ナム尚膳と尚宮は、ため息をついた。内官、女官らも頭を垂れて大殿の前にいる。障子越しの明かりがナム尚膳の衿元を白く照らし、落ちていく日は衣をより黒くした。
ジェゴンが心配して大殿前の渡り通路まで様子を見に来た。
「王様が執務室に移られたそうだが」
「さようです。夕食のお時間なのに、例の儒生との議論が続いています。声の様子からして、ますます白熱している様子で…」
ジェゴンは光のこぼれる障子を見あげた。扉の開かれる気配は全くない。それにしても、もう戌の刻なのである。
サンは一つ議論が終わると本を閉じて山へのせ、また次の本を出した。
ヤギョンはもはや眠くなって、体が本にうずもれかけた。まだヤギョンの得意分野である天文学について質問する気でいたサンも、彼が大あくびをするのを見てようやく書物を閉じた。
最後に肩まで積んだ書物の中から、“解剖新書”と“保元集”をヤギョンに渡してやった。どちらも貴重本とされている品だ。
「ここにある本は何でも持って行け。なければ国中から探してやる」
とサンは気前よく言った。
ヤギョンがようやく王様の部屋を後にした頃、日はすっかり高くなっていた。
科挙に合格した者は、まず承文院、成均館、校書館へ臨時に配属される。そのあと優秀と認められた者に限り、希望の部署に正式配属できるのが決まりだった。
首席合格のチョン・ヤギョンが中枢部に自ら望んで入ったと聞いて、重臣らは思わず首をひねったものである。中枢部と言えば、そもそも仕事のない官吏のために作られた部署だったからだ。
ヤギョンはまず倉庫に眠っていた書物を、棚ごと全て中枢部へ運び込んだ。足らない本は役人に頼んで、出来る限り掻き集めて貰った。
部屋を占拠した長テーブルは、高官たちとのミーティング用のものだ。そこに棚を持ちこみ、椅子を引き出すのも窮屈なほど手狭になった。
棚にはそれぞれ領事宛、知事宛てなどの場所を決め、毎日1度はここに来て必要な書類を自分らで閲覧するよう工夫した。広い宮殿でもこうすれば効率よく業務を行える。
こうして確保した時間は、承政院に出す提案を書くためにあてた。
石畳の広場で偶然にもチャン・テウを見かけた。挨拶しようと駆け寄ったヤギョンを、テウは待ち構えたように見つめ、
「そなたがチョン・ヤギョンか」
と面白くない顔をして言った。
「私をご存じで?」
「有名人だからな。そなたの提案も読んだ」
「お褒めいただき恐縮です」
ヤギョンはうやうやしくお辞儀した。正真正銘、本物の領議政に会って、すっかり感激したのだ。
「恐縮する必要はない。あんな余計な事をしようと中枢部を希望したのならばな。暇な部署のほうが書案を作る時間があるとでも? 政治の何たるかも分からぬ者が身の程をわきまえよ」
これで少しは血気盛んな若造に灸をすえたつもりでいたところ、ヤギョンは図々しくも、こう釈明してきた。
「お言葉ですが私の未熟さは重臣の方々が補ってくれるでしょう。若い官吏が骨組みを構想し、知恵と徳を備えた重臣が肉づけする。そうして協力しあえば朝廷は一層、発展します。それからひとつお願いがございます。領議政様がお書きになった文集を貸してください。どうしても1冊だけ手に入らないのです」
テウは蛇のように目を細くした。そうしてまじまじとヤギョンを睨みつけた。ずいぶん妙な若造だと思ったのであった…
「集合時間は辰の刻。今晩、宿衛官20名、禁軍40名を東西に分け、人身売買の本拠地を制圧します」
と禁軍別将軍は前もって報告したが、翌日には、桟橋に現れた清の密輸船をパク・テス率いる軍が襲撃、樽馬車に詰め込まれた人々を無事開放し、本拠地を制圧するという展開があった。
捕えられたのは清の商人らと関与した役人たちだ。
このタイミングで清の使節団が都へ到着し、その長チャン・ウォンウィが、王様のもとへ挨拶に来たというのは、最初から何らかの糸が絡んでいるようにも思われた。
