2017年6月14日水曜日

韓国ドラマイ・サンとは

時代背景
イサンは朝鮮王朝22代王です。
1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。
イサンの祖父である英祖は朝鮮王朝の21代王。英祖の政権は1724年~1776年までです。
商道のイム・サンオクや済州で活躍した女性の豪商キム・マンドクと時代が少し重なっています。(イム・サンオク)は1779年生まれ。またキム・マンドクは1739年生まれ)。この他に英祖の肖像画を描いた宮廷絵師キム・ホンドがこの時代の人物です。

視聴率
チャングムでお馴染みのMBCプロデューサーイ・ビョンフン監督による2007年9月17日~2008年6月16日の作品。9か月もの長丁場のドラマでした。
視聴率は初回14%だったのが、最終回近くには30%を超えています。最近のビョンフン監督の作品ではかなり人気の部類です。
月・火曜の夜10時の同じ時間帯では「王とわたし」を放送していて、当初はこちらに視聴率を食われました。それもそのはず「王とわたし」は25%も視聴率を獲得していたのでした。
ちなみに「王とわたし」は当時人気のオ・マンソクが宦官役で主演して話題となった作品です。しかし徐々に「イ・サン」の人気があがって、早くも7~8話には互角の争いとなりました。毎回僅かな差で「王とわたし」に軍配が上がっていましたが、20話に近づくにつれ形勢は逆転。「王とわたし」は徐々に視聴率が下がって14%台にまで落ち込みました。
63話で「王とわたし」が終了してからは、「イ・サン」の視聴率が60話を間近に一気に30%を超えました。 その後は最終回まで30%前後をキープし、有終の美を飾りました。






2017年6月13日火曜日

キャスト・登場人物

主なキャスト

イサン(正祖)…イ・ソジン
ソン・ソンヨン(ヒロイン)…ハン・ジミン
テス(男友達)…イ・ジョンス
重臣…チョ・ギョンファン
イサンの祖父(英祖)…イ・スンジェ
ファワン(英祖の娘)…ソン・ヒョナ
フギョム(ファワンの養子)…チョ・ヨヌ
イサンの母(恵嬪)…キョン・ミリ
ホン・グギョン(イサンの右腕)…ハン・サンジン
イサンの妻(孝懿『ヒョイ』王妃)…パク・ウネ
英祖の若妻(貞純『チョンスン』大妃)…キム・ヨジン



その他の登場人物名
恩彦君(ウノングン)…サンの異母弟 
完豊君(ワンプングン)…恩彦君の長男
王のおつきの内官…ナム・サチョ
テスの仲間の背の高い方…ソ・ジャンボ

 役職
ホン・グギョン(塾講師、都承旨、奎章閣提学、宿衛所隊長)

官僚
チェ・ジェゴン…
チャン・テウ…(領議政)
チャン・ギチョル(都承旨)
パク・チェガ

尚宮
キム尚宮…王妃(中宮殿)のおつき
チェ尚宮…水刺間担当






2017年6月12日月曜日

派閥について

政治シーン

 宮中の催事などを絵に記録する図画署が舞台ということで評判になった「イ・サン」ですが、チャングムみたいに物語の中心になっている感じはありません。

むしろ朝廷の闘争争いの方が印象に残りました。王様が主人公だけあって、トンイや馬医に比べて政治シーンが多いドラマです。

イサンのお父さんが米びつに閉じ込められて亡くなった事件も、その裏にはどうも政治闘争が見え隠れしている感じがします。

 ドラマにはいろいろな党派が登場して複雑です。 老論はこの時代、力の強い党派でした。対する少論は力を失っています。

老論はもとは西人だったのが老論と少論に分かれたものです。性格は老論は強硬派で、少論は穏健派です。 ドラマに登場するチェ・ジェゴンは南人派で、イ・サンの父思悼世子の味方の側でした。また少論派もそうです。

