2017年6月9日金曜日

イ・サン24話「不吉な宴」

フギョムがファワンの部屋に顔を出したのは、もう夜更けになってからのことだった。
ソクチュとキム・ギジュが山の中で密会していたという情報を持ってきた男を部屋から下がらせると、フギョムは緊張した様子でファワンにささやいた。
「どうするのですか? 下手に騒ぎ立てれば背後を探ったことが知られます。とにかく当分は平静を装いましょう・・・」
養母ファワンの苛立ちは、忠告が必要なほど、フギョムには少し危なげなものに見えた。
中殿は今、ソクチュだけを自分のそばに残し、自分達親子を遠ざけようとしている。しかしなぜそうするのかは、まだわからない。手探り状態でいるというのは、とかく不安に駆られるものだった。
翌日、キム・ギジュの新たな動きを報告しようと、フギョムがファワンの部屋を訪れたとき、障子から意外な人物が出てきた。ソンヨンだ。ソンヨンは驚いたように、背の高いフギョムのことを、まじまじと見上げた。
フギョムの驚きは、むしろ不安や戸惑いの方に近かったかもしれない。サンとソンヨンの関係を探るために、ファワンがわざわざ口実をつけてここまで呼び出したらしい。
フギョムが黙って軽く会釈をすると、ソンヨンもそのままうつむいて、御殿を去っていった。

ソンヨンは庭まで出てようやく、戸口で会った男が誰だか思い出した。いつか本屋で話しかけられたことがある。
どちらにしろ、ソンヨンにとってそれは、たわいのない出来事だった。それよりも、5日後の儺礼戯の準備の方に気をとられていたのだ。
図画署では、画員たちがパク別提を囲んで、説明に耳を傾けていた。
儺礼戯にそなえ、厄払いの絵を4日間で200枚ほど仕上げる必要がある。絵は宮殿に貼ったり、臨席した王族や外国の大使に渡されるのに使われるものだ。
説明が終わると画員たちは、それぞれ白い紙をテーブルに広げた。
大王様、4つ目の鬼、龍や虎の顔をした神様の全身像など、強い線で描かれていく。茶母たちは、彩色に使われる赤や緑など鮮やかな絵の具を、小皿に足す作業を手伝った。

ソンヨンがパク別提の作業室へ呼ばれたのは、ある理由があったからだ。
パク別提は、ソンヨンに普通の紙よりも薄くて光沢がある油紙を見せた。下の絵が透けて、描いた線が染みるという特徴がある。
画員が書いた手本にこの油紙をあて、母茶たちに木炭で線を写させるよう言われて、ソンヨンは最初、パク別提は、本気なのだろうかと戸惑った。
儺礼戯の絵の下書きを母茶に任せるなんて、聞いたこともない。恐らくこれがバレたら、責任者であるパク別提が、上の者からおとがめを受けることになるだろう。
でもパク別提は、どうもそんなことは承知のうえといった顔つきだった。
熱心に絵の勉強に励む茶母の姿を見て、ぜひ機会を与えてやろうと思ったらしい。
「彼女らがよい働きをすれば、今後、活躍の場が増えるだろう・・・」
サンの改革の挫折の影で、雪解けを待つように、新しい芽が育ちはじめていた。

サンの馬が土ぼこりをまきあげている。ここは王室で管理している広い畑だった。
サンは久しぶりに書庫から抜け出し、テスやナムなどを連れて、現場の視察にやってきたのだ。
畑といっても、うねのような溝が何本も平行にまっすぐ伸びているだけで、まだ草一本見当たらない。今もちょうど作業着をきた男たちが一列に並んで、クワを振り上げているところだった。
「通常はうね床に種をまきますが、うねの間に作付けをしては水に浸ってしまいます。この寒さでは苗も育たないかと・・・」
役人はかしこまった様子で、サンに説明をした。
畑は見晴らしのいい高台の急斜面にあった。辺りは海で囲まれている。
サンは思わず顔をしかめた。周りの林が、いくらか防風の役割を兼ねてはいるものの、塩風がサンの袖衣を強くひるがえし、波は荒々しい水しぶきをたてていた。
「この本を見て試してみよ。うね間に作付けすれば、風や寒さに耐え小雪の前でも実ると書いてある・・・」
役人の手に、とつぜん数冊の書物をのせて、サンは言った。

