2017年6月9日金曜日

イ・サン27話「反撃の序曲」

護衛部隊、右洗馬パク・テスが逮捕された。容疑は王世孫の暗殺未遂だった。
瀕死のファワンを含む負傷者を出して、儺礼戯の夜は幕を閉じた。
翌日、サンはテスを捕えた禁軍府の部署へ駆けつけ、その責任者を叱り飛ばした。
困り果てた様子の責任者に助け舟を出すように、ちょうど部署に入ってきたキム・ギジュが、、かしこまりながらも何か確信でもしている感じの口ぶりで言った。
「王世孫様。パク・テスは宴の最中に銃を撃ったのです! あの者が銃を撃ったのは、本当に王世孫様に暗殺の危険を知らせるためだったのでしょうか? むしろこうも考えられます。すぐ後ろには王様の席がありました。王様を狙ったものの、撃ち損じたのでは・・・?」
キム・ギジュの言葉に、サンはイライラとした顔つきになった。
「いいだろう。証拠を持ってきてやる。だが、それまで私の部下に指一本触れるな!」


王様は座卓のひじかけに片腕をもたれていた。前室に控えている侍女2名が、かしこまってうつむいているのが、丸障子の隙間から少し見える。壁際には、おつきの男が1名、王様の突き刺さるような視線をまともに浴びて立っていた。
しかしよく見ると、王様のその視線は侍従から少し外れており、瞳孔は小刻みに揺れていた。
王様は深く考え込んでいるのだった。思い返していたのは、雪の降る、あの惨劇だった。
鍵は2つある。一発目の銃声と、そのあとの花火の大爆発だ。
事故なのか、暗殺なのか…。もし暗殺だとしたら、その狙いはファワンだったのか…
王様の耳には、王世孫がファワンを狙ったのではないかという噂まで入っていた。
いや、王世孫か自分が狙われていたとも考えられる。ではその首謀者は?
それとも、首謀者を動かした陰の黒幕のような者が、どこかに存在しているというのだろうか・・・?

牢の中で1日を過ごしたテスは、その夜とつぜん3人の兵士にすっぽり目隠しをされ、石の道をしばらく歩かされた。
目隠しを取ってみると、そこは前室の中だった。
半円状のアーチ門から3 ~4段ほどの短い階段を下りた向こうに、ひとり掛けの椅子が1つと、赤い布のかかったテーブルの部屋が見えた。
テスはおずおずと階段をおりていき、テーブルの前に立った。ひと目見ただけでも、身分の高い人の部屋だとわかる。
四面の壁すべてが、龍の細工があしらわれたアーチ状のくぐり門になっていた。両脇のカーテンは光沢のある高級生地だった。壁際の飾り棚には、壷や宝石箱などがずらりと並んでいる。
兵士の1人が、早く床にひざまずくようにとささやくので、テスはとにかく言う通りにした。
「頭を上げよ…」
声の主の方に顔をあげたテスは、そのとき息が止まりそうになった。
肖像画の中から抜け出てきたような独特の威厳を漂わせて、王様がテスのことをじっと見ていたのだった。
いつのまにか兵士達は消え、今この同じ空間にいるのは、椅子に腰掛けた王様とテスだけだった。
「これから私が尋ねることに正直に答えよ。宴のときに発砲したのはそなたか」
テスは亀のように恐縮して首を縮めて、儺礼戯の夜のことを思い返しながら、できるだけ詳しい説明をした。
「はい。花火の箱に爆薬を仕掛け、王世孫様を暗殺する企てが進行していると知ったのですが、会場には許可証がなく入れませんでした。それで王世孫様を避難させる目的で花瓶を狙って撃ったのです。以前、王世孫様が視察の旅に出られた時にも暗殺の動きはありました」
テスの話は、王様には初めて聞くことばかりだった。
王様はしばらく黙り込んだあと、もう1つ質問をした。ところがテスの口から出たその答えもまた、王様にとっては意外なものだった。
「私は銃を撃っただけなのです。暗殺の企てに気づいた方は、他にいました」
「それは誰だ? 誰かと聞いておる?」
何か言いにくそうに急にモジモジしはじめたテスを、王様は急かした。
するとテスは、ためらいがちに、ようやくその名を口にしたのだ。
「前司憲府、持平 ホン・グギョン様でございます…」

王様はいったん座卓のある寝室に戻って、今度はサンを呼び出した。
なぜ今まで危険な目にあっていながら、重大な報告がなされていなかったのか…
この点に関して、サンは考えあぐねることもなく、落ち着いて答えた。
「暗殺の動きはこれまで幾度もありましたが、私が声を上げると気が触れたと言われたのです」
どうやら儺礼戯での大爆発は、事故ではなく陰謀と考えた方が良さそうだ…
そんな風に王様は思った。しかし常に何者かの監視の目があるとなると、水面下に捜査をすることなど、できるだろうか。
迷ったように、ふと目をふせた王様に、サンが突然、言葉をかけた。
「王様、適任者がおります」
「誰だ?」
王様は目を見開くようにして、サンの発言に注目した。
「今回の件の捜査は、前司憲府、持平 ホン・グギョンにお任せ下さい。弘化門での件は、彼も罠にはめられたのです」
儺礼戯の夜更け、テスから真相を聞かされたサンが、久しぶりにホン・グギョンに会い、深い話を交わしたうえでの結論だった。
前司憲府、持平 ホン・グギョン…
権力を乱用し、弘化門で大勢の民に暴行を負わせたというその名を、王様はわずかな間に、また聞くことになった。

