2017年6月9日金曜日

イ・サン6話「赤の悲劇」

刺客の口から出た毒の分析結果が判明した。

なんと雄黄という顔料に使われるものだったのだ。


サンが部下を密かに図画署へ潜入させてまもなく、怪しい官員を捕らえたとの知らせが入った。

その官員の死体が川に浮かび上がったのはその翌日のことだ。


(何者かに口封じをされたのだろう……!)

サンはいてもたってもいられず、自ら死体を調べに行こうと思ったのが、サチョから必死に止められてしまった。
サチョはどうせサンがおかしくなったと、重臣達が騒ぎ出すのがオチだと考えたのだ。

やむなくサンは急きょ大臣達を集めて、使節団に関するスケジュールの変更を発表した。
見学先や会談の場所を変え、清への貢物を載せた船を西江に移した。念のため警備を他の部署に任せもした。

何も知らない大臣達がこの決定に不審を抱いたのも無理はない。かなり大幅な変更だったからだ。

あまり急な動きに、
「明らかに王世孫は何か感づいたようだ……」
と考える者も少なくなかった。



「芙蓉花満開・金香残布衣」

 ~赤いハスの花が咲くと木綿の上着には金色の香りが残る ~


王世孫が画員に出した画題だ。

図画署の責任者であるパク別堤は、工房の机に置いてあった一枚の紙切れを手に取った。端が破れたボロボロの紙に描かれたその絵は、茶母のソンヨンが下働きの合間に、こっそり筆をとったものだった。

そこには幼い男の子と女の子の姿があった。


どういう理由か知らないが、どうやらソンヨンは王世孫の詩から子供たちを思い浮かべたようだ。

しかしこれほどまで感情を揺さぶられた絵が、画員たちの絵の中にあっただろうか……?


そう思ってパク別堤がソンヨンの絵を見つめていると、とつぜん部下のイ・チョンが工房に入ってきた。

ソンヨンと仲のいいイ・チョンは、パク別堤が眺めている絵がソンヨンのだと気づいて、慌てて言い訳を口走った。

「下働きが絵を描くなど! 私がソンヨンに注意をしておきます!」

しかしそのときパク別堤は頭の中で、今回の使節団の仕事で画員に随行する予定人数を考えていた。

(随行員にソンヨンを加えよう……)