彼は龍のうろこが縦にはしったガウンを着て、堂々としていた。
肩の辺りに唐草模様の縁どりがしてある。ベルベッドのタワー帽子を頭にのせて、大きな黄色いリボンを、厚いアゴの下に結わえていた。
「さようです王様。都に向かう途中で事件のことを聞きました。投獄された罪人たちは清の民でございます。こういう場合、本国に移すのが原則だと思いますが」
読書堂の丸いテーブルについたウォンウィは、かっぷくの良いわりには、やわらかみのある声で訴えた。
「朝鮮で罪を犯したのに、調査が終わるまで引き渡しはできない。余罪を追及する必要がある」
「では清に連れ帰って罪を問いましょう」
「そうはいかぬ。彼らにしかるべき処分が下るとは思えないからな」
サンは確信したように答えた。
会談は嫌な空気を残したまま終わった。
禁軍別将軍より一報が入る。捕盗庁に使節団の護衛兵が押しかけて、清の商人の引き渡しを要求しているとのこと。
事態を受け、捕盗庁の門は直ちに封鎖された。それから収拾のための宿衛官が派遣されることになった。
パク・チェガ検書官らは、承文院の書物をひっくり返して、何か解決方法はないかと歴史の事例を調べまくった。
承文院の文書を見尽くしたヤギョンは、今度は他の部署をあちこち駆けずり回った。通りすがりに役人とぶつかって落ちかけた帽子を手で押さえると、また走り出した。ヤリを持った禁軍が宮中を移動するのをちょうど見かけた。
便殿では重臣らの意見が様々に割れた。
「今からでも清の商人を引き渡しましょう!」
「いえ王様。彼らの要求を飲んではいけません。わずかでも譲歩すれば、いつの日か領土と民まで引き渡すことになりましょう」
と反論したのはチャン・テウだった。
まるでどちらかが先に手を出すかと駆け引きするように、捕盗庁の前では剣を手にした清の商人らと宿衛官らの睨みあいが続いていた。
急きょ大使が再びサンに会いにやって来て、
「王様、とんだ騒ぎになりましたね。しかし私だけの責任とは言えませんよ。提案を拒否されたのは王様なのですから。この先どうしますか。これでも彼らを引き渡しませんか…?」
と皮肉った。
珍しく王様の足がこのところ遠のいていた。
新しい恋人が出来て忙しいのだろう…
とソンヨンは思った。
ヤギョンと議論するのを王様は大いに楽しんでいるようなのだ。
年配の医女がソンヨンの手首に指を4本あてている。診療を終えると静かに頭を垂れ、
「わずかながら脈拍が出ております」
このところ吐き気がして、食事ものどを通らない。
妊娠のときに脈拍が出る…そう本で読んだことがあった。
でも王様に報告するのは、医女の処方した薬を5日間ほど飲んで、もう一度、診脈を受けてからにした方が良いだろう…
診察のあとソンヨンは珍しい客人を部屋に招いた。留学先でソンヨンの絵を認めてくれた師匠が、清の使節団の一行について来ていたのである。
政変で一時は礼部司を去ったものの、今は政情が落ち着いて復帰したらしい。
師匠はソンヨンが宣嬪になったと聞いて大いに喜んで、祝いを述べた。その一方で才能豊かなソンヨンが、もう暇つぶし程度にしか絵筆を握ってないというのを、とても残念がった。
「ところでチャン・ウォンウィ様を覚えておられますか」
と師匠に聞かれて、
「もちろんですわ」とソンヨンは答えた。
修学中にソンヨンが山水画を贈ったことのある人物だ。
「あの方が使節団の長としておいでです…」
師匠は言った。
2010/12/12
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月8日木曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...