 南人はもとは東人で、南と北に分裂して出来た党派です。強硬派の北人に対して穏健派。 また思悼世子の義父ホン・ボンハンは老論派でも世子に同情的で、時派という勢力の中心となって南人、少論とも手を組みました。 やっぱりわかりにくいですね……


2017年6月9日金曜日

イ・サン2話「父の絵を見せたくて」

サンが再びソンヨンを見かけたのは、宮中のお堀のそばを通りかかったときだった。

「その手を離さぬか!」

サンに叱り飛ばされた先輩女官達は、ソンヨンの口から猿ぐつわを外すと、かしこまったように整列した。

ソンヨンは先輩女官達が、どうして慌ててムドクに頭を下げたのか、最初のうちわからなかった。
ムドクの後ろには侍従が数人立っていた。それにムドクは胸に大きな紋のついた紫の服を着て、マドレーヌみたいな形のふんわりした帽子をかぶっていたのだ。

「あんた、ムドクよね……?」

さっきまで先輩女官たちに羽交い絞めにされていたソンヨンは、ようやく自由の身になった。さらに改めてまじまじとサンを見るうちに、ようやくムドクの正体に気づいたのだった。

「王世孫様とも知らずに、ご無礼をお許し下さい!」

急にハハーッと深々とおじぎをするソンヨンを見て、サンの胸は痛んだ。
昨晩、時敏堂に入った者を、大逆罪とみなすとの王様のおふれが出ていたくらいだから、厨房に行ったきり、帰りがすっかり遅くなったソンヨンが何かしら疑われたのも無理はなかった。

サンはテスのことも気がかりだった。兵士に連行されて、大きな門の辺りで消えたのが、彼を見た最後だったからだ……


「王世孫様、服をお着替え下さい」

部屋に侍女三名が入って、暗い表情のサンに声をかけた。
侍女は棚の上の飾り箱から、金紋が入った紫色の服を取り出し、箱のフタを閉めた。
そのときサンは、ふと思いついたように飾り箱に注視した。
(もしやあの中に……?)
鹿やハスの花などの赤い絵柄がタイルのようにペイントされたその派手な飾り箱を、もう一度開けるように侍女へ命じた。
侍女は留め金具から鍵を抜き、美しい絹の衣装を何枚もめくると、底の方から巻物を入れた小箱を見つけて取り出した。

父さんがおじいさんに見せろと言っていた絵に間違いない。
絵は最初から自分の部屋にあったのだ……!


松林に立つ男と、男の背中に隠れた女……
彼らに気軽に声をかける男……

さっと確認しただけで、サンは絵を素早く巻きなおした。
雲従街への巡察の旅に出た王様に、一刻も早くこの絵を届ける必要があったからだ。

でもその前に、井戸の水汲みをしていたソンヨンのもとへ飛んでいった。
宮中の外へ出るのに、誰かに道案内して貰う必要があった。

ソンヨンはすぐにOKした。
ぶっそうな街へ、サンをいくらなんでも一人で行かせる訳にはいかないと思ったのだ。
世継ぎの息子でありながら、心配事を相談したり、頼ったりする仲間さえいないサンが、何だか気の毒なくらいだった。


約束を取りつけ御殿に戻ってきたサンを、サンの母親の恵嬪宮と母方の祖父、ホン・ボンハンが首を長くして待っていた。
と言うのもサンがあの夜、時敏堂に行ったことが王様にバレてしまうのが問題だったのだ。
ボンハンはすぐにも待機させていたコシにサンをのせて、逃げるように実家へと向かった。
サンだけでなく、旗を持った兵士のあとに恵嬪宮をのせたコシもいる。
その金色の屋根とサンを乗せた銀色の屋根に続いて、タンスや風呂敷、荷車が続く大掛かりな移動だった。
ハスの水田や田舎道を抜ける間、村人達が道をあけて深々とおじぎをする姿が各所で見られた。

