2017年6月9日金曜日

イ・サン7話「逆転の白」

清の使節団を迎えての宴が行われた。
会場となった楼閣には、カラフルな天井画が描かれ、座敷の真ん中にはご馳走のテーブルが置かれている。上座にサン、清の使節団の代表、重臣が三人ずつ向かい合わせに座り、その周りには護衛や側近、侍女らの姿がある。
後ろ髪だけ残して頭をそりあげた清の大使は、まるで相手の隙でもうかがうように、宴の間おかしそうに口をゆがめたり、眉をひそめたりしていた。
赤柱の向こうの庭から、山の景色が波打ち際のように広がって見える。
上座から一番離れたところには、紙と下敷きを広げたパク別堤が座っており、そばでソンヨンが黙々と助手を務めていた。

宴の最後にソンヨンは、ちょっとだけサンを見た。でもそのときサンがもう自分のことを覚えていないというのが、はっきりわかったような気がしたのだった。


サンはアーチの土塀の門をくぐっていく大使達を見送った。
使節団と入れ替わりに、サチョが真っ先に駆け寄ってきた。
例の盗まれた白布がいまだ見つからないとの報告だった。

「見つかるとは思っていない……」

意外な反応を受け、サチョは思わずサンの顔を見返した。するとサンは当然のように言った。

「私を陥れるためにここまでしたのだ。私は自分を取るに足らない存在だと思っていたが、どうやら連中にとってはそうではないようだ……」

見えない敵を遠くに見つめ、サンはどこか穏やかですらあった。


しかし状況は厳しかった。
まずは清との会談までに、盗まれた白布を補充する必要がある。
全国の白布を掻き集めたとして、150疋にもなりそうにない。
重臣達とこうしてバタバタと会議を重ねている間にも、怒った清が帰国の準備をはじめたとの一報が飛び込んだ。船着場では雲従街の商人らが交易再開のめどが立たないのを不安がって、清の船が停泊している港にまで顔を出した。

船をどう引き止めたものかとサンが考えあぐねる中、その必要はないと断言したのは、あまり朝廷では見かけないきゃしゃな男だった。

「お久しゅうございます」

その男は意味ありげな笑みを浮かべた。彼は幼い頃、サンと一緒に机を並べたこともある同い年のフギョムだった。
彼は当時すでに「周書」を暗唱し、かなりの秀才ぶりを発揮していた。
王様はサンのこの度の失態を収拾しようと、江華府の長官を務めていたこのフギョムをわざわざ都へ呼び戻したのだった。フギョムは優秀なうえに清の留学経験もあったからだ。

都に着いて早々、清の大使と鉢合わせたフギョムは、さっそく留学時代のよしみから、船の引止めに成功した。

成果はそれだけでない。なんと白布に代わる代替品について大使と新たに取り決めたという。

人参300斤、ござ150枚、豹皮80枚、黄毛筆50個、草注紙と塩石……

王様はこの品目を聞いて、渋い顔になった。これでは当初の倍以上の量だ。完全に清につけ込まれたのだ……

とは言えこちらに不手際があった以上は止むを得まい……


王様の部屋を出た後、フギョムは養母ファワンの部屋に寄った。

久しぶりに会った養母は、そこらにある小物を片っ端からフギョムに投げ飛ばした。手がつけられないくらい機嫌が悪い養母を前に、フギョムは顔色一つ変えずに、ただ笑みを浮かべるだけだった。

「宮殿に戻った実感がわきますね。しかし私は母上を失望させたことはないはずですよ」

ファワンの怒りの原因は、フギョムがサンの不手際の穴埋めをしたことにある。それを見透かし、こんな風にさらりと言ってのける息子に、彼女はますます怒りを丸出しにした。

「王世孫一人のために国を滅ぼせますか……?」

息子から冷静に問われて、ファヨンは急に黙り込んだ。確かに清の使臣の機嫌を損ねたままでは具合が悪いだろう。

実際、事件の余波は街にも影響した。追加の貢物をむりやり徴収された商人たちは、ほとほと困った様子である。交易再開のめどがたたず、市場は麻痺状態だった。清の接待の失敗が、すでに民衆の生活をむしばみはじめていたのだ。

まもなく民衆たちは城の前で座り込みを行った。その数はどんどん増え続けていく。民衆は飢えの苦しみを、こぶしを地面にたたきつけ訴えた。

民衆らの泣き叫ぶ声がさざなみのように聞こえる……
夜になり、民衆の叫びが虫の音に代わったとき、王様が背後から近づき、サンに声をかけた。

「宮殿の塀は高いぞ。ここにいても民の嘆きは分かるまい」

「王様……」

サンは自分の力が及ばないのを改めて実感し、弱々しくうつむいた。


日があけるとパク別堤がサンの部屋にやって来た。パク別堤が持参したのは鮮やかな黄色の反物、それに胡粉と言われる白い顔料と染物だった。

「この黄布を白く染めるというわけか……」

サンはそれが悪くない考えだということにすぐ気づいた。手軽に手に入る黄布は、実は白布に次ぐ品質を誇っていて、世宗大王の頃には貢物として使われたこともあるくらいだ。

さっそく図画署の茶女が総動員され、まずは原料となる白い貝殻をすり鉢で叩き潰した。別の部署では、灰汁を混ぜた大がめの中で布を漂白する作業を行った。白く染めあげた布は乾かして次々と木箱に納められていった。


フギョムは王様の部屋に再びあがった。清との会談を終え、あとは送別会を開くだけだった。予定品目が順調に船積みされたとの報告を受けた王様は、最後まで抜かりのないようにとフギョムをねぎらった。

フギョムはそのあと、大勢の重臣達と一緒に宴会場へと足を運んだ。

大きな門の前まで来て、椅子型のコシが目に入った。コシの両脇には片ひざをついた男達が地面を見つめて待機し、侍女が数人ほど立っていた。
恐らくは王世孫のコシであろう。しかしサンが宴会に出席するという話は聞いていない。このときフギョムの頭に渦巻いたのは、これが一体何を意味するのか全く予想ができない不安だった。

フギョムと大臣達が門をくぐってみると、すでにサンと清の大使がいた。大使は何かこちらに助けでも求めるように、とっさにフギョムを見やったのである。その目には何かしらのやり切れなさが滲んでいた。
それとは打って変わってサンの表情は明るかった。それもそのはず……サンのそばには約束した数だけの白布がちゃんと揃っていたからだ。


清の使節団が帰国したあと、サンはパク別堤にお礼をしようと図画署を訪れた。しかしパク別堤はお褒めの言葉に、ひたすら頭を下げるばかりだった。

「恐れながらあのアイデアは私のものではありません。先日、私の助手を務めた茶母が考えたのでございます……」

パク別堤は告白するや、サンを小さな工房の控え室に招き入れた。そうしてタンスの扉を開けて、その茶母が描いたという紙切れを渡して見せた。

椅子に腰掛けたサンは、その紙を両手でしっかりと広げてみた。

それは白い着物姿の幼い男の子が怪我をした女の子の腕に、袖の上から帯を巻きつけている絵だった。

「これを描いた茶母の名は何というのだ……?!」

パク別堤はサンの興奮ぶりに内心びっくりしながら、かしこまって答えた。

「ソン・ソンヨンでございます……」



2008/12/7更新





韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...