鍛冶屋の近くに谷がある。小さい麦わら帽をかぶって、荷物を背負ったその男は、サチョに道を尋ねられて、真っ直ぐ指を差した。サチョは石橋から男に教えられた通りの道を進んで、やがて小屋を見つけた。
わらぶきの軒下に、たきぎがぎっしり組んである。裏庭には小さな縁台が置かれていた。
垣根を開けて庭に入り、格子ドアに向かって声をかけたが、中から返事はない。
夜、今度はお忍びのサンと一緒にその家を訪ねてみた。
サチョが家の表に回って住人を探している間に、サンは裏庭の縁台に目をやった。洗い終わったたくさんの筆が、夜風にさらされていた。
ソンヨンが触れたに違いないその筆を手に取って、サンの期待はぐんぐん高まった。もうすぐソンヨンに会える・・・
サンの背後から男が忍び寄ってきた。男はこん棒を構えていた。
ところが男が棒を振りあげた瞬間、サンは素早く身をかわして、手首を捕り押さえた。
サンは、棒をぽとりと落してジタバタしている男の顔を間近で見てハッとした。それからニヤリと笑い、急に男の手を放してやった。
手が自由になった男は、途端にサンの首根っこをつかんで縁台に押し倒した。
しかし数珠がだらんと垂れ下がった帽子を被ったサンは、ニヤニヤしたままだ。
「やつらの一味か?!」
テスは言い放った。ところがサチョと叔父が大慌てでテスを後ろから取り押さえた。
「俺たちに会いにわざわざ王世孫様がおいでになったんだ・・・」
パク・タロは、ヒソヒソとテスに説明した。
テスと叔父のパク・タロは、ハハーッと亀のように地面にうずくまった。
サンは、指先を地面にぴったり揃えたテスの手を握りしめて、目をきらきらして、ソンヨンはどこにいるのかと早速聞いた。
ところがその途端、テスと伯父さんは、何か急に困ったように顔を見合わせた。
テスが最後にソンヨンを見たのは、画材道具をリヤカーに積み込んでから、叔父さんと一緒に行商に出かけようとしていたときだった。
庭で2人を見送ったソンヨンは、まもなく画員のイ・チョンに呼び出されて、あるお屋敷へ向かった。
イ・チョンは、その屋敷で女主人の肖像画の仕上げに取りかかった。助手のソンヨンは、その間、暇になって、一人で裏庭へ散歩に出て行った。
「そこの者。こっちへ来なさい・・・」
足場の悪い石段の辺りで、誰かが急にソンヨンを呼び止めた。
両開きになった大きな台所の扉から、若くて美しい女性が、ソンヨンに手招きをしていた。その高貴な感じからして、この屋敷の娘に違いなかった。
台所の中には、釜の湯気が立ちこめていた。壁にたくさんの用具が吊り下がっている。
高貴な女性は、短い脚のついた厚いまな板の上に、花模様の絹布を広げて、梅雀菓というよじれたお菓子の見本をソンヨンにみせた。これを作るのを手伝って欲しいというのだ。
ソンヨンは、さっそく粉に色を練りこんでから、2色の生地を重ねて細長く切った。その細長いのに2箇所ずつ切り込みを入れ、片方の穴にもう一方の端を通して油であげた。
六角形の器に、やがて鮮やかな菓子が並んだ。
高貴な女性は、その出来栄えにすっかり感心したらしく、おまえを雑用ではなく、奥女中にするよう母上に話しましょうと言った。
ソンヨンが、わたしはこのお屋敷の下働きではなく、図画署から来たのだと説明すると、「まあ。悪かったわ。てっきり新しい女中かと・・・」と、申し訳なさそうに謝った。
その屋敷を出たきり、ソンヨンの行方がわからなくなったのだ。
一方、高貴な女性は、その後、実家での療養を切り上げ、大慌てて宮中に戻った。
夫の一大事を聞きつけたからだ。彼女はサンの妻、嬪宮だった。
「どうかお聞き入れを! どうかお聞き入れを!」
王様は、講堂の一段高い座敷から、一斉に頭を下げる大臣達を眺めていた。
大臣らの訴えによると、昨夜、王世孫は宮中を抜け出して、勝手に兵を動かしたらしかった。止めようとする従事官をついには刀で脅したという・・・
サンのおかしな行動がまたはじまったのか・・・?!
