2017年6月7日水曜日

イ・サン75話「華城への行幸」

巨大な糸車がロープを巻きあげていく。5つの滑車に平行に渡した鉄棒と、そこからつり下げられた鉄の鎖によって、人間ほどの大きさもある切り石がゆっくりと引きあげられた。
ヤギョンの改良した挙重機は水原の築城現場へ設置されて以来、大活躍をみせている。
でも城壁が高くなればなるほど、重臣らの不安もいっそう高まった。
「王様、恐れながらそれは荒唐無稽な計画です。水原は片田舎ですぞ。都の民を移住させ田畑と家を与えるだけでなく、官庁まで分散させては国の中心が変わります」
ソクチュは唇を震わせ抗議した。
「確かにそうなるだろう。何か問題でも? 完成次第、母上の還暦祝いと亡き父上の祭祀も華城で行う。名言しておくが、いかなる抗議があろうともこの決定は決して覆らない」
サンの平然とした態度は挑戦的だった。
都で甘い汁を吸ってきた老論派への宣戦布告なのはあきらかだ。
重臣らの中には、王様がこの先、遷都すると言い出しかねないだろうとの声もある。そういうのを聞いていて、ソクチュにはそれが大げさな噂話だとも思えなかった。
ソクチュの足は必然と大妃の部屋へと向いた。
こうして度々、大妃に相談する回数が増えてきたのだ。
「水原の城が着々と完成に近づいているようだな」
「大妃様。我々はこのまま手をこまねいているのですか…?」
「いや。恐らく今度が老論派の生死を賭けた最後の戦いになるだろう」
準備を着々と進めてきたのは、何も王様ばかりではない。大妃の豊富な情報源は、密偵、五営軍の上官、王様が武官2千名を登用した際に潜り込ませた私兵たちによる。
そしてその私兵の訓練を一手に引き受けているのは、指名手配中のあのミン・ジュシクであった。

頑丈なかんぬき門の隅っこに、酒と書いた小さな灯篭がぶら下がっている。庭には客どころか店員さえ見当たらない。せめてもの救いは温かな湯気があがっていることだ。月夜の光が縁台まで届いて、長屋から漏れる明かりが上り口の石を照らした。
タンスにせんべい布団が3枚。ソクチュはこの部屋でジュシクと密会した。
2人の他に五営軍の上官2名の姿もあった。一人はえびす顔だが抜け目のない目をし、口の周りに細ヒゲを生やしている。王様の暗殺計画の成功をどうも疑っているようだ。もう一人の男も困ったような顔でそわそわしていた。
「しかし壮勇営は精鋭部隊ですよ。彼らを突破できるでしょうか…?」
「準備は万端だと言ったはず」
とミン・ジュシクは少しイラっとした。自信があるようだ。
「大丈夫だ。きっと成功する。すでに五軍営の兵士たちにも手を回してある。失敗するはずがない」
とソクチュも、ひそひそと2人を叱り飛ばした。もう迷っている段階ではないのだ。

執務室にジェゴンが築城の報告書を持ってやってきた。4600坪に及ぶ工事が30カ月で終わった。サンの口の端が満足そうにあがった。
「あの者を承政院の承旨に任命するつもりだ」
「え? 承旨でございますか」
とジェゴンは思わず重臣らの反発を予想して心配そうにした。
だがサンは当然のように「もちろん」と答えた。
経費が4万も節約できたのはヤギョンの作った挙重機のおかげだ。
行幸の準備も進んでいる。
恵慶宮の還暦祝に合わせ、準備に万全を期すように言って打ち合わせを済ませると、サンは築城の報告書をもう一度、味わうように読みはじめた。

五軍営の上官らが老論派の重臣らの会合に参加後、山へ逃走したとテスより報告が入った。
「会合を行っただけでは罪にはならない。私兵の養成所の存在も疑われるが、証拠がない限り摘発は不可能だ。壮勇営は行幸の準備で忙しい。兵士を数人選抜し、彼らの追跡に当たらせよ」
サンはむしろこのことを予想していたかのように的確な指示した。そばで聞いていたナム尚膳は眉を潜め、ひょっとしたら敵の裏をかく極秘の作戦でもあるのだろうかと勘ぐった。

行幸は明朝の虎の刻に敦化門から出て、8日間の予定である。
特に夜間訓練は、壮勇営の威厳を世に示す絶好の機会となるため、大規模なものが企画されていた。
華城行幸で通過する24カ所の要所すべてに配置される見張りの分担は、以下の通り。
1班 敦化門外
2班 鐘桜
3班 崇礼門
4班 右隅
5班 蔓川
6班 鷺梁
7班 方背

出発当日の顔ぶれには、金のうろこのような鎧に身をまとった禁軍別将チャン・テウ。ソクチュら重臣一同らに加え、ジェゴン、ナム尚膳の姿があり、この他にパク・チェガ、ヤギョンら検書官の一員と、図画署のパク別提に署員と茶母らが、道中を記録に残すために同行した。

