2017年6月8日木曜日

イ・サン51話「叶わぬ恋」

改革がようやく上手く回り始めたとのジェゴンの報告に、サンはさも嬉しそうに耳を傾けた。都の治安が回復し、疫病の広がりも落ち着いたという。
新設した奎章閣の検書官に対する評価もだんだんあがってきている。不要な部署、官職を廃止して、部署の統合も進めているところだった。
一方、辞表を受理されて、朝廷を追われる身となった重臣らは、助けを求めてソクチュの屋敷に押しかけた。
ソクチュは、その重臣たちを前に、ただただ渋い顔をしてみせるばかりだった。
策など何もあるわけがない。王様を困らせるつもりが、随分とおかしなことになったものである…
ソクチュの考えた唯一の解決法とは、王様に土下座して謝ることであった。
サンの耳には今、御殿の前で辞表撤回を求めて土下座する重臣らの声が響いていた。
ソクチュは老論派を代表して、わざわざ大殿にまで足を運びもした。
「どうか我々の過ちをお許しください。国と朝廷を思ってしたことで、王様に反抗するつもりはありませんでした」
「肝心のチャン・テウ殿の姿が見えないようだが…?」
サンの返事は挑発的だった。ソクチュはその答えに苦しみ、思わず顔をそむけた。
どうしてあの頑固なチャン・テウを、王様の前にひざまずかせることができようか…?

側室選びも告知から日が過ぎ、変化が見られるようになった。
グギョンの妹を強く勧めるサンの母恵慶宮、ソンヨンを推薦して譲らないサンの妻中殿との対立は、そばに仕える尚宮をやきもきさせた。
ジェゴンの目に、ある光景が目にとまるようになったのも、ちょうどこの頃からだった。
宮殿の回廊でホン・グギョンとすれ違う役人たちが、こぞって挨拶をしていくのだ。
赤衣の役人らの後には、青衣の集団が揃ってグギョンに深く頭を垂れた。
ジェゴンは眉を潜めた。役人の中にはグギョンの屋敷にまで訪れる者もいるらしい。
しかもホン・グギョンは、それら客人に対して、まんざらでもない笑みを浮かべているのだ。

ある晩、サンはナム洗尚にソンヨンを呼んで来るように指示した。
政務に追われながらも、中殿の言葉は、ずっと頭の中にあった。
ソンヨンはちょうど礼曹の校書館への帰りがけ、ナムに連れて来られた。
短い木造階段のそばで、控えの女官がナムに会釈した。備え付けの灯篭が、階段のたもとで、ほのかなオレンジ色に光った。
ソンヨンは1人で短い階段をあがって外廊下のバルコニーいるサンのそばに立った。
サンは向こう側の廊下の横長い屋根を眺めているところだった。その上には闇の空が広がっていた。
「実は中殿からそなたの話を聞いた。そなたも知っているか?」
「はい、王様。先日、中殿様が考えておられることを話して下さいました」
ソンヨンの口調は、わりとしっかりしたものだった。
「そうか。そうだったんだな…。中殿は私にこう言ったのだ。側室には私と心を通わせられる者を迎えたいと。そなたはそういう存在だと…」
思わずうつむいたソンヨンの目を見つめながら、サンはゆったりと自分の気持ちを吐き出した。
「ソンヨン…。私は知りたいのだ。そなたの気持ちを…。もし、もしもそなたも私を…」
そのとき、ジェゴンとナムが大股で、さっそうとバルコニーに入って来た。
チャン・テウが突然、王様を訪ねて来たという。

「以外と早かったな。もっと待たされるかと思ったが。早速話を聞こう。どんな言葉を並べるのか楽しみだ」
サンは、はつらつとした表情で、笑みさえ浮かべて言った。
チャン・テウはサンの部屋の卓上机の前にピンと背筋を伸ばし構えた。後ろに開け放たれた控えの間の隅に、尚宮と女官らが寄せ集まるように立っていた。
「では王様。お話させて頂きます。恐れながら私は許しを請うために来たのではありません。王様の措置はあまりにも乱暴な失策であると今なお信じて疑わないのです。とはいえ王命に逆らったのは動かぬ証拠。私を罰してください」
しかしテウはその処分を聞く前に、とつぜん自分の顔の前に突き出された宣旨を、丁寧に両手で受け取った。この間の晩に引き続いて、また宣旨とは、テウが思わず眉を潜めたのも無理はない。
巻物をくるくると開いて王様の宣旨に目を通した瞬間、テウはぴくりと顔をあげた。
自分を左議政に任命すると書いてある。
「今回の疫病では救援金を出されたとか。他の重臣たちにも呼びかけ民を救ったと聞いた。信条は私と違っても民を慈しむそなたの行動は、尊敬に値するものだ。自らの責務に対して誠実でもある。老論派の重臣たちに対する処分も軽くしよう。どうだ。そなたの期待にそえたかな」
「私を懐柔されるのですか?」
「そう取ったか。なるほど。いいだろう。それでも構わん」
テウは毒々しくサンを見た。明らかに王様に不信感を募らせたらしい。
しかしサンは十分に満足していた。左議政の役職に就いたテウは、きっとまた改革を非難することだろう。もしそれが正しければ喜んで耳を傾けるし、間違っていれば正面から反論する。国を正しく導くことこそが、まさにサンが望む道であった。

