ただ役所の移転にしては、この土地は広すぎる。ところが都の南に通じる新たな道を作って、都の民をここに移住させるとしたらどうだろう…?
サンは水原に商業と農業が共存する新しい都を作るつもりだったのであった。
そうした計画を明かされ、パク・チェガは急に不安になった。
今まで漢陽を基盤に利権を得てきた両班が、きっと反発して来るに違いないと思ったのである。
サンの毎日は、とてつもなく忙しい。
ナムは王様の顔色がすぐれないのが、どうも気がかりだった。でも心配したところで何になろう? 王様は仕事熱心で、止めることなど無理なのだ。
奎章閣に向かう途中、サンは物音に足を止めた。
役人たちが2人がかりで一番下の段だけ扉がある飾り棚を運び出している。上二段にのせた風呂敷包が傾かないよう1人がゆっくりと後ろ向きに歩いた。また縁側の隅では別の男が、黄色い風呂敷を抱えて石段を下りてきた。
主のいない古い椅子が庭に3つ寂しそうである。頑丈な正方形の椅子や、藤色のニスを塗った椅子、木の肌の見える椅子、それらを運び出す音がしめやかにカタカタと鳴った。
「もう東宮殿のものを片付けているのか」
「はい。王世子様の葬儀から10日たったので撤去礼が下りましたので」
ナムが肩越しに答えた。
王子ヒャンが、発疹と高熱がもとで亡くなってから10日が過ぎた。
サンはその間も普段通り政務をこなしてきた。それはいまだにヒャンが死んだ事実が信じられないからでもあった。だが今、目の前ではこうして王子の私物が片付けられている。
庭の隅へ追いやられた家具にゆっくり近づいてみると、毎日のように練習していた千字文と弓がのせられていた。
サンは弓を握りしめた。そうしてあぁ、やはり息子は死んでしまったのかと思った。
弓に巻きつけた糸から、幼いもみじの手の感じが伝わってくるようだった。
サンの政務は相変わらずの多忙をきわめた。
水原よりヤギョンの自室が何者かに荒ら探しされたとの一報が入った。
水原にはレンガの生産を急ピッチで進めようと、大勢の職人が集まっている。スパイはその職人の中に潜んでいたようだ。
サンは水原だけでなく、宮殿内の警備も強化して数の足りている熙政堂から演慶堂へ兵士を移すことに決めた。
興味深いのは、逮捕後に拷問へかけられたスパイが、自分たちのボスが老論派の逃亡犯ミン・ジュシクだと自白した点である。
レンガを作る一帯には、わら屋根が目立つ。建物は土壁や障子つきの他に、ガレージ風なのもあった。
作業に借り出された女らは、板の上にレンガを一列に干した。その脇を役人がリヤカーをひいてあがる姿も見える。
みすぼらしい男が、軒の高さほどに盛った赤土をスコップでかき崩した。土はこれから細かい網のふるいにかけられるのだ。
別の男がロープにつなげた板を踏むとカマが自動的に高く持ち上がり、足をはなした瞬間、振り下とされ、わらが切断される。この仕掛けを使って土と水に混ぜ込むのに良い長さに、どんどんざく切りにしていった。
泥土を素足でこねているのは、ヒゲずらのがっしりした細い男だ。これにはかなりの力がいる。男は天井の真ん中に渡した棒につかまってはジャンプして泥土を踏んだ。
練りあがった泥は、別の男がスコップですくいとり、マス型の組板に満タンまで流し込む。
表面を平らにならしたあと、ひっくり返し型を外すと、刃物で切ったように美しい四角形のかたまりが短い脚のついた板に残った。
レンガは最終的に壺をねかしたような土の大窯で焼いていった。
窯の入口は肩の高さほどもあり奥もずっと深い。雨風をしのぐため窯1つにつき、わら屋根のガレージ1つがあてがわれた。
サンは視察に訪れた際、黒っぽいすす色に焼き上がったレンガのサンプルを見せられた。
「これが黄土を混ぜて作ったレンガです。強度もすぐれています。これを華城の築城にお使いください。城にレンガを使うのは一般的ではありませんが、清では城はもちろんのこと民家を建てる時も使うのです」
とヤギョンはうっと唸りながらレンガを抱えあげた。
「石は採取と運搬が困難なうえ、時間と費用がかかります。劣化の早い点も問題です」
とパク・チェガら検書官は、従来の工法の問題点を指摘した。
「だがそれほど強度の高いレンガを作る技術があるのか」
「それについてはご心配及びません。私が作ったレンガ工房では、すでに開発を進めているところです」
ヤギョンは自信たっぷりだった。
後日、出来あがったサンプル品を、さっそく腕っ節の強い兵士に金づちで破壊させたところ、どんなに絶叫をあげ力まかせに金づちを振り下ろしても、レンガは割れるどころか、硬くて台の上でぼんと跳ねあがったのだった。
このレンガは華城の築城の際に石と併用して使われることになった。
わざわざお忍びで呼ばれた町医者は、ソンヨンの脈診をみて、だいたいの病状がのみこめた。
「どうだ。正直に話してくれ。私の病は肝硬変なのか?」
ソンヨンは勇気を奮い起して聞いた。
医者は背をしょんぼりと丸めた。そうしてソンヨンが病名を言い当てたことに恐れ入りながら、そうだと認めた。
自分で医学書を調べて見当はついていたものの、いざ宣告されると、さすがにソンヨンもがっくりきた。しかしまだ尋ねたいことがあったので再び気を入れ直し、