やがて山道に入ると、オープンみこしの椅子に背中をもたれていたホン・ボンハンが後ろを振り返った。
どうした訳か銀色の屋根がいつのまにか見えなくなっている……

「用を足されているそうでございます……」

そばを歩いていた年配の侍女が説明した。

「そうか……」
といったんはホッとし、くるりと前を向いたものの嫌な予感に襲われた。
念のためコシを止めさせ、後ろにすっ飛んでいってみると、案の定、銀のコシの中はもぬけの殻となっていた。


ホン・ボンハンはそう頭の悪い男ではなかったし、ある程度の力も持っていた。
(恐らくサンは王様に会うために、雲従街に行ったのであろう……)

そう推察し急いで宮中へ戻る途中に、とある部署に立ち寄りかなりの数の捜索隊を派遣させておいた。
それとは別に、もう一つ気がかりなことがあった。

昨晩、時敏堂に行った疑いで捕らえられたテスという子供が、どうもサンの顔をはっきり覚えているらしい……
その事実をホンバンに伝えてきたのは、彼の部下だった。
さてどうしたものかと途方に暮れるホン・ボンハンの胸のうちを察したのか、部下が早口でささやいた。

「露見しないように直ちに手を打ちます。お任せ下さい……」

そのときホン・ボンハンは、あえて何も返事をしなかった。部下の言ったことが聞こえなかったわけではない。ただ何となく後ろめたいような気はするのだけど、この場合はやむを得ないと考えたのだ。



一方、コシから脱出したサンは、荷馬車のタンスに隠れていたソンヨンと合流した。
まずは庶民の服に変装しようと、二人であばら屋に忍び込んだ。
そこでソンヨンの腕から血が流れているのに、サンは初めて気づいたのだ。
すぐにも自分の豪華な帯をほどいて、ソンヨンの袖に巻きつけてやった。

それから近場の市場へ行って、今度は樽馬車の荷台に忍び込んだ。
その樽馬車の御者は、ちょうどヤミ酒を雲従街に運ぼうと、馬車を止めていたところだった。
城門の前は今日は特別、人でごったがえしていた。

なぜかと言うと雲従街に向かう不審者を、荷物の隅々まで調べあげるよう、おふれが出ていたからだ。

密造酒を隠している御者は、やむなく馬車を引き返すことに決めたようだ。

その後、かまどの湯気がもうもうと立ち込める密造酒工場に到着した。

そこにどういうわけか偶然にも、テスが監禁されていたのである。

すぐさまソンヨンが機転を利かせて、密造酒工場があることを役所に密告しに出ていった。
そうして工場が役人に襲撃されている間に、テスを連れまんまと脱出するのに成功したのだ。


雲従街の特設会場には、オレンジ、赤、青、黄色のカラフルな着物姿の役人達が、王様の両側にぞろりと並んでいた。
店舗の組合員達が、その正面に肩を寄せ合うように立って、窮状を訴えていた。

救済金を日照り対策に使い果たして、火災の分がきちんと店舗に行き届いてないという……

王様は別の官庁の財源を回すよう指示してから、ふと空を見上げた。

(日差しがやけに暑い……こう暑くては、立っているのも辛かろう)

日除けのある王様の席でさえ耐え難い。王様は急きょ集会を切りあげることに決めた。
一段落したところで、家臣から水の入ったボウルを差し出された。
王様はそれをいったん飲みかけたものの、無言で突き返した。
この暑さの中で、今も米びつに閉じ込められている王世子の姿が頭をよぎったのである……


サンがようやく雲従街に着いたのは、すでに特設会場の解体作業が行われている最中だった。
ミニサイズのわら帽子を頭にのっけた男は、今さらおかしなことを聞くねぇという顔で言った。