サンの母、恵慶宮は、てっきり息子が執務室にいるだろうと思ったのが、今は大殿におられるのだと尚宮から聞いて、一度は帰りかけたものの、ふと薄明かりの漏れた格子ドアに気づいた。
「誰か中にいるのか?」
「えっ…。それは…」
尚宮は言葉を濁した。ソンヨンを中で待たせるように王様に言われてある。しかし仕方なく、恵慶宮と一緒に執務室の中へ乗り込むことになった。
ソンヨンが王様の椅子に頭をもたれて、うたたねをしているのを見た恵慶宮は、厳しい声をあげた。
「こやつ! 母茶ごときが何と不届きなまねをするのだ!」
慌てて跳ね起きたソンヨンを、2人の尚宮が引きずって庭に放りだすまで、あっという間だった。
ソンヨンが中殿のもとを訪れ、側室の話を正式に断ったのは、その翌日のことである。
図画署に残りたいという他に、パク別提から、王様の肖像画を描くという大役を任せられたことも、その理由に付け加えられた。
サンは、ソンヨンの側室話が完全に立ち消えになったのを知ったとき、険しい表情でナム洗尚に心境を語った。
「ソンヨンは絵の道を選んだのだ。しかし私は時々思うことがある。平凡な民として生まれていたらと。額に汗して田畑を耕し、小さな家で愛する妻と子供達と一緒に、仲睦まじく暮らすのは、最高の人生ではないか? 王位に就くとは、何とつまらない一生だと、そんな風には思わないだろうか…」

テスの叔父パク・タロは、めでたく女将と婚礼の日を迎えた。
近所の小屋の前のたまり場には、護衛や図画署の茶母ら、村の人々が集まって、大きな掛け声とともに、拍手で2人の門出を祝った。
同じ日、ホン・グギョンの妹、元嬪が宮殿に興しいれした。
丸く垂らしたまとめ髪のすそを、鳳凰の形をあしらった金のかんざしで留め、頭の中央に串飾りの散らばった帯をのせただけの、わりと質素ないでたちだった。ホン・グギョンをはじめとする重臣、尚宮、女官ら数名、内官、役人、護衛の兵士の行列が、パク・タロの婚礼よりよほどしめやかに、宮殿の石道を真っすぐに進み、淑昌殿へと入って行った。

その晩、宮仕えの女がナムを急かしにやって来た。
今日は初夜だというのに王様はいつおいでになるのか。必ず淑昌殿へお連れせよというのが、恵慶宮様からの言いつけであった。
ナムが執務室まで自分を呼びに来たのを見て、サンはようやく淑昌殿に向かった。
アーチ型の置き石を渡るサンの足元に、先頭の内官がちょうちんを垂らし、その後ろに、お供の者たちがぞろぞろとついて歩いた。
淑昌殿の前に到着したサンは、建物をじっと見渡した。何枚も連なった格子扉から洩れる明かりが、白々として見えた。

その頃ソンヨンは一人、作業室の座敷にあがって、下絵した王様の肖像画に色を付けていた。衣の肩に描いた紋様の細かい唐草やウロコの部分を黄色で塗り、衣を赤茶色に仕上げた。
筆を進めるごとに、サンの思い出があふれ出てきた。王様はちょうど今ごろ、側室の部屋を訪れている時間だった。
ソンヨンはついに筆を止めた。こぼれ落ちる涙がサンの肖像画に垂れて大きくにじんだ。
「ソンヨン…?」
後ろでささやく声がして、ソンヨンは紙の上に伏せっていた顔をあげた。そして何か幻でも見ているような目をした。
淑昌殿にいるはずのサンが、戸惑った様子でソンヨンを見つめていたのだった。

2010/7/5

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...