2017年6月8日木曜日

イ・サン53話「抗争の嵐」

皮肉にもソンヨンは、先輩茶母のチョビと一緒にしばらくの間、元嬪の住む淑昌殿へ通うことになった。
恵慶宮が、元嬪の懐妊を祈願する屏風を作らせることにし、元嬪があえてソンヨンを画家に指名したからだった。
ソンヨンとチョビは、ツルの金屏風と白梅の屏風が置かれた作業場に入ると、風呂敷の荷物をテーブルにとりあえず載せたままにして、先に屏風の図案カタログを広げた。
「蓮の花はどうでしょう? 6曲で1枚の絵にしようかと…」
蓮の花といえば多産と富の象徴なので、チョビもすぐにソンヨンの意見に賛成した。
絵は図画署で仕上げた方が、早く仕上がる。それでもわざわざ淑昌殿へ足を運べというのが、元嬪たっての希望だった。
絵の完成する様子を見たいというのが表向きの理由でありながら、本音を言えば、元嬪が見たがっているのは、絵よりも、あの晩、王様が密会したという茶母の方だった。

一行は、黄泉の国へと旅立つ者をのせて、草ぶきの民家の間にさしかかった。
村の女や男たちが、道まで出て来てミコシと、白い着物に薄黄色のずきんをかぶった男たちの一行を、じっと眺めていた。
折り紙を重ねたような賑やかな箱天井に、タッセルと房飾りを側面にぶら下げたカラフルなミコシだった。上下半分ずつ赤と青に色分けされた蚊帳風のぼんぼりが、四隅で揺れた。
壁には波打った虹模様と青い蓮が咲き、中央に裸体の男が一人、描かれている。屋根に立つ1羽の飾り鳥が、ミコシから流れゆく景色を遠く見つめていた。
やぐらに載せられたミコシは、青く透けた帯で囲われ、その甲板に立つ男が、ちりんちりんとベルを鳴らし、歌を先導した。するとタスキで体をやぐらの組み足に固定した男らが、歌声を低く響かせ、リヤカーでも引くように押して歩いた。
太鼓をたたく男、半透明のうちわを掲げた男、幟旗を持つ男が、みこしと一緒にゆっくりと進んだ。
コシはやがて過ぎ去り、村人たちの目は、長々と続く白い男達の後ろ姿に向けられた。
色とりどりの幟旗には、どれも墨で書が綴られていたが、あえて何も書かずに白いままのものが、残り香のように最後まで目に映った。

亡くなったのは直提学、キ・チョニクだった。
死に際、老人は枕元で悲しむサンに、
「短い間でしたが王様にお仕えできたことは、この上ない光栄でした。王様は私を卑しい身分の者ではなく、ひとりの人間として扱って下さいました。お志をお捨てになりませんように…」
とささやいて、すぐに、かくんと首を垂れた。
貧しく、人々に尊敬された老人であった。
彼の死は病気ではない。奎章閣の直提学と検書官を襲った事件によるものだった。
卑しい身分の出身でありながら、検書官、三司、六曹の業務をこなせる彼らの能力を評価する声が、次第に高まっていた矢先のことだ。

グギョンはさっそくテスたちに、重臣らの動きを尾行させた。
直提学らを襲ったのは、彼らの登用を快く思わない連中の仕業と考えてのことだったが、事件からすでに3日が経ち、実行犯である楊花津のゴロツキも、とっくに都から姿を消していることくらいは、予想がついた。
グギョンは宿衛所に戻ったテスに、こっそりとメモを渡した。
こまごまと書かれたその文字を見て、テスは驚いて尋ねた。
「この方が事件の首謀者ですか?」
グギョンは黙って頷いた。
今回の犯行は老論派の重臣の中にいる。限りなく容疑者に近い存在でありながら、証拠がないために、そのままのさばっているに過ぎない。
正攻法では時間がかかる…
グギョンは、重臣らを誘拐・監禁した事件を起こして以来、再び独断での犯行を決めた。
王様の耳に入ったら、捜査がやりにくい。
極秘任務を受けたテスは、すぐに執務室から飛び出していった。