「暑いから王様が早めに切り上げられたのさ!」


すでに王様の一行は墓参りをするために、次の目的地へ出発したという。


シンバルやチャルメラ楽器隊の後を、長い行列がぞろぞろと進んでいった。
そのうち王様のコシがゆっくりと沈み、地面に着地した。

王様は耳を澄ませた。
遠くから鐘の音が聞こえる……
橋や門に設置された鐘を、むやみに鳴らすのは禁じられているはずだ。しかしその鐘の音は、どんどんこっちに近づいてくるようだった。


「お待ち下さい! お話がございます!」

手にぶら下げたドラを鳴らし、民衆の垣根を掻き分けるように走ってきたのはサンだった。

王様は孫を出迎えるために、コシから下り立った。

「なぜそなたがここにいる?! そのみすぼらしい格好は何だ?」

予想のつかない出来事だったので、つい口調は荒くなったが、幼い孫を心配する面影が、まだかすかに残っていた。


「王様、父上の絵をお持ちいたしました! 見れば誤解が解けると申しておりました!」 

「そなたの父が申しただと? いつ父と話を? まさか……まさかそなたが!」

王は驚いて声をあげた。

まさにホン・ボンハンの嫌な予感が現実のものになろうとしていた。


2008/11/1/ 更新



イ・サン1話「三人の約束」

宮中の大広場に集まった絵師達が、地面に大きな紙を広げて、祭りの様子を事細かく写生していた。

ある絵師は、広場の中央で華やかに舞う踊り子達を描いた。
絵の中の女は三つ網をウチワみたいに巻いて、造花や長いカラフルな布を高く掲げながら、くるくると回っていた。天女みたいなスカートを膨らませた様子が、そこには生き生きと表現されていた。

踊りの外側では、幾重にも四角く取り囲んだ重臣や兵士の姿がある。さらにその周りを黒い瓦屋根と赤柱の重々しい御殿が取り囲んでいた。

日よけの黄色いテントが張られた壇上席では、ヨジョン王と若い正室が満足そうに踊り子達の舞に魅入る姿がある。

ある絵師は金龍刺繍の赤い服と、えぼしを塗った後、少し白い毛が混じった王様のアゴひげを仕上げた。

また別の絵師は、長い棒を振り回して風車のように回る武士の集団や、小さいつばの帽子を頭にのせた火縄銃隊を描いた。


パンパーン!


地面に片ひざをついた火縄銃隊が一斉に、空中に銃を発射した。
辺りに白い煙が上がったところで、一列目の隊は素早く後ろに下がって、次の列と入れ替わった。
隊は王様の壇上の前へ足踏みで進んでいき、同じような射撃パフォーマンスをしばらく繰り返していた。
ところがあるとき突然、隊がくるりと王様に銃口を向けたのだ。

次の瞬間、王様のちょうど前にいた若い男の胸から血が吹き飛んだ。
側近達も次々に倒れていく。
火縄隊同士が激しく撃ち合い、そこら中に弾が飛び交うという一見しただけでは訳の分からない状態となった。
踊り子や絵師達が慌てて逃げ出した。
広場中で人々が逃げ惑う様子は、さながら蟻の大移動を見ているみたいだった。

王様は家臣達に守られながら広場を抜けて、岩造りの高い道を走った。その王様のあとを、剣を振り回しながら追いかける一団があった。

一団は王様の前に立ちはだかった。
その列の中から現れたのは、青い着物に金龍の鉢巻を締めた男だった。

男は王様を見据えた。
りりしい、そして恨みのこもった目で、世子サドが王の前で刀を振りかざしたそのとき、王は寝床から目覚めた。

ヨジョン王は真っ暗い中から、ゆっくりと体を起こした。
しばらくは動揺がおさまらなかった。
悪夢にうなされたのは今回が初めてじゃない。
王には息子に恨まれる心当たりがあった。


「なぜ出歩いてる?」

少し太っちょの十一歳になるテスは、自分と同じ内管の服に短いえぼしを被った少年に、いちゃもんをつけた。
テスには少しとぼけた感じの叔父さんがいた。役人であるその叔父が将来を心配して、テスをこの宮中に預けたのだった。

