人事のことで宣旨をするなら、都承旨であるホン・グギョンを部屋に呼ぶべきなのではないかと、ナムは思わず首を傾げたが、王様がグギョン本人に対する人事だから他の者の方がいいと言うのではしょうがなかった。
その頃、グギョンは自分の運命が変わろうとしていることなど何も知らずに、ワンプン君の父ウノン君に会っていた。
王世子擁立問題に巻き込まれ、幼子ワンプン君を、宮殿外へ追いやられた父ウノン君は、いつもにまして弱腰だった。しかしこのまま計画を変更する予定はないことをいま一度、念を押し、グギョンは部屋を出た。
意外にも宿衛所の執務室で、グギョンの帰りを待っていたのは、自ら宣旨を届けに来たサンだったのである。
翌日、その宣旨はジェゴンによって正式に読み上げられた。それはグギョンを奎章閣提学の職から解任し、宿衛大将の仕事に専念させよとの内容であり、さらには、うるう4月5日をもってチャン・テウを領議政に、チェ・ソクチュを右議政に任命するというものだった。
サンはグギョンがこの宣旨を、再起のチャンスと、とらえてくれるように願っていた。
しかし多くの重臣からしてみれば、しょせん、ただの左遷にしか見えなかったのである。
というわけで、王様の視察旅行の準備が、グギョンの都承旨として最後の仕事になった。
その夜、大妃は早くも事態の軌道修正に乗り出した。権勢をふるっていたグギョンが王様に退けられのだ。
尚宮1人を共に連れ、こっそりとグギョンの屋敷へ足を運んだものの、王世子の擁立の件を、ひとまず白紙に戻そうという大妃の提案を、グギョンは裏切りと考えたようだった。
その場で大妃に決別を宣言すると、むしろ今さらながらに、大妃と手を組んだことを、彼はひどく後悔したのである。
翌、中殿の尚宮が突然、グギョンの執務室へ現れ、中殿が呼んでいるから部屋へ来て欲しいと伝えに来たのが、グギョンに決定打を与えた。
「昨夜、大妃様がそなたの家を訪ねただろう。元嬪を側室にする時も王世子擁立の件も大妃様の後押しがあったのだな。だから老論派の支持が得られたのだ。元嬪の想像妊娠の件は水に流すつもりだった。王様が誰よりも信頼する部下のこと、私もそなたを信じようと思った。だがそなたは王様を裏切り続けたのだ。王様が行幸から戻られたらすべてお話する。心の準備をしておくがよい」
中殿の話を聞いたあと、玄関と外門をつなぐ黒い瓦屋根つき廊下を、グギョンは上の空で通り抜けた。肩と背を丸めて歩くその姿は、見送りの尚宮と女官らの目に、急に老けこんで見えた。
その日一晩、グギョンの気持ちは深く沈みこみ、渦巻き、大きく揺れた。
例えば、もし、大罪を犯したと知ったら、王様はどうなさるだろうか?
いや、私が欺くなど、そもそも王様は信じようとはしないだろう。
王様の深い懐を思うと、グギョンの胸にも熱くこみあげるものがあった。
この信頼を何としても守り通したい。
清の大黄…。
その毒性は一般とは違い、服用後しばらくしてから回りはじめる。息苦しさと手足の震えの後、死に至るのだ。
一夜明けて、大殿へあがったグギョンは、行幸の準備の報告を淡々と済ませた。
王様のコシには宿衛軍の騎馬隊を、行列の先頭には別侍衛、各地域の警備には内禁衛を配置する予定であると説明してから、一呼吸置き、尋ねた。
「中殿様も同行されると聞きましたが…」
「私が村を視察する間、中殿は宣嬪と一緒に敬老の宴を開くのだ。その護衛はそなたに任せよう」
サンが、はつらつと答えた。
いよいよ出発の日となり、中殿が恵慶宮へ挨拶に出向いた。
「あの者も行くそうだな」
と針のようにとがった声で恵慶宮が言ったのは、もちろんソンヨンのことである。
そのソンヨンの体調は、旅をするのにはあまり良い状態ではなかったが、まんまと宣嬪の世話係へと出世した先輩母茶のチョビは、むしろ期待に胸をワクワクさせた。
「まさか、すっぱい物が食べたくありません? きっとご懐妊の兆しですわ。王様も頻繁にお泊りですし、可能性は十分ありますよ」
「口を慎め。こういうことは軽々しく口に出してはならぬ」
ソンヨンは自分でも内心もしかしてと思いながらも、チョビを注意して、器の煎じ薬を飲み干した。
元陵と永祐園の間にある別内や松秋などへ向けて、一行は出発した。
先頭で旗を持つのは丈の長い衣を着た役人たちだった。切手のような縁どりの四角い旗の中で、大柄の龍が強風で大きく広がった。
テスと仲間の3頭の馬、とんがり棒と黄色い衣のチャルメラ楽器隊10名の後に、王様の馬が細い脚をゆったりと折り曲げて進んだ。
サンのその特別な馬は覆面をしていて、布の2つの穴から耳を出し、額と鼻づら部分に金の紋様が打ちつけてある。
ナム、ジェゴン、グギョンの馬がそばに、背後には鉄かぶと兵がついた。
かぶと兵の大将は、ウロコつきの鎧に身をまとい、首に赤布を巻き、毛皮帽をかぶっている。彼が乗っているのは、鼻筋に白模様が通った見事な馬だった。