野次馬たちは、わざわざここまで見に来たという感じで、なかでもパク・テロの妻である女将は、「これだけの人が行くなんて華城は大きいんだねぇ」とさっきから感心ばかりする隣の奥さんに向かって、
「漢陽にも負けないってうちの人は言ってるよ。ところでうちの人はどこかね? 小さくって見えやしない」
と亀のように首を伸ばし、いつまでも城壁の前を通過する長い行列を眺めた。

20本の軍旗がまとめて通過するなかには、玄、武など一文字だけの旗もある。人々の目に最も焼きついたのは、壮勇軍司命と堂々と書かれた旗だった。
鼓太鼓、平太鼓、ラッパ、ミニシンバルなど黄色い衣装の楽器隊員が通過し、テスら親衛隊に王様、重臣、恵慶宮をのせたコシに続いて、首まですっぽりベールで顔を覆った貴婦人たちの乗った馬が役人に引かれて目の前を行った。
銃兵50人のあとは、大きな盾ばかりが行進し、次は槍兵ばかりが続いた。矢を納めた筒を肩からさげた弓兵は各自の馬を操った。
ところどころ行列の切れ目になると、鹿の旗や玉に長い房がついた旗などが間に入った。

やがて一行は高い石垣のある広い土手までやって来た。ここにも野次馬が大勢あつまっている。旅の途中の者も近くに住む者も、皆ぺたりと地面に頭をつけてひれ伏し、まるで草むらに尻と荷物が浮かんだように見える。
テスら親衛隊が馬から下り、手綱をくるりと引いて後ろへ逃げた。王様が景色をよく見渡せるようにしたのである。
入江からの波が穏やかな線を描いて無限に広がり、その行きつく先に山々が見える。
その山へ向かうように真っすぐ走る橋を眺めて、サンは思わずニヤリとしたのである。
川岸まで板の道が見事に一直線に伸びている。しかしよく見ると道の下には小船が隙間なく浮かんでおり、船尾に取り付けた糸車から、水中へロープが張られているのだった。
丸太で作った手すりが弓なりの影になり、すべての舟の前後で旗が舞った。

見事な浮き橋を通過した一行は、その後、無事に水原城へ到着した。
中陽門からいよいよ広場への入場である。
この記念式典のために、女官らは相当の量の昼食を準備した。
平たい鍋を庭に出し、太モヤシをしっかり炒める女官もいれば、山と盛られた瓜をスライスしては、ザルに放りいれる女官もいる。瓜の次にはリンゴ、大根、ジャガイモ、人参、菜っ葉が待っていた。
出来あがった大皿料理は、一人用の膳にのせられ、次々と運ばれた。

本格的なスケジュールはまだ明日からだ。
まずはサド世子が眠る顕隆園の墓参、夕方申の刻には龍珠寺で住職に会う。
ソクチュ、戸曹判書、刑曹判書、刑曹参判など重臣は、この間、宿場にて待機の予定だった。
その後、城に戻って、夜間訓練がお披露目される。

警備態勢は以下の通りである。
顕隆園の警備は五軍営と壮勇営のみ。
龍珠寺での王の護衛が少人数の禁軍というのがポイントだろう。
龍珠寺の外郭は五軍営。
ただし壮勇営は、一足遅れて顕隆園から龍珠寺へ移動した後、王様と合流する。
龍珠寺での警備場所については不明。

これに対し、同時進行しているソクチュの極秘計画は以下の通り。
五軍営から集めた兵士は合計500人に及ぶ。
ただし王様暗殺を実際に仕掛けるのはジュシクの部隊である。
暗殺は寺で行う。
※壮勇営が墓参りの後、顕隆園に居残りしている隙に実行する。

ソクチュは慎重な性格であった。だから生死を賭けたこの戦いに、万一、失敗したときの策を事前に練っておこうと思ったのだ。

ジュシクとその一味が逮捕されたとの一報が入ったのは、サンが3人の僧侶たちと談話をしていた際のことだ。
この日、サンは悲願だった夫の墓参りを済ませた恵慶宮と別れ、予定通り龍珠寺を訪れていた。
手薄な警備と見せかけ、実はテスら壮勇営が敷地に潜んでいたとは露知らず、ジュシク一味はまんまと罠に掛ったのである。
農業技術の師匠であった奎章閣の直提学の殺害および検書官襲撃事件の容疑者だったミン・ジュシクは、ようやく逮捕された。
その共謀者であるソクチュ、戸曹判事ら大臣は、素早く宿場から行方をくらました。

あんな騒ぎがあったのでは、今晩の夜間訓練は延期した方がいいというジェゴンの心配をよそに、サンの強い希望で壮勇営のお披露目がされた。
国中に威厳を示すこの重要なイベントは、もちろん図画署の記録画にも残される。
パク別提は、行幸の間に書きためた記録画を整理するよう図画署のメンバーに指示を出すとともに、特に夜は作業しづらいから心得ておくようにと注意した。
と言うのも、演習のなかで敵軍の侵入を防ぐのに四方の火がすべて消される瞬間があるからだ。
ミン・ジュシクを捕えたあとの現場は、いつになくホッとしたムードが漂い、そのため火についての話題は壮勇営の兵士たちの間にものぼった。
「火が再びともる光景は壮観でしょうねぇ。消えた瞬間は何が起きても分からないでしょうから…」


2011/1/30

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...