「名前くらい名乗ったら!」

女官のソンヨンがテスの加勢をして、こんな夜更けにこそこそ出歩いてる怪しい男の子を責め立てた。
とは言えソンヨンも、あまり威張れる立場ではなかった。
ソンヨンは先日女官になったばかりだ。死んだ父親は宮中の画工にしておくのが惜しいと噂された立派な人物だった。

三人はそれぞれ諸事情を抱えて、偶然にも庭の一角で出会った。
ソンヨンは厨房の行き方がわからず困っているところだったし、内官になるのが嫌だったテスは、夜明け前までに宮中から脱走しようとしていた。

ムドクと名乗った少年にも、また別の事情があった。
今宮中で最も警戒が厳しくて物騒な時敏堂に、人目を盗んで行くところだったのだ。
試しに見張り役をお願いしてみると、意外にもソンヨンが快くOKしてくれた。
ムドクは生まれて初めて信頼できる人に会ったみたいに、顔をパーッと輝かせて、すっかり張りきった。

「先に厨房に行くのが道理であろう!」

ムドクはソンヨンの用事を優先してやった。
テスも根は単純な男らしくて、渋々ながらついてきてくれた。そればかりか石塀をのぼるために体を馬にしてくれたのだ。


見張兵がたいまつを手にして石橋の辺りをウロウロと歩いている。
幸いにも朱色の門には、見張りの姿はなかった。
ムドクは二人を門のところに待たせて、一人で広場の中へ入っていった。
そこは青黒い闇と霧に包まれていた。
砂利の真ん中には、まっすぐ石畳の道が延びている。突き進んで御殿の前まできたところで、ムドクが突然ひざまずいた。
石段の前には輿ほど大きな米びつが、ぽつんと一つあった。
その米びつに向かって、ムドクは深々と頭をさげたのだった。

「あんまりです……こんなひどい仕打ちを受けるとは! 父上……」

ムドクの泣き声を聞いて、箱の中から弱り果てて今にも消えそうな返事が漏れた。

「サンか……? そなたは無事なのか?」

世子サドは息子に呼びかけた。
世子は真っ暗な米びつの中にいた。唯一外の光が入る小さな穴から、手を差し述べようとした。
サンは腕が見えた途端、そばまで飛んで行って、父のだらんとした手を握り締めた。
泣きじゃくる息子の声を聞いて、世子は息子に最後の教えをほどこした。

「無事ならばよい……。よいか、たとえ何があろうとも誰かを恨んではならない」

ほとんど息だけで、あまりに弱々しい父の声を聞き、サンはあたふたと包みから、お餅を取り出した。
ソンヨンを先に厨房に案内した際に、忍ばせておいたものだ。
サンは何日も閉じ込められて、餓死寸前の父の手に、餅を握らせようと必死になった。

「よく聞けサン。飾り箱の中に私が描いた絵がある。それをおじい様に渡してくれ。そうすればきっとおじい様も私に会って下さるはずだ……」

父は必死に気力を振り絞って、糸みたいな声でそう告げた。

太い柱の陰に隠れていたソンヨンがサンに注意をうながした。

「誰かがこっちに来るわよ……」



王様が急に時敏堂に足を運ぶ気になったのは、誰かが陰で働きかけたからだろう。
家臣達を門の外に残し、ランタンをさげた家来と側近のみを連れ、広場へと入城した。

「一体あれは何だ……?」

王様が訝しんだ。
その視線は我が息子を閉じ込めた米びつではなく、そばに落ちたものに注がれた。
拾い上げて見るとそれは餅であった。

「罪深い王世子の好物らしい。しかしこれは王である私を屈辱する行為じゃないか……? 手助けした者どもを反逆罪に処すべし!」

王様は翌日の会議で冷え冷えとした口調で、家臣どもへ怒りをぶちまけた。




王様の日常はとても忙しかった。各地の錬鋼店や精肉店の数の把握、毛皮職人と織物店の紛争処理、漆職人や刀匠の訴え……
荷馬店が革職人の店を潰した件、毛織物の市場で馬毛の買占めが続いている件など、隅から隅まで把握して、頼りない家臣どもを相手に実務を淡々とこなしていく。
米びつに息子を閉じ込めているなど、とても感じさせない態度だ。
もちろん夜な夜な悪夢にうなされているのを、医官に相談している訳でもなかった。
体調がすぐれないのを押して、これからまだ町の視察にも出掛けるつもりでいた。