パク別堤はそう決めた。下働きなら通常十年はかかる思い切った抜擢だったが、ぜひチャンスを与えてみたくなったのだ。



テスとソンヨンは、テスの叔父と三人で小さな小屋で暮らしている。

収入はリヤカーで画材を売り歩いているパク・テロのとソンヨンの分でまかなわれていた。

相撲に勝って小銭を稼ぐくらいしか能のないテスは、いい加減就職したいと思ってはいた。武官の試験を受けることにしたのもそのためだ。

叔父さんはテスに、早くソンヨンと所帯を持てと言うけど、ソンヨンにその気がないのも、テス自身よくわかっていた。

「王世孫様はわたしに気づくかしら?」

宮中への随行が決まって、ソンヨンは嬉しそうである。テスは柱にもたれてヤリ先をナイフでとがらせながら返事した。

「王世孫様が気づかなくても恨むなよ。昔に比べてすっかり不細工になったからな」

「お互い様よ」

口ではこんなことを言いながらも、テスには秘密の計画があった。

ゴロツキ連中から貰った五十両で、ソンヨンに鹿毛の筆をプレゼントするつもりなのだ。

ソンヨンにこれ以上の心配はかけたくないから、やつらと一緒に仕事をするのも、これが最後になるだろう。


作業は清の使節団がいよいよ百済に到着した晩のことだった。

テスが連れて来られた場所は港だ。

長い桟橋のそばに、タイマツの火をかかげた兵士達がいる。木造船の周りにも、見張り兵が大勢取り囲んでいた。

清への貢物を積んだ政府の船が見える。
「船の荷物を盗むからな」
テスと一緒に暗い草むらの中から船を見下ろし、ゴロツキがテスに今回の仕事内容を告げた。

やがて船のデッキから兵士が去り、橋の方にいる警備兵と合流した。
彼らは二列の隊をなして、静かにその場から引き上げていく。

入れ替わりにゴロツキらが船にかけのぼった。
すぐにも木箱の積荷へ近づき、次々と荷をかっぱらっていく。その作業をテスはそわそわ戸惑いながらも手伝った。
「なあ。俺は手を引くよ……。国の貢物だぞ。金は返す。とにかく俺は降りるからな!」
テスは不安のあまり、とうとうゴロツキの着物の端を引っ張って言った。

おかしなことに、男は顔色一つ変えなかった。
「しかしこの件はすでに朝廷のおえら方と話がついているんだ」
と、さも安全そうな顔をして言った。


清の使節団の歓迎式典はスムーズに運んだ。王様、正室、清の大使、サンが庭の一段高いテーブルについている。その下には招待客や大臣らのテーブル席が六つ並べてあった。赤いテーブルクロスの上はご馳走で埋めつくされ、庭の中央を舞女が華やかに舞っている。式典の様子を記録する画員達の姿もそこに見られた。

式が終わり、画員が引きあげた後、雑用係のソンヨンは桶を手にして歩いた。
式の間、中庭に入ることさえ出来ず、王世孫に会えなかったのだ。
期待していた分、さすがに気分が落ち込んだ。
虫の声のする暗い庭を一人でトボトボと行き、画材倉庫へ入った。
ソンヨンは棚に並んだ魅力的な道具類に、思わずうっとりとした。
渓谷みたいな形のすずり。小花の模様が白く光る象牙のものさし。真っ赤な大輪が描かれた黄色い箱には、じゃこう鹿の毛で作った筆セットがおさまっていた。

ソンヨンは井戸の石溝に桶を置いてしゃがみこんだ。そうして桶の水が黒い輪になるのを眺めながら、筆を洗いはじめた。


同じ頃、サンはこの前に野原で会ったソンヒという見習い女官の手を引いていた。その足取りは、だんだんとソンヨンのいる井戸の方へ近づきつつあった。

「ソンヨンという子は調理係ですか? どこにいるのか教えて下さい」

サンの思い出話を熱心に聞いていたソンヒが、王様に質問した。

「私も知らない。会いたいのにどこにいるのか、何をしているのかも分からないのだ」

そう言って微笑んだサンは、今晩またこうしてこの子に出会えたことや、偶然にも名前にソンがつくのが、不思議な縁のように思えた。


二人はやがて井戸に着いた。しかしそこには誰の姿もなかった。
女の子がボールに水を汲んでおいしそうに飲み干している間、サンは石溝に置き忘れられた筆をふと手に取って眺めた。






翌日、大変な事件が発覚した。

貢物にする白布が船から盗まれたのだ。

よりによってこの白布は清が貢物のなかでも特に重視しているものだった。

サンは急きょ、清の大使のご機嫌を取ろうと宴を催すことに決めた。

図画署のパク別堤は、とつぜん宴で絵を描くよう言われたので、ゆっくり助手を選ぶ暇もなかった。皆すでに図画署に引き上げてしまっていて、残っていたのはソンヨンだけだったのだ。

パク別堤は山を描くのに必要な六色の知識について、慌ただしくソンヨンに説明した。
そうして急ぎ足で王世孫のもとへ向かい、廊下の広い一角へ到着した。
すると王世孫がちょうど庭を眺めていた。サンは振り返ってすぐ、パク別堤の隣に女が立っているのに気づいた。

「あの者は……?」

サンが尋ねた。

「助手でございます……」

パク別堤が紹介がてら答えた。
ソンヨンは今このときとばかりという気持ちで、体を硬くしてうつむいた。
だが次の瞬間、サンはソンヨンにゆっくり背を向けると、再び庭の方へ視線を注いだのだった。



2008/11/30更新





韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...