一行は、わら屋根の集落を通った。その様子をひと目見ようと、野次馬たちが道の両側に立ち並んだ。
そり返った赤屋根のコシが、好奇心たっぷりな野次馬の目に近づいてきた。入口ののれんと房飾りの奥に、ひっそりと中殿の姿が見える。
畳6枚分はあろうハシゴの上に、コシが丸ごとのせられており、ずきんをかぶった男らが、肩とハシゴをたすきで縛り、船をこぐように押して歩いた。側面に房や散り花の串飾りを差し立てた華やかなコシだった。
パク・タロの妻で飲み屋の女将は、近所のお喋り女や、くたびれた男らに、さも誇らしげに説明するのだった。
「あれがうちの甥っ子のテスよ。従5品の宿衛官なの! あそこにいるのは従八品、うちのだんなよ!」
近所の女や男たちが感心して視線を送った先には、中殿のコシのそばで、堂々と腕を横に振って歩くパク・タロがいた。
女将はさらに勢いづいて、大声を張り上げた。
「新しく側室になられた宣嬪様は、王様の寵愛を一身に受けてるそうよっ!」
中殿のコシとソンヨンのコシの間には、赤い大ウチワをかかげて歩く2人の女官がいた。
金の屋根のソンヨンのコシは、青い日除けの内側に金すだれを巻きあげ、外付けの椅子タイプであったので見通しが良かった。ソンヨンは久しぶりに懐かしい街を目にして、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
赤服と青服の役人、図画署員、銃兵、槍兵、荷物運びの男らと、行列はわら屋根の集落から林の一本峠を抜け、やがて荒れ地の原っぱを長々と下りはじめた。
最後尾を行く数本の旗の揺らめきは、はるか後ろの方だった。
先頭のずっと向こうに、黒瓦の2階門の横長いとりでが、かげろうのように、ぼんやりと映った。
その方角から砂埃を巻きあげて、4頭の馬が駆けのぼってくる。
馬が行列の前で止まると、一行の歩みも自然にストップした。
うち1人が馬から降りて、何か急な知らせでもあるらしく、サンのもとへ挨拶に走った。
「私は村長、パク・インギュでございます。この村には特に要望もありませんので、通過してもよろしいかと」
逆に通過されると何か困ることでもあるような切実な表情である。
「そうはいかない。村を視察せねば。案内してくれ」
サンにきっぱり跳ねつけられ、村長は戸惑いつつも、自分の馬をサンの前へ回した。
行列が再び進みはじめると、大太鼓、長ラッパ、小太鼓、つづみ太鼓など、チャルメラ楽器隊の音楽が、ススキの荒れ野原に奇妙に響き渡った。
しかしサンが険しい顔で馬を止めたのに合わせて、演奏の方もぴたりと静まり、代わりに、煙のあがる草畑を、村人達が枝ではたく音と風、小鳥のさえずりだけが残った。
「何を焼いている?」
「はっ、王様。何でもありませんが…」
村長は慌てて誤魔化そうとしたものの、ナムが事情をよく知っていたから無駄だった。
「綿花はこの土地の副産物です。最近は清からの輸入が増え、重要が激減したため、綿花畑の半分を焼き払っているのでしょう。育てても売る先がないのです。民にとっては生活に関わる問題ですが、役所の人間は放置しています」
サンは、早速この村に宿泊して民の声を聞く場を設けることに決めた。
それに伴い、敬老の宴の準備の方も進められたのである。
中殿は庭に立って、脚付きのお膳に女官達が、出来あがった料理を縁側へ並べる様子を満足そうに眺めた。
皿の音が耳に心地よかった。
しかしその背後では、グギョンが中殿を憎々しげに見つめていたのだ。もちろん中殿は知るよしもなかったが…
夜になって、役所の執務室にようやく腰を落ち着けたグギョンは、襟元から、ふと薬包を取り出し、しばらく眺めた。
翌朝、その薬を亡くなった元嬪の尚宮を務めていた女に手渡した。敬老の宴で中殿に出される食事へ混入する手はずだ。
そのあと北門に配置していた護衛、十数名ばかりを南門へ去らせ、宿衛官で狙撃の名手を、密かに北の見張り門が見下ろせる山中に潜伏させた。こちらの方は万一、中殿の毒殺が失敗したときの予防策だった。
民の声を聞く場は、役所前の広場にて開かれた。サンは村人と役人とを交えて話を聞き、当分の間、村の綿花は国で買うこと、村長には清に劣らぬ綿花の品質改良を求めることで、ひとまず問題にケリをつけた。
変わった点と言えば、宣嬪がめまいを起こして、部屋で休んだことくらいだった。
昼近くに、ソンヨンを見舞いに中殿とサンが部屋へ顔を出した。
グギョンが宴の前に中殿を見かけたのは、それが最後だった。
2010/11/13
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月8日木曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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