判義禁府事に任命されたチャン・テウは、不当な判決を読み上げるのを、こばんで怒りだした。
代わりにテウの手元から巻物を取り上げ、被告人や重臣らを前に、サンが自ら読みあげた文は、以下の通りである。
“庚子年4月戌午日、この者たちは非道極まりない罪で王室の尊厳を傷つけた。ゆえに私は本日、カン・ジュンビルら3人を免職の上、流刑に処する。首謀者であるホン・グギョンは免職の上、江陵への流刑に処す。中殿の毒殺を企んだ罪は重いが、自ら過ちを悟り、計画を止めた。料理を食べた私が無事なのがその証拠である。よって死刑は免除すべきだ”
とはいえ過酷な地へ友を送るのは、サンには辛い決断だった。しかしグギョンが流刑地へ旅立った後も、サンはいつも通りに、忙しい業務をこなさなければならなかった。
まずはパク・チェガら7名と会議をした。
議題は干ばつによる生活の困窮と、それにつけこむ高利貸しの問題だった。サンはこの件について引き続き、詳しい調査を指示した。
会議の後、新しい側室の件で恵慶宮がサンの部屋へ訪ねて来た。
イ尚宮を通じて何度も伝えたのに、サンがこれまでひと月の間、和嬪の部屋へ1度も顔を見せなかったというのである。サンにしてみれば、まずソンヨンを認めて貰うことの方が大事だった。しかし恵慶宮は自分の言いたいことだけを告げ、早々に引きあげていった。王様を迎える準備を整えてあるから、今晩こそ和嬪の部屋へ行くように、とのことであった。
未の刻より戸曹との会議を済ませた後は、執務室でナムとチェゴンの3人で、遅くまで仕事をこなした。ろうそくがちびて、炎も小さくなった頃、和嬪の部屋へ行く時間になった。
サンはまだ墨の乾かない宣旨を、ふわりと4つに折り畳んで、ナムに承政院に送るよう指示して、今日の仕事を終わりにした。
「ところで王様、宿衛大将の座はどうなさいますか? あれ以来、禁軍別将が代行していますが、そろそろ後任を…」
チェゴンが最後に心配そうに聞いた。
和嬪は恵慶宮が自信を持って送り込んだソンヨンの対抗馬だった。
ソンヨンが五品なのに対して、良家に育った和嬪の階級は正一品と高い。
そのため2人が同じ本を読みたがった場合、和嬪の方が優先された。王室の系統と業績をまとめた「壺範」や「女史書」など基本の書物を読んでいないソンヨンに、和嬪と同じ本はまだ難解だというのがその理由だった。もちろん聡明なソンヨンが、和嬪と同じ本を読みこなせないわけはなかったが、それを証明する場はなかった。
王様が訪ねて来たと聞いて、ソンヨンは慌てて縁側へ出て、短い石段から庭へおりたった。「こちらに何のご用ですか?」
てっきり今頃、王様は和嬪の部屋にいると思い込んでいたからだ。
「どういう意味だ?」
サンはおかしそうに微笑んで、部屋へあがった。
無性に酒が飲みたかった。
粉をふいた黄色と緑のあん団子、なつめの実やドライフルーツをたっぷりと盛ったポンチなど、おつきのチョビに用意させた酒膳が目の前に運ばれて来ると、サンは待ちきれない様子で自分で急須を取って、湯のみに注いだ。
チェゴンに宿衛大将の任命を催促されたのが、ずっと心に引っかかっている。
「あの職にはホン承旨以外の者を据えたくないのだ。もちろんあの者が犯した非道な罪を許すことはできぬ。なのになぜ、未練が残るのだろうか…」
ソンヨンはサンの思いつめた顔を見つめた。グギョンを恨むというよりも、サンはむしろ、恋しがっているように見えた。
翌日、グギョンが流罪となった島の近くまで遠出をした。その合間に、テスに薬を持たせてグギョンの様子を見に行かせた。
夜になり、テスが風呂敷をさげ、サンの部屋へ報告にあがった。
「体の具合が悪そうでした。これはホン承旨様から預かって来たものです」
風呂敷の包みをほどいてフタを取ったカゴの中には、軍の改革案をまとめた書物が2冊と、下側に手紙が忍ばせていた。
罪人の身で王様に改革案を提出するのを、グギョンはかなり迷ったようで、もしふさわしくないと思えばその場で燃やして欲しいと、手紙の最後に添えてあった。
高利貸しについて、その後の調査をふまえた会議をした。
高利貸しが法の規定を守らず、利子を自由自在に高くしているらしい。
「問題はこれだけではありません。高利貸しが返済できなかった者を捕えて清に売っているのです。その本拠地は蓮花坊と彰善坊一帯にあります」
パク・チェガは言った。
会議のあと、サンは人身売買の現場調査へ行きたがった。しかしナム尚膳によると、午後の未の刻から、成均館でサンが儒生に与えた課題の解答を見る予定が入っているとのことであった。
その成均館へ行く途中、面白い男に出会った。
石塀の瓦にまたがって、通りすがりのサンとテスを呼びとめた若い男は、飛び降りるには塀が高すぎて、すっかり困り果てているようだった。
テスが仕方なく、男が伸ばしてきた手を取っても、まだ飛び降りる自信がつかないのか、今度は遠まきに見ているサンを手招きした。
「あんたも手を貸してくれよ。早く!」
サンは口を開きかけたテスを止め、言う通りに男の手を握った。
2人の手を借りて、男は瓦を踏み鳴らし地面へ着地すると、先に転がしておいた風呂敷包を拾い上げ、底の土をはたいた。
