罪人の釈放が目的にしては、やり方が無謀すぎる。
おそらく清は兵を送り込もうとしているのだ。
新しい皇帝が即位し、清では内乱が続いている。
国庫が底をついて国内の不満が高まる今、民の目を外に向けようというのが、清の本当の狙いらしい。
ヤギョンの報告によれば、幕華館を出た伝令は、江華ではなく舟で広津へ向かっていた。広津の先には清軍が駐屯する大連があった。
そうしたなかで、1つ腑に落ちない点も残る。清の兵士が捕盗庁へ武力行使したとの通報を聞いて、サンと会談中だった大使が、一瞬、驚いたように顔色を変えたことである…
ソンヨンは思い切って恵慶宮の部屋を訪ねてみた。緊急の用だと伝えたら、何度目かにようやく部屋へ通された。
「恐れながら、私をしばし宮殿の外に出してください。誤解されませんよう。私的な用ではありません。清の使節団との摩擦で宮中に不安が渦巻いています。私がその解決策を講じたく存じます」
ソンヨンが気に食わず、いつも目さえ合わそうとしない恵慶宮は、今度はすっかり呆れ果てた。図々しさに怒りさえ込み上げてくる。もちろん外出許可を与える気など全くなかったのだが、例の清の武力行使の一報が飛び込み、最終的にはやむにやまれず、ソンヨンを頼みの綱とするしかないほどに追い込まれた。
「本当にできるのか!? 何とかして王様の力になるのだ」
「断言はできませんが、解決に向け最善を尽くします」
ソンヨンは恵慶宮に約束した。
ソンヨンはチョビやお供を連れ、幕華館の2階建ての見張り門へ到着した。
予想通り警戒は厳しかった。危うく門前払いになりかけたのを、大使がちょうど声を聞き付けたらしく、外まで出迎えに来てくれた。
「私がお招きした。久々にお会いして話をしたいだけだ。宣嬪様、中にどうぞ」
大使にそう言われては、役人らも追い返すわけにいかない。ソンヨンは無事、部屋に入ることができた。
調度品は木彫りのものが多いようだ。廊下に面した丸扉や、厚い屏風は、網目や唐草模様のくり抜かれたデザインになっている。障子の格子も迷路の模様のように凝った造りだ。
二段重ねの丸天板に、木彫りの縁飾りが垂れたテーブルへ2人はついた。
給仕のほっそりした男は、丸いランチョンマットに白地の器を2つ用意して、お茶を注ぎ入れると、急須を大理石の脚つきの盆に残し、チェストの前までさがった。そうして長い三つ編みの背をこちらへ向けたまま、じっと控えた。
「実は閣下にお聞きしたいことがございます。閣下は非礼を犯す方ではありません。今回の事態にはきっと理由がおありなのだと思います。なぜ摩擦が生じたのか教えて頂けますか」
とソンヨンは率直に聞いた。ところが大使は、
「アハハハ。今日はつもる話をするだけにしましょう。他の目的があるなら日を改めてください。わざわざご足労をおかけしました」
とゆったりした肘掛椅子にくつろぎ、笑顔を浮かべた。その合間にちらちらと給仕の三つ編みの背中へ目をやった。2人の会話に給仕が先ほどから、聞き耳をたてていることに気づいていたからであった。
それきり大使は、もう見送りに庭へも出てこなかった。ソンヨンが門の前でコシへ乗り込もうとしていたとき、絵の師匠が慌てて姿を現し、
「大使から預かった絵です。後宮入りを祝う贈り物だとか。祝詩も書かれたそうで…」
とソンヨンに巻物を手渡した。
ソンヨンは宮中に戻ると、さっそくその祝辞入りの巻物を持って、サンの執務室を訪ねた。テーブルの中央に広げてみせたのは、横書きの山水画であった。
深い木々の塔の山が2つ。その背後にそびえる山々はモヤに隠れ、頂上が微かに黒い。
「王様、添えられた詩句をご覧ください…」とソンヨンは言った。
「風凋扇樹林 孤意-繋園。冷たい風に森が揺れ、孤立した私の意は伝わらないという意だ。杜甫の秋輿だな」
「祝いの言葉にしては、そぐわぬ内容です。大使様は自らの思いを伝えられずにいるのかもしれません。王様、どうか大使様のお心を探ってください」
サンに呼ばれて三たび宮殿に参上した大使は、まずはこんな挨拶からはじめた。