東宮殿が立ち入り禁止になったのは、どうも昨夜の騒ぎが原因らしい。

「なんということだ……」

サンは悲しみでいっぱいだった。

父さんを助けるには絵を入手する必要がある。
でも宮中の中庭にはヤリを持った兵士達が、物々しくそこら中を駆け回っていた。


千七百六十二年五月。サンの父さんが米びつに閉じ込められてから、もう七日が過ぎようとしていた。



2008/10/24 更新



イ・サン3話「王への第一歩」

野次馬達が慌てて道を開けた。
その中央を二頭の早馬が駆け抜けていった。
馬は王様の目の前で止まり、男がすっと降り立った。

「世子様がお亡くなりになられました……」

王様はその訃報を耳にすると、サンの首根っこから急に手を放した。

「サンの処罰はなかったことにする……」

そばにいた家来へ小声で告げて、そのまま黙ってコシへと乗り込んだ。

王様の一行はサンをその場へ置き去りにし、まるで何事もなかったように去って行った。

民衆達は再び道をあけ、コシに向かって頭をさげた。


輿の中の王様はまっすぐに前を見つめていた。
しかしなぜか景色がぶれて見えた。それはコシに揺られているせいだけではないのだろう。

今日がどれほど暑かったことか……
あの窮屈な米びつの中で、骨が透けるほどに痩せ、息を吸うのもままならなかった息子の姿が目に焼きついて離れなかったのだ。


喪中の間、サンは母さんの実家で、ぼんやりと日々を過ごした。
白衣姿で庭先に腰掛け、目の隠れた毛むくじゃらな犬と子犬を眺めていた。
特に宮中へ帰ろうとか、王様に謝ろうとか何も思い浮かばない。ただサンの耳には、あの晩の父さんの声がひたすら蘇っていた。

「行くんだ。ここにいてはダメだ。そなたを死なせるわけにはいかない。早く帰るんだ」

時敏堂に忍び込んだあの晩、サンの身を心配して父さんは言った。

やっぱり宮中に帰らなければいけない。
生き残るためには、自分が王様になるしか……!

サンは決意した。
父さんの死がそれを教えてくれたのだ。


宮中への道のりは長く、途中で日が暮れかけた。
サンはコシの窓にひじをもたれて何気なく顔を出した。
文人風の男やら百姓達がハス畑の前で立ち止まって、サンに向かって会釈している。

風景画のように流れていくそれらを眺めていたサンは、急にハッとした。
ソンヨンとテスが、途方に暮れたような顔をしてコシを見つめていたのだ。


サンはもうたまらなくなって、すぐにもコシから降りて走った。
宮中に戻ったらもう二度と会えないとわかっていたからだ。二人にはお別れを言うつもりだった。

久しぶりに会ったソンヨンとテスは、変わらず元気だった。でもサンが王様の罰を受けるのではないかと、随分と心配したらしい。

「王世孫様が宮中から出られないなら、私達が会いに行くわ! 必ず行きますから、そのときまで無事でいてください!」

ソンヨンはサンを何とか励まそうと無邪気に宣言した。

サンも二人の顔を見て目を潤ませ、すっと小指を差し出した。

「必ず会いに来てくれ。親友との約束だ。何があっても必ず守る。きっと生き延びてみせるから指きりをしよう……」


宮中に戻ったサンは、母親と一緒にさっそく王様の部屋にあがった。でも王様はサンに話があるらしく、恵嬪宮を早々に退室させてしまったのだ。
王様と二人きりになってしまい、サンは何だか居心地が悪かった。

