「ホン承旨の無実を証明すればいいのだろう」
便殿に集められた重臣らは、王様のその言葉に対して、また一体何を証拠にそんなことを言い出すのやらと思った。
いや、それより何より、王様の考えていることを知ったとき、重臣らは、ますます気分が悪くなった。
「今夜にも真犯人が現れるかもしれぬ。殺人の標的は、ここにいる戸曹判書イ・フンソク、礼曹参判カン・ハクス、それに戸曹参判ミン・ウテ、またはこの中の誰かになるだろう」
サンはきっぱりと言った。
この報告の後、重臣らは執務室に戻って、チャン・テウを取り囲むように、テーブルについた。
テウは硬い表情のままだった。ただ1つだけはっきりしているのは、今回の件で王様が、自らの首を絞めるに違いないということだった。
あれはグギョンを助けたいがために言ったたわごとだ…。そう断固信じて疑わなかったのである。
しかしどうも腹の底で、妙に気が立った。
テウのそばで、重臣の1人が心配そうに言った。
「本当に我々は狙われているのですか…? そんな話はとても信じられませんよ。ホン・グギョン以外の誰が、我々を狙うというのです」
「王様がありもしないことを言うとは思えないがね…」
ソクチュが冷ややかに答えた。
まもなく出動の命が下り、テスらが一斉に移動を開始した。
通行人らは、馬が猛スピードで橋の中央を駆けるのを見て、慌てて大きく隅へ寄り、ぼう然とした。
続いて槍を持った兵士の一行が馬を追って全速力で走る振動で、足元のタイルから頭まで砂埃が舞いあがった。
宮中の大門からも、大量の兵が一斉に吐き出された。
一方、戸曹判書イ・フンソクの屋敷からは、護衛の姿がぱったり消えた。警備が手薄になったと見せかけて、敵をおびき寄せる作戦だった。
「警護が解除されたことを家中の下僕たちに伝えて、夕方、申の刻を過ぎたらこれを着て隠れて下さい」
屋敷に立ち寄ったテスは、早口で言い終わると、丸めた白い衣服をフンソクの目の前に差し出した。
戸曹判書イ・フンソクは、下僕用のその厚ぼったい着物を受け取ったものの、いかにも不満そうな顔をした。
ホン・グギョンは今、牢の中にいるのだ。
一体、他に誰が、自分を襲うというのか…?!
それでも王命とあって、渋々、粗末な着物に着替えた戸曹判書イ・フンソクは、眠れぬ一夜を過ごした。
夜もすっかり深まった亥の刻すぎ、サンの執務室に禁軍別将が顔を出し、殺人犯に狙われると予想される3名の重臣宅に、宿衛官と禁軍を配備し終わったことを告げた。
翌日すぐには、チャン・テウがやって来た。
彼は蛇のような冷たい落ち着いた目つきで、サンに言った。
「王様の推測が外れましたので、私に容疑者を尋問させて頂けないでしょうか? ホン承旨を自白させるための、許可をいただきに参りました」
テウの予想通り、昨夜は敵どころかアリ1匹、現れなかったのである。
サンが黙っているので、テウはてっきり返事に困っているものと思った。
先日、テスを連れて、サンが検視室を訪れたとき、部屋には3体の遺体が安置されていた。
体全体を白い布ですっぽり覆われた遺体の腕を持ち上げ、サンは手の甲を表に返した。
又の字がある。
さらに隣の遺体にかかった布をめくり、爪まで白ずみ、ぐったりとした手をテスの方に向けた。
「分かるかテス…? “又”にも見えるが、こっちのは“女”という字だ。文字は2種類ある。つまり、奴隷の“奴”という文字だ」
サンの瞳は小刻みに揺れた。
検死室から執務室へ舞い戻ったサンが、まず始めたこととは、ホン・グギョンが先日、提出した改革案をじっくり中まで読み込む作業だった。
グギョンに作らせたその改革案には、奴隷の置かれた状況調査があり、殺された重臣らのむごたらしい仕打ちや、逃げた奴隷に対する執拗な追跡と暴力についてが、詳しく記されていた。
また特に奴隷の扱いがひどい重臣の中で、まだ殺害されていない3名に着目し、サンはここで1つの仮定を立てた。
重臣殺害の犯行は、奴隷らが組織する義狭団の仕業であると…
サンがまだテウに返事をしないうちに、執務室へナムが入って来た。
何事かと見上げたサンとテウに、ナムは息をのんで言った。
「工曹参判が殺害されました…!」
晩には、パク・テスが義狭団の拠点を突き止めたという一報が、サンに届いた。
翌日、義禁府へサンの命令が行き、グギョンが釈放された。
グギョンはすぐその足で、幽閉生活を送っている大妃に一人で会いに行った。
偶然、松の枝の向こうにグギョンの顔を見て、ナム尚洗は思わず眉を潜めたのである。
一体どうして、嘉靖堂の庭を、グギョンが歩いているのか…?
