙は、外の暗がりにいた侍従に、漢城府の判官に届けるよう渡した。

サンは夜遅くまでジェゴンやナム、遅れてやってきたグギョンと一緒に、執務室で仕事をこなした。
妻が執務室にサンを迎えに来たのは、この3日間、サンがろくに眠ってないのを心配したジェゴンらのはからいによるものだった。
サンは彼らの気遣いを尊重し、久しぶりに寝室に戻った。
そして王様に言われたある言葉を思い返した。
王座は恐ろしいもの。言葉ひとつで数万の民を生かしも殺すもする・・・
テスの叔父のような貧しい商人達は、新しい政策によって状況が変わるのを今か今かと心待ちにしている。
しかし壁は予想以上に厚かった。政策が思うように行かない今、ソクチュの言うように、かえって民を苦しめているのではないかと思えた。

朝、巳の刻。狭い通りいっぱいに民が足早に移動しはじめ、案内役の男が、ところどころに立ち、城の方角を手で示した。
やがて大勢の民衆が弘化門へと到着した。大扉からとつぜん武装兵が現れたとき、民衆はまだ顔見知りの者たちとお喋りをしながら、デモの開始を待っていた。
弘化門までの長い道は、流れが止まって立ち往生し、それでもまだ後ろにまだ大勢、人が詰め掛けた。
漢城府の兵士たちが、その民衆たちを片っ端から、蹴ったり殴ったりしはじめた。
最初は何が起こったかわからなかった人たちも、慌てて逃げ出した。兵士は逃げ惑う人たちを城壁に追い詰め、こん棒で殴りつけた。悲鳴をあげ、町の通りまで引き返した民衆は、今度は兵士達に待ち伏せされ、逃げ場を失った。
辺りはなぎ倒される人々で砂ぼこりがまい、庭の隅々まで、あちこち血の海に染まった。

やがて宮殿の石畳の廊下を、侍従が駆けていった。死傷者が百名にものぼった大惨事を、王様に知らせに行くところだった。
弘化門での惨劇を、まさに目の前で見てきたテスが、慌ててサンの部屋にあがってみると、うちのめされ、首をがっくり垂れたサンがいた。

2009/12/2更新

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...