「宣嬪様に絵のことをお聞きになられたようですな」
その心中は、清のもくろみとは異なるものであった。大使は事を大きくするのを望んではいなかったのである。心意を知ったとの会談は、前回と違いスムーズに運んだ。
会談後、サンは御前会議にて、とある発表をしたが、その内容は以下の通り。
解決の鍵は人参売買の自由化である。自由に取引ができれば物量が増え、値段も下がる。清には年に数万両の利益となり、朝鮮にとっても3つの利点がある。
人参を作る農民と売買する商人の収入が増えること。国に税収入が入ること。朝鮮侵略を避けられることだ。
もし清がこの提案を受け入れれば、捕盗庁にいる清の商人はこちら側で罪を裁く。その処分については清と相談のうえ決める。
サンはこの法案を、戸曹に試行させた。
品物は内資寺と済用監から確保し、不足分は各地方の役所から徴収でまかなった。
港には人参をのせた帆舟がすぐに到着しはじめた。
見張りやぐらのある桟橋に横付けされた舟から、次々に木箱が降ろされていく。
役人らがふたを開けると、箱の隅々まで長い根を同じ方向にして埋もれた人参があらわれた。検査のあとは2人がかりで桟橋の隅へ重ねられた。
水原と広州からは150斤、楊州から50斤を用意した。
まもなくこの提案の受け入れを、大使が宮殿へ伝えにやって来た。
「この度は王様に深い感銘を受けました。内部の災いから目をそらそうとした我々を恥ずかしく思う限りです」
事件はようやく円満に解決した。
ソンヨンの懐妊の正式な診断が出た夜、サンは座布団に腰を落ち着けたまま、この世で一番の喜びを噛みしめ、ソンヨンとゆったりした時間を過ごした。
翌日にも早々にサンが自分を訪ねて来たのが、恵慶宮には気に食わなかった。
「懐妊を理由に宣嬪を側室として認めろと私を説得しに来たのですか?」
「そんなつもりはありません。しかし宣嬪が宮殿に来てもう1年です。あの者の人となりもお分かりになったでしょう?」
そんな風に言われなくても、今回のソンヨンのお手柄は恵慶宮にも身にしみていた。
ソンヨンはなぜとつぜん部屋に呼ばれたのかわからずに顔を出した。そうしてスカートをうずめ、かしこまってサンの隣へ座った。
恵慶宮は急に氷が解けたような優しい笑みを漏らし、
「実は話があって私が呼んだのですよ。正三品、昭容の位階を与え、宣嬪を王族として認めますから、王様もそのおつもりで」
と2人に告げたのである。
兵士の1人が板看板にハケをかけて、ビラを貼りつけている。
いったい何事かと、早くも民衆の人だかりができた。
甲辰年 武科試
試目 長槍 旗槍…手刀…棍棒…
日時 甲辰年5月 巳の刻
科場 漢山停
募人 二千名
甲辰年2月
兵曹参判 金成基
これほど大規模な武官の募集は珍しい。今回の清の事件の教訓を受けてのことだ。
陰ではこんな噂をする者もいた。王権の基盤を固める狙いがあるのだ。だから王様は親衛部隊をかねてから強化してきたと。
ともかくグギョンが最後に取り組んだ軍衛の改編は、こうして始まったのだ。
ヤギョンを連れて宮中の庭を歩いていたサンは、柳の枝が大きく垂れこめた池の前に立ち止まった。
「そなたに宿題を課そう。あの舟に乗れ。あそこで数千人が一度に漢江を渡る方法を考えるのだ」
「数千人を1度に? なぜ数千人が川を渡るのです?!」
見るとオールを左右に下ろした小舟が、池に寂しげに浮かんでいる。
池の中央には積み石を土台にした人工の芝生島が見えた。
柱と板が赤茶色のあずま屋も建っている。そり上がった屋根が水面に映り、うろこのように揺れた。
誰にも邪魔されないあのあずま屋で、考えろと言うのか…
ヤギョンは渋々ながら、黄色い水仙の咲き乱れる水辺から舟を漕いで、一人、人工の島へと渡っていった。
2010/12/19
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月8日木曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...