すでに用事は済んだらしく、嘉靖堂の女官3名が、会釈しながらグギョンを見送っていた。
グギョンは敷石をまたいで門を出たが、何かを考えあぐねたような、ゆったりとした足取りであった。
回廊を歩いていると、向こうからテスの叔父パク・テロがやって来て、グギョンに深くおじぎをした。
何か重要な話でもあるのだろう。周りの視線を、タロがやけに気にしているのを見て、グギョンはすぐに、とりまきの重臣らを立ち去らせた。
タロは興奮をおさえようと声をひそめたものの、目は喜びのあまり三日月のようにゆがんだ。
「聞きましたか…? 元嬪様のお部屋に御医が…」
「お体が優れないのか?」
「いや、そうではなく…」
すぐさま淑昌宮に駆けつけたグギョンは、まだ自分が床に座り終えないうちから、快活な声でお祝いを述べた。
元嬪の方も、慣れない宮中生活のなか、本当に頼れるのは実兄のグギョンだけということもあって、ホッとした笑顔を見せた。サンの妻、中殿との折り合いも悪かった。
「命をかけて元嬪様と御子様をお守りします。どうかお体を大切になさって下さい。願わくば王子様でありますように…」
「ご安心下さい。きっとそうですわ」
元嬪は急に立ち上がって、上座をあけ、グギョンの隣に座った。懐妊の知らせを聞いたサンが、部屋に入って来たのだった。
「そなたもいたか」
「はい。王様。実におめでたいことでございます」
グギョンはこの上なく感激した様子だった。奴隷改革の全権をサンから任されたうえ、さらに届いた嬉しい知らせであった。
「そうだな。元嬪にも礼を言う。これで王室も安泰だ」
サンは元嬪に、ねぎらいの言葉をかけた。
淑昌宮で元嬪の懐妊祈願の絵を描く作業をしたソンヨンは、中門そばの石タイルにしゃがみ込んで、用具を洗っていた。
木のおけと雨水用のかめを洗い場に残して、チョビがとりあえず、器類を入れた銅製の鍋を持ち、先に図画署へと帰っていくと、ソンヨンは、ふと筆を洗うのをやめて、ぼんやりとした。
さっき目の前で、元嬪がつわりを起こすのを見てきたばかりだった。ソンヨンの描く蓮の花を、泥土に根を生やすものとして、ひどく嫌がるなど、気の荒い様子もあった。
筆を洗い終わり、木ボールを抱えて、外の渡り廊下を横切ろうとしたソンヨンは、尚宮と女官らを引き連れたサンに、声をかけられた。
「元嬪様がご懐妊されたそうで、お祝い申し上げます…」
ソンヨンは、つとめて明るい表情を作ったが、サンの方が少し正直なようであった。
「王室にとってはめでたいことだろうな…。だが私は、そなたからそう言われたくはない」
2010/8/22
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月8日木曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...