「これから…どれくらい生きられるのだろうか?」
「それは何とも断言できません。温白元という良い薬がございますから、快方に向かう可能性もありますし…」
「いや、薬は飲まない。温白元は毒性の強い薬だ。飲めばお腹の御子を失うかもしれない。私が知りたいのは薬を飲まずに、どれだけ生きられるかだ。答えてくれ。お腹の子を産むまで私の体はもつのか」
「もつかもしれませんが、すでに痛みの症状があるかと思います。薬を飲まなければ、さらに耐えがたい苦痛が続くでしょう」
医者の言うことは本当だった。
そのあと息がとまるほどの激痛がソンヨンを襲ったのだ。痛みが引くまで一人で堪えながら、ソンヨンには急きょ決断が迫られた。
宮殿をしばらく離れ、静養先でお産をしたいと申し出たのである。
宮中にいて御医の診察を受ければ、王様も病気を知るところとなる。そのうえ赤ん坊を産むと言ったら、きっと止められてしまうだろう…
そんな秘められた事情を知るよしもなく、恵慶宮は深い同情をソンヨンに示した。
「王世子を失ったのです。その気持ちは痛いほどわかりますよ。お腹の御子のためにもそのほうがいいでしょう…」
夜のうちすぐにも出発することになって、庭へコシが用意された。
見送りに来たサンは、ソンヨンの小さな両肩をわしづかみし寂しそうに微笑んだ。出産まで4か月ほどの別れになると信じているようだった。
その力強い手に勇気づけられる半分、行くなと言っているようにソンヨンには思えた。
ソンヨンがコシへ乗り込んだタイミングを見計らい、チョビが金の折れ扉をパタリとおろした。
前後左右の役人8人が角材の取っ手をかついで立った。ベルのような金の屋根がゆっくりあがり、灯篭をさげた女官、風呂敷を胸に抱いた女官がついて歩き出した。数人の槍兵のあと、赤服兵のかかげるタイマツの火が後ろに伸びた。
一行は宮殿を出て、静かな闇の通りを抜けた。
輿の窓に八角模様の障子がついている。ぼんやりと赤色に透けたその窓は閉じられたままだ。
中ではソンヨンが人知れず唇を噛んで泣いていた。
激しい痛みや、一人で産むことや、もうすぐ死ぬこと、そして王様との別れが何よりも悲しかった。
中軍パク・テスがお目通りを願っているとナム尚膳が伝えにきたので、こんな夜中に何事だろうかとサンは思った。
話によると、テスはソンヨンの病状がどうも心配でたまらず、町医者の家へ押しかけ、病状を聞き出してきたらしい。
サンは今ならまだ間に合うと判断し、すぐさまテスを含む壮勇衛5名を送りだした。
ソンヨンは王命を受け、その夜のうちに宮殿へ引き返さざるを得なくなったのである。
宮中へ戻ったものの、診察をこばみ続けるソンヨンに周りは苦労した。
途方にくれた顔で御殿の前に立ち尽くす御医から薬の盆を受け取り、サンはとうとう自らソンヨンの部屋へ説得に入っていった。
御医によればすでに病はソンヨンの体をむしばんでおり、回復は極めて厳しい状況という。
そのわりにソンヨンは普段通りしゃんと座り、まるで罪でも犯したように後ろめたい目つきでサンを迎えた。泣いていたのか病のためか目は真っ赤であった。
サンはソンヨンの心と向き合うように目の前へ座り込んだ。そうして煎じ薬を差し出すと、ソンヨンは言った。
「王様、王世子が亡くなった夜、夢を見ました。あの子が私に戻って来ると、そう言ったのです」
子供を産むことへのソンヨンの覚悟は、サンにも痛いほどよくわかる。
それでも厳しいこの現実がどうにももどかしくてならない。
どうしてこんなことになったのか…
「生きてくれ。一生そばにいると約束したではないか」
説得に来たはずのサンは、ソンヨンの前でうちひしがれ、むせび泣いた。そんな夫のことも自分以上にあわれに思え、ソンヨンはサンの首を抱き寄せて一緒に泣いた。
2010/1/15
韓国ドラマイ・サンのあらすじサイト。1話~77話(最終回)までと各話ごと揃っています。ネタばれ率100%!小説風に書いているので、ドラマと二度楽しめます。
2017年6月7日水曜日
韓国ドラマイ・サンとは
時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...
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政治シーン 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。 むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです...
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王子は目の高さで紙を持ち、背筋をまっすぐにした。1枚読んだら卓上机に重ね、また次の1枚を手に取る。 上奏文や巻物、書物の山は小さな王子をうずめてしまいそうだ。 それでもまだ父上の質問に対する答えが見つからなくて、気分はどうもマンネリになってきた。 もう3日も食事をしていない...