王様の目は険しく、怒りに満ちていた。口に出すことは何もない。
突然ふらりとサンが講堂に現われて、大臣らの視線を浴びながら王様の目の前に座った。
王様は鋭い目つきでサンを見おろした。そもそもサンをこの講堂に呼んだ覚えすらない。
「王様、昨夜、わたしは盗賊を捕らえました。先日、貢物の白布を盗んだ一団です。私を陥れようとする朝廷の重臣達がその背後にいるようです。ですから誰がいるのか、捜査する権限をわたしにお与え下さい」
サンは決意のこもった口調で言った。
王様は驚いて思わず身を乗り出した。ざわめく大臣たちの中には、サンの処罰が失敗に終わったことを予感して、互いに目を合わせる者もいた。
サンが白布事件に関わったゴロツキらを捕まえたのは、昨晩のことだった。テスの話によれば、そのゴロツキらが、途中で一味から抜けたテスを懲らしめてやろうと、ソンヨンの誘拐を思い立ったらしい。
多くの盗賊は、昨晩のサンの挙兵によって逮捕された。しかしその一部は逃げてちりぢりとなり、ソンヨンと共に姿を消したのだった。
サンの祖父、ホン・ボンハンはホン・イナンを見舞った。ホン・イナンはサンの大叔父にあたる。
白い着物姿のイナンは、寝床から半分、体を起こして言った。
「医者が言うには糖尿病のようです・・・」
しかしボンハンが去ると、イナンは急に黄色い着物に着替え、庭園へ回った。
そこにいたのは、赤い大輪の花をなでながら、薄っすら笑みを浮かべたフギョムだった。
「丹精にお育てですね。この季節に花が咲くとは・・・。しかしケイトウは裏庭にひっそり咲くのが似合いますよ。この際植え替えてはいかがですか? あの方が返答をお待ちです」
イナンは、苦々しくノドを詰まらせて考えた。
そう。サンから、あの方へ乗りかえるべきなのか・・・? 確かにその方が良さそうだ。全ての状況がそれを証明しているのだから。
その証拠に王様の重臣の中で、最も力を持つ男でさえ、あの方の側だ。
「今度の会合には、あの方もおいでになる。だが相当ご立腹のようだ・・・」というのは、その最も力を持つ男が、先日、漏らしていた言葉だった。
夜の更けた道を、一台のコシが足早く進む。四つ角の支え棒を8名の男達が担ぎ上げ、前後に護衛兵と一人の侍女がついていた。土をじりじりと踏みしめ、やがてコシはタイマツを掲げた丸木橋を渡った。その先には訓練場がひらけている。
ここには夜がないようだった。丸太棒を腕でたたき割り、火の上を飛び越える兵士の荒々しい声が響いた。ヤリや銃も十分なほどに行きわたり、矢の的も並んでいる。
太鼓の合図は、訓練場にコシが到着した知らせだった。金色のコシの屋根が、整列した兵士の間をゆっくりと通り抜け、フギョムの前で止まった。
フギョムは、コシからおりたあの方を、長い石段の頂上に建った屋敷の中へとエスコートした。
会合に集まっていた者達は、あの方が姿を現すと、一斉に立ち上がって会釈した。その顔ぶれのなかには、王様の娘ファワンの他に、ギリギリまで仲間に加わることを迷っていたホン・イナンの姿もあった。
あの方は、かなり不機嫌な顔で上座へ座った。それは王様の正室、中殿だった。
2008/12/17更新
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月9日金曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...