2017年6月7日水曜日

イ・サン74話「最後の肖像画」

サンはジェゴンと水原へ行って、ヤギョンら検書官のいる築城現場に立ち会った。
切り石の城壁は半円形で、二重構造の壁。その底はかなり深い。
職人らは内壁と外壁の間の通路に立って、最上段へ切り石を1つずつ積み上げた。半円形の直線部分の道にあずま屋が建ててある。獣と鳥の混じった絵柄の旗が頂上で力強い風をまともに浴びて、ひるがえった。
この城壁から作業場の全景が見渡せた。山と丘がすぐ迫っていて、地上ではザルや樽など頭にのせた婦人が歩いていく。木づちを肩に抱えた労働者や、切り石を運ぶ棒を2人で担いだ役人らも見える。
筒型の壁に沿って丸太の足場が竹林のように組まれ、上まで荷物を運ぶのには、板の道か丸太の階段が使われた。
白い前かけの作業員が背負子に切り石を3つのせて、足場の途中に作った踊り場へと運んだ。
下にいる役人は2人かかりで、しゃがみ込むほど力を込めて巨大な糸巻きハンドルを押し下げた。すると7つのハンドルが回転して荷物がロープで引き揚げられていく。押したらまた立ちあがり、ハンドルを回す作業を繰り返した。
石工や木工職人の賃金は4両2文、日雇いの人夫は2両5文だった。賦役と違って、民にはちゃんと賃金が支払われる。おかげで城壁工事の遅れをのぞいて、だいたい予定通り進んだ。

「奇器図説」を参考にしたヤギョンの試作モデルを見ようと、サンは部署へ移動した。
「想像以上に大規模ですな」
ジェゴンは期待を込め、運搬クレーンの出来栄えに目を細めた。上から足元まで10本のロープが川の字に伸びた巨大な仕掛けだ。
丸太を井の字に組み、てっぺんからロープが吊ってある。内訳は鉄の滑車つきロープが4本と滑車なしが2本で、一番外側に装着したものが、この仕掛けそのものを支えるように両側のハシゴに結びつけられていた。
「滑車を固定しないことで、2万5千斤の物を40斤の力で持ち上げられます。この機械を挙重機と名付けました」
「ではなぜすぐに城壁の工事に使わない?」
とサンは自分でその理由を確かめるべく、ハシゴに結わえたロープを1本、引き下げた。次の瞬間、ふわりと足元から宙へ持ちあげられた枕木は、バランスを崩したように大きく傾いた。
サンはしばらくロープを上げたり下げたりしてみながら、やがてガッカリしたように手を放した。ロープがスルスルと滑車から滑り、枕木はぷらんと水平に戻った。
この滑車の問題点がわかったのだ。
両側から同じ力で縄を引っ張らない限り、これでは重心が崩れて石が落下してしまう。
安全に作業するには荷物を水平に保つ工夫が必要であった。

町におふれを出してからというもの、宮中にはソンヨンを診察しようと、はるばる遠くから医者がやって来るようになった。
なかには肝硬変の患者を実際に治したことがあると主張する医者もいた。
しかしやはりその医者さえも、サンが解雇した医官らと同じように、診察した後には手の施しようがないと頭を垂れるのだった。
もはやソンヨンの回復は、サンの悲願であった。
サンは自ら医学書を読んだりもした。そこには首から膀胱まで内臓の正面と背面が描かれ、臓器の名称と一緒に説明も添えられてあった。
1つ前にページを戻すと、こちらの方は横向きの人体図で、長い背骨に沿って肝と腎、肺、心臓、脾臓、胃、大腸などが明記されていた。
清から戻った通訳官の話では、そこには西洋医術で肝硬変を治した医者がいるらしい。
噂に聞くばかりで実際には誰もこの国で治療を受けたことがないのだから、ソンヨンに試すには大きなリスクがあるだろう。
そのうえ明日にでもソンヨンが息を引き取るのではないかと思うと…
あれこれ考えれば考えるほど、サンは苦しかった。
その後、王命を受けたテスは、一瞬も馬を休ませないで清へ向かった。
「私が知るところ西洋の医術は体を刃で切り裂き、臓器をくりぬくなど残忍極まりない治療を施すそうです」
清から医者を連れて来ることに対して、最後まで難色を示したのは年老いたジェゴンであった。

テスが清から医者を連れて帰るまで、時間が長く感じられた。それはサンだけではなくて、テスの叔父パク・タロも同じだった。
宮中での仕事など、どうせ手につかないのだからと、たわら型のカバンを背中に垂らし、パク・タロはテスを迎えに旅へ出たのである。上手くいったら王様の親衛隊より早くテスに遭遇するかもしれないと思った。
そうして山へのぼり、草野の丘から遠くを眺めていたパク・タロは、鼻筋に白い線の通ったテスの栗色馬を誰より一番先に見つけた。
親衛隊の早馬が医者の到着を知らせようと、赤い三角旗を背中に立て一足早く宮中へ突っ走った。
かなりの名医がテスの後からついて来ており、間もなく都入りするというのだった。