サンがこの書物を手にいれたのは、お忍びで村の様子を探りに行ったときだった。
最初サンが見たとき、その老人は、専売商人と老論派を一掃しろと、酒場で大声を荒げていた。この老人の跡をテスに追わせて行き着いたのが、粗末で汚らしい小屋だった。
老人を訪ねて、小屋の中に入ってみると、予想外の光景がサンの目に映った。
床には書物が積み重ねられ、ほとんど明かりを感じないほの暗い中に、壁一面の白い紙が目立った。今まで読んだことのない珍しい論文だと思って、まじまじと壁を見つめていたサンに、老人が言った。
「見たことないのは当然だ。わしが書いたんだからな」
老人が床へしゃがみ込んで作っているものは、鎌や草刈などの農具らしかった。こちらの方も今まで目を通したどんな農書にも載っていないオリジナルの形であることに、サンはすぐに気づいた。
「鎌を田と畑で使い分けるのは、作るものが違うからだ。頭を使えば今より倍の米が収穫できるようになる。王世孫とかいうやつが専売商人を片っ端からつかまえていたが、目のつけ所が間違っている。根本的な問題は、物資を増やして民を飢えないようにすることだ!」
老人はごく当たり前のように、サンに言った。今自分の目の前にいる、まあまあの身なりの若者ことは、親のすねをかじって遊び回っているお坊ちゃんくらいに思っているようだった。
小屋の前には、老人の開発したポンプ式の水やり機が置いてあった。
サンが試してみようと触った途端、長い弓形の取っ手の部分がぽろりと外れた。
「このおっちょこちょいめぇっ!」
老人は、サンに向かって困ったように声を張りあげた。
王室管理の役人にサンが渡したのは、この老人の書いたものだった。
ここにあっても薪の足しになるだけだから好きにするがいいと、吐き捨てるように老人が言ったこの書物の中に、かなりの価値があることを、サンは見抜いていたのだ。

木箱や樽、わらで包んだ大荷物がリヤカーで運ばれ、城壁のアーチ門をくぐっていった。儺礼戯の準備は着々と進んでいた。
中庭の裏通りでは、天狗のようなタレ目のお面をかぶった芸人らが、小太鼓にあわせて、踊りの稽古をしている。
石畳の広場はよりいっそう賑やかだった。御殿を挟んだ広場の左右には、うろこ模様の鋭い顔をした鳥と龍の巨大なハリボテが飾られた。赤、緑、ピンク、黄色でカラフルにペイントされ、広場の中でも特に目を惹いた。
役人の男たちは、1本1本きちんと寝かすようにして台の上に矢を揃えている。イベントに使うものだろう。
重い玉座を抱えて御殿の石段を下るのは、3人がかりでの大仕事だった。御殿の日よけテントの設置も、すでに終わっている。
そして広場の中ほどの足元には、儺礼戯のフィナーレを飾る花火の火薬を入れる小箱が、ずらりと並べられた。

御殿を囲う石廊に立って、ナムはにぎやかな儺礼戯の準備の雰囲気を、サンと一緒に味わっていた。中門の壁のそばでは、大道芸人たちが、太鼓にあわせてぴょんぴょん飛び跳ねている。彼らの手からたなびく白いリボンが、サンの目にも小さく見えた。
ナムは、サンの表情がとても明るくなったことに気づいて、とても嬉しく思っていた。じっと机で考え込んでいるよりも、現場を見回る方が気分がいいらしい。畑に設置した農具がどうなったか、今日も確かめに行くところだった。
「最近の王世孫様は生き生きとしておられますね・・・」
「そう見えるか? 摂政をやめたからだろう。私をこき下ろしていた重臣たちも静かになった。私に興味を失ったようだ・・・」
サンは、はつらつと笑って答えた。

2009/12/22


韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...