「今回の事件の背景に老論派の重臣がいるですと? そのような暴挙に及ぶとは思えません。想像もできないことです」
パク・テウは、ひどく困惑した様子で、サンに反論した。
「そなたが何も知らないことは予想している。しかしこれは面白い。老論派を指揮していると思っているのは、本人だけか?」
サンは皮肉な笑みを浮かべた。しかし直提学キ・チョニクを失った悲しみと後悔は、犯人逮捕の瞬間まで、とても癒されそうになかった。
テウはその晩、さっそく重臣らを屋敷へ集めたものの、やはり事件の関与について、自白をする者は1人も出なかった。
「証拠もなしに疑うとは、不当な弾圧ではありませんか?」
重臣の1人がテウに不満を口にした。
テウは重臣の1人1人の顔を疑うようにまじまじと睨みつけながら、結局、場をお開きにすることにした。
自白がない以上、彼らを信じるより、彼とてしょうがなかったのである。

パク・タロは、グギョンが夕方の申の刻に宮中を出てから、いまだ宿衛所に戻っていないことをナム尚洗に伝えた。
グギョンのことが気にかかりながらも、ナムはパク・テロに親しげに笑いかけた。テスの叔父、パク・タロは従八品の尚門となって、宮中に戻って来たのだ。
年俸は毎月、米3升に綿布が5疋と、おかみと2人所帯の身には十分なものだった。
タロを帰宅させると、ナムはサンの部屋へあがって、グギョンの不在を伝えた。
「おかしいな…。ホン承旨がいない?」
サンは思わず書類から目をあげ、眉を潜めた。
普段なら、明日の報告をまとめている時間だった。

翌日、ナムが大殿の回廊を慌ただしく走る姿が見られたが、これは広津の船着場で刑曹判書の死体が見つかった速報を、王様に伝えるためであった。
執務室では、ちょうどジェゴンが王様に、昨夜、チャン・テウの側近であるミン・ジュシクが襲われた事件について、耳に入れているところだった。
「襲った者の正体はわかりません。命には別状ありませんが、傷が深く、登庁はできぬとか。連日の物騒な事件で、民の動揺が心配されます…」
ジェゴンの言葉が終わるか終わらないうち、ナムの速報が舞い込み、続いて禁軍別将が刑曹判書の事件の報告のため、執務室へ駆けこんだ。
「卯の刻に警備兵が死体を発見しました! 部下の話では帰宅したところを暴漢に襲われ拉致されたようです。それから1つ不可解な点があります」
禁軍別将は、そで下から小さな紙切れ取り出し、テーブルへのせた。
中央に墨で大きく一つ書かれた又の字が、サンの目に映った。
「死体の腕に刻まれていた文字です。“又”の字を刻むのは、また人を殺すという警告かもしれません。恐れながら王様。宮中に広まっている噂をご存じでしょうか? 老論派の2人が襲われたのは、奎章閣の事件に対する報復ではないかと…」
禁軍別将の顔に浮かんだ不安は、サンにもまたある1つの嫌な予感をよぎらせた。

町の通りを歩いていたテスは、屋敷の前の人だかりに気づいて近づいた。
白いエプロンをつけた役人たちが、ちょうど屋敷の門から担架で遺体を運び出しているところだった。
テスの目にまず飛び込んだのは、遺体の右手の甲に黒く刻まれた、又の文字だった。
現場にいた下級役人が、テスに状況を説明した。
「工曹参判様が暴漢に襲われ、亡くなったのです…」
テスの胸に、驚きと不安がたちこめた。
夕べ、確かにグギョンに頼まれ、自分は老論派のミン・ジュシクを痛めつけたのだ。
しかしそれは脅された敵が、証拠を隠滅しようと慌てて動き出すのを待つのが狙いだったはず…。殺人については、全く身に覚えのない話だった。
宿衛所へ戻ったテスの耳に、テスの極秘任務について何も知らされていない護衛仲間らが、口々にささやくのが聴こえた。
「工曹参判だけでなく、束曹参議も殺されたらしいぞ…」
テスはがく然とした。事件はいつの間にか、連続殺人事件に発展していたのである。

その頃、再び執務室に通されたテウは、事件にホン・グギョンが関わっていることを、納得したような口ぶりでサンに伝えた。
「王様、実は証拠を持って参りました。ホン承旨がごろつきを雇い、ミン・ジュシクを襲わせたのです。捕えたごろつきの1人が、そう自白しました。どうやらホン承旨も、王様を飾り物扱いしているようですな…」

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...