「毎度ながら面倒だな。ムダに高い壁だ。とにかく助かりましたよ。あっ、しまったな…。名前を書き忘れた。せっかくいい答案がかけたのに、もったいない」
そう呟いて、淡々と歩き去っていったのだ。
テスが男の後ろ姿を見つめながら呟いた。
「成均館の儒生のようですね…」
「放っておけ。学問に興味がないから抜け出すのだろう」
サンは薄笑いを浮かべた。
成均館の座敷では、白い着物に黒ずきんをかぶった講師3名がサンを迎えた。
サンは講師陣に見せられた1枚の答案を、熱心に読み込んだ。
自分でさえ半信半疑で出した中庸の70の問いに、こうも早く答えた者がいるらしい。
その内容は、人身売買の根絶について訴えたもので、どこでどう調べたのかは知らないが、情報として十分に信じられるほどに詳細に書かれていた。
「これを書いた儒生は誰だ?」
「恐れながら分かりません」
「分からないだと?」
「はい。答案に名前が書かれておらず、我々も困っているのです…」
講師陣の1人がサンに答えた。
注目すべきは、答案に人身売買の本拠地が建徳洞だと記してあったことだ。
サンは成均館から人身売買の本拠地、建徳洞へと向かった。倉庫街に到着すると、テスら護衛と手分けして、調査にあたった。
鋭い目つきで倉庫の前に立っている大柄な男らの目を盗んで、サンは1人で裏道へ回った。
辺りは外釜の煙突から吐き出される煙で、見通しが悪い。
その煙突に、さなぎように身を寄せ、地面にうずくまっている男がいた。さっきの若い儒生だった。
「ここで何をしている?!」
「あんたこそ何を?!」
サンと若い男の声を聞きつけたのだろう。見張り番の男らが、裏道へ駆けつけてきた。
2人があばら小屋に逃げ込んですぐ、見張り役の男2人が板張りの入口から、その倉庫へ入ってきた。
三角屋根の明かりとりつきの高い天井から、海藻の束や、ヒモで連なったタキギがぶら下り、横に太い張りが1本またがっている。
入口の壁に、積み上がった米袋、ムシロにくるまれた中央の荷の山から大黒柱がのぞき、さらにその向こうに穀物袋の山が寝かせてあるなど奥が広い。
見張り役の足がゆっくりと奥へ進んで、やがてあきらめたように入口へ引き返し、大扉のかんぬきを閉めて立ち去っていった。
その瞬間、頭の上の米俵を投げやって立ちあがった若い男は、入口へ駆け走り、力いっぱい扉を押してみた。しかし頑丈な板の音が跳ねかえってくるだけで、扉はびくとも開かない。
振り返って、窓際を見まわす。窓に引っかけてあるのは、もみがら用のざる、かごバック、古い着物をほどいた布、床に無造作に置かれた木箱、木箱に丸めて立てかけたござ、ワラ袋…
どうも何かを探しているらしい。この男は一体、何をはじめるつもりなのか…?
サンはしばらく、その様子を観察した。
若い男は邪魔な穀物袋を払いのけて大きい木箱を作業台にすると、小麦の入った大袋と、小さな木箱に詰められた巾着のひもをほどいて、次々に広げていった。
小麦粉をメインに茶色の粉2つかみと、灰色の粉ひとつかみなど調合したのを、布とさらに風呂敷にもくるんで、先ほどの小さな木箱に戻し入れ、点火用の縄を箱の角に出してフタを閉めた。
次に袖口から取り出したのは、変てこな2本のパイプ管だった。穴の部分にもう片方のパイプを直角に入れ、窓の格子からレンズのついた方を突き出した。
普通なら目の前の石塀が見えるだけなのが、パイプの曲がりによって、塀に沿った道が、突き当たりまでずっと見通せる。
こういうものに目のないサンは、手作りの双眼鏡をさっそく若い男に貸して貰い、片目をつぶった。道を挟んで、板造りの倉庫と赤茶色の石壁が外に膨張したように見える。
もっと違う場所を見ようと、パイプの角度をあれこれ変えて、しゃぶりつくようにのぞき込み、節のある太い竹筒のような煙突が土釜から出ているのと、軒下の配管、勝手口、瓦つきの3連の石壁まで見えた。
若い男は双眼鏡を返して欲しくて、サンの肩を引っつかんだが、サンは窓にへばりついて、頑として放そうとしない。
「いい加減に返せよ!」
男は仕方なく双眼鏡をもぎとった。そして外に誰もいないことが確認できたので、小窓の下へ先ほど作った小箱を仕掛けた。
箱から出た縄のしっぽに点火して、サンを連れて戸口の前へ避難した。
すぐに柱の陰からボンッと2度ほど爆発音がし、明るい火の海が一瞬にして、濃い煙にのみこまれた。
もやの中からサンが最初に見たのは、若い男のニヤニヤした顔だった。
2人でそのまま倉庫を脱出し、夢中で逃げた。
一息ついたところで若い男が、
「ところであんた誰だい? 言いたくなければ当ててやるさ。生まれは?」
「壬申年の9月だ」
「ちょっと待った。天下を入れる相だ。格好からして豪商ではなさそうだし、もしあんたが王様なら、私は無礼を働いた罪で死刑だろうな」
「確かにそなたは大変なことをしでかした」
若い男とサンは、お互い、あきれたような笑い声をあげた。
2010/11/28
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月8日木曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...