ホン・グギョンを、王様はまじまじと見つめていた。グギョンは、テスが呼び出されたのと同じ部屋に立っていた。
薄い帽子のつばから、うつむいた顔が透けて見える。随分と緊張してアゴを硬くしているようだった。
色白で頼りなさそうな若造だ…。弘化門で民を武力鎮圧したというから、どんな悪人面かと思えば・・・
王様はそう思いながら、ようやく口を開いた。
「この場でそなたを司憲府の執義に任命する。事件の証拠をつかみ、全容を解明せよ」
グギョンはビクッと顔をあげ、王様を見た。予想に反して王様の表情は穏やかだった。しかしその目の奥に、決して失敗を許さない厳しさと、激しい怒りが見えるようでもあった。

グギョンに犯人の心当たりは、とっくについている。
席順を変え、花火の準備をしたキム・ギジュを、今すぐにでも逮捕したい。
しかし重要なのは、誰が王世孫を暗殺しようとしたかではなかった。
背後で陰謀を操っている黒幕を暴くこと…
そして、今や王室と朝廷の全員が、その容疑者なのだった。

芸子のいる料亭の中庭にグギョンが入ってすぐ、ちょうど座敷から、儺礼戯のとき身分証を貸してくれた図画署の小太りな男が庭に下りてきた。
男はグギョンに気付くと、赤い鼻を近付けて大真面目に聞いた。
「なかなかやりますね。女遊びができるほど肥やし集めは儲かるんですかい?」

グギョンがこの料亭にきた目的は、テスとジャンボらに、御馳走と酒をふるまう他に、もう1つあった。
テーブルの間に座った芸子たちに馴れ馴れしく愛想をふりまかれて、居心地の悪そうにしているテスをよそに、グギョンはとても楽しそうな笑い声をたてた。
やがて芸子達が部屋からさがっていくと、テスが待ちきれずに真剣な顔つきをして言った。
「そろそろ私たちを呼び出した理由を話してくださいよ」
グギョンは御馳走にも手をつけないうちから、話を聞きたがるテスにあきれながらも、さかずきを置いた。
「いいだろう。そななたちを呼んだ理由を話そう…」

布で覆った荷物を背負い、船から下りてきたばかりの男は、テスに何か尋ねられると、首を横にふってみせた。
ジャンボたちも、わらに包んだ荷を船に載せた男や、船着き場の前でむしろを広げてザルやかぼちゃを売っている女に、熱心に聞き込んでいる。しかし成果はあがらないようだった。
ちょうど船から下りてきたフギョムの助手は、テスたちを見たとき、その目的が自分と同じであることを一瞬で悟った。
キム・ギジュに頼まれ花火に爆薬を細工した男を捜しているのだ…
身を隠すように足早にその場を立ち去った助手が向かった先は、フギョムの屋敷だった。

儺礼戯の夜のうちに送りだした助手を、フギョムは座敷で出迎えた。
しかし助手の報告に、いちだんと気分が重くならざるを得なかった。
キム・ギジュが起こした爆発事件で、養母ファワンが瀕死の重傷を負ったにも関わらず、フギョムがわりと冷静でいられたのは、幸いファワンが回復したことと、皮肉にも考える問題が山積みなせいでもあった。
愚かなキム・ギジュは、きっと自分の不始末をもみ消そうとやっきになって、ますます事態を悪くさせるだろう。
そうなる前に、爆薬を仕込んだ男を捜し出し、何としてでも始末するつもりでいた。
しかし助手の報告によると、すでに男は行方不明だという…。恐らく危険を察知して逃げてしまったに違いない。
王世孫付けの護衛官も、その男を捜し回っている。事件の首謀者として、キム・ギジュの名があがるのは、もう時間の問題に思えた。そうなれば中殿が苦境に立たされるのは明らかだった。
「面目ありません! 今から居場所を探して…」
肩をあげて意気込む助手の言葉を遮り、フギョムはどこか遠くを見つめるような目をして呟いた。
「いや、もうよい。この辺で手を引こう。こうなったら、もう関わらない方がいい…」

翌日、フギョムは御殿の石回りの廊下でソクチュに偶然あった。
「今さら手を引くだと?! 無事でいられると思うか?」
フギョムの報告を聞いて、ソクチュは眉を潜め、非難めいた声でささやいた。
「さあ。でも矢面に立つよりはましでしょう。ソクチュ様もどうか賢明な御判断を」
フギョムは、あまり余裕のない表情で真剣に答え、軽く一礼して去っていった。
慎重なソクチュが、どう判断したかはわからない。でもフギョムは本気だった。逃げ道を作っておくほうが得策だ。
内心ではむしろ、王様にすべてを告発したいほどの気分だった。

2010/1/26更新

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...