太いおさげ髪を布団に寄り沿わせていたソンヨンは、寝間着を脱いだら少しは調子がいいだろうと思った。それで普段通り編み髪を後ろでまとめ、リボンを胸のところで結んだ。
それから芙蓉亭へサンを呼び出した。
お供を大勢つれて来たサンの前で、ソンヨンはすでに絵を描く準備を整えていた。楼閣の広々とした板間に、チョビが女官と用意した下敷きや紙、筆、絵の具皿などの画材が揃えてあった。
「これは私のかねてからの夢でした。おきてでは王様の肖像画は画員が描くものですが、日々深みを増す王様のお姿を心に焼きつけたいのです。どうかお許し下さい」
「肖像画なら病が治ってからにしても…」
こんな風のあたる楼閣で絵を描くなど、ソンヨンの今の状態ではとても無理な話だった。
「絵を描くことで病と闘えるような気がするのです。それにもう一つだけお願いがございます。今後何があっても絶望せず、必ず乗り越えてみせると。どうか王様。私のためにそう約束してください」
「わかった。そなたの願いは私が叶えてみせる…」
あまりソンヨンが必死なので、サンはソンヨンと一緒に乗り越えようという気持ちで誓った。

ソンヨンはさっそく王様の肖像画の製作に取りかかった。
デッサンを終えると、1本ずつ眉へ葉脈のような細かな線を入れていった。
顔全体には肌色をさっとつけ、まぶたに薄い赤をのせた。
楼閣で線書きの下絵をして、色塗りは夜、部屋へ戻ってからした。作業中ずっとお守り代わりのように、金ボタンが2つ付いた王様の腰ひもをそばに置いた。それは子供の頃、王様が自分のをほどいて怪我をしたソンヨンの包帯として使ったものであった。
日が経つにつれ、ソンヨンの脈はだんだん弱くなっていった。
それでも深く色を重ねた肌が仕上がった。赤い衣と黒の烏帽子も描けた。きなりの下地に白い襟を塗り、筆先で3度ずつ点をおとして目の焦点を丸く整えた。
絵の中の王様がしっかり前を見つめた。引き締まったピンクの唇から今にも話しかけてきそうだった。
肩にかけてウロコ状の紋様を明るい黄色で塗り重ねていたとき、徐々にさわさわと風がたち始めた。床に流れるソンヨンのスカートが余震のごとく波立ったかと思うと、急に龍が通ったように楼閣の中を風が1本吹き抜けた。
若い女官たちの頭のリボンや胸帯、スカートが真上へバタバタはためき、王様の帯が房ごと引きずられて、すっとどこかへ吹き飛んでいった。

チョビは女官らを動かして、慌てて帯を探しに行った。
階段ブロックになった花壇へあがり込んで、葉や低木、大きな黄色い花など掻き分けて根元まで探した。そのうち楼閣に残してきた女官が泣きながら、宣嬪がいつの間にかいなくなったとチョビに報告した。
女官らはブロックに草の生えた土手を行ったり来たりしてソンヨンを捜した。内官らは高床式の楼閣の谷底まで下りていった。
楼閣の外掘に岩を敷き詰めた1本の道がある。サンはその道の外れへと入った。オレンジのコスモスに誘われるうち、道はだんだんと寂しく先細り、ついには消え果て土手になった。
その土手にソンヨンが倒れ込んでいた。そこから横に今も皆が必死になってソンヨンを探している楼閣が望めた。
「ソンヨン、しっかりしろ。ソンヨン!」
サンはソンヨンのぐらつく首を押さえながら、手のひらをぴしゃりと頬にあて揺り起こした。
するとソンヨンが死んだように真っ白な顔で、うつろに目を開いた。
「申し訳ありません…。私は先にヒャンのそばへ行かねばならぬようです。でも悲しむことはありません。泣かないで下さい。幼い頃からの王様への想いを置いていきます」
「テスが清から医者を連れて来たのだ! もう少しの辛抱だ。もう少しだけ耐えてくれ…!」
「王様…これを探していたのです…」
ソンヨンは握っていた帯を見せた。
それきり力が抜けたように、急に腕の中へと落ちたヨンソンの頭を受けとめながら、サンは密かに驚いた。
ソンヨンはとうとう死んでしまったのだ…
後ろから様子を見ていたナム尚膳には、そのとき王様が亡きソンヨンを胸に抱え込えたまま、もう手放さないんじゃないかと思うほどに、その悲しみが伝わってきた。


水原府の城が完成間近となり、サンが正式な発表を下した。便殿に集まった大臣らが恐れ、危機感を募らせたその内容とは、以下の通りであった。
「水原府を格上げし、朝廷の機能を分散させる。築城中の城郭は華城と命名する。直ちに水原に移す部署を選別せよ!」

2011/1/23

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...