王様のデスクには、巻物がてんこ盛りになっている。民の前で恥をさらしたサンの廃位を願う上奏文の数々だった。

「この上奏に何と答えようか?」

王様は少し試すような目つきでサンに聞いた。

しばらくの間、沈黙が流れた。でもようやく何か決心したようにサンが重い口を開いた。

「私を廃位しないでください。生きることで孝行をし、友との約束も守りたいのです。世孫にふさわしいことを、王様と上奏した者たちの前で証明いたします。いかがですか?」

王様はサンをまじまじと見つめた。
街で会ったときのサンは、汚い着物を着て実にみすぼらしい姿だった。それに比べて今はどうだ。孔雀の羽がプロペラみたいな帽子を被り、高貴な紫の着物に身を包まれている。
だが一体、世の中の何を見て、この自信ありげな顔で取引を口にしているのだろう。

「こざかしい。実にこざかしい……」

王様は思わず呟いた。


まもなく家臣が集合した会議場で、サンの処分が読み上げられた。

「罪人を庇護し、軽率な行動で王室の尊厳を損なった罪は重大である。しかし王世孫は未熟であるので、罰の代わりに教育を行う」


この他にも東宮殿へサンの住まいを移すこと……
さらにはサンの教育係と護衛官の昇進が発表されるや、家臣達の間にざわめきが起こった。
この決定はサンを世子の代わりとして認めることを意味するものだったからだ。


連日サンの廃位を求める抗議の声が、宮中の庭のあちこちに響いた。サンの教育は嵐が吹き荒れるなかで、それでも淡々と進められた。

ある夜のこと、王様はふらりとサンの部屋に立ち寄った。月と灯篭の明かりだけの、ドアのない風通しの良い座敷で、ちょうどサンが二人の教育係を前に、論語の顔淵編を暗唱しているところだった。

縁側に近い方の床に座り込んで、元気な幼い声に耳を傾けていた王様は、突然口を挟んだ。

「それは政治とは何かを論じた文だ。では政治とは何か答えてみよ」


「根を正し、木を育てることです。根を正すとは、国家を治める王が聖君であること。聖君とは民の願いを知ろうとする王です。父上の遺言通りに立派な聖君になることが……」


迷うことなくハキハキと言いかけ、サンはハッとした。父さんの話がつい口を滑ってしまったのだ……

しかし意外にも王様は気にせず質問を続けた。


「では民の願いとは?」

サンは困って口ごもった。実を言うとそこまでまだじっくり考えたことがなかったのだ。

すると王様は急に立ち上がってスタスタと部屋を後にした。その背中がひどく怒っているように見えた。


サンはその日から夜なべで勉強を開始した。三日後にもう一度、王様に同じ質問をされることになっていたのだ。
書物を読みあさり、何千という民の上奏文に目を通した。
民と同じ貧しい食事まで口にしてみた。
でもどうした訳か、やっぱり答えが出てこない……
三日後、ついにサンは巻物の山の中にうずくまって途方に暮れてしまった。


王の手には王室の財産を管理するための一冊の台帳が握られていた。
なんとそこには東宮殿の予算三千両を、サンが早くも使い果たしたと記録されていた。

その金の使い道を王様が知ったのは、王世孫の身分を没収するとすでに決定した後のことだった。
庭を歩いていたら、部下が何やら腰を深く曲げながら駆けてきて、小さなノートを差し出してきたのだ。

王様はページをめくって、思わず息をのんだ。

三千両もの金が、清に身売りされかけた身寄りのない子供達を救出するために使われたとある。

それならそうとなぜ自分の手元に、子供達の上奏文が届いてないのだろうか?
子供たちが恐ろしさに手を震わせながら書いたというのに……!
その理由を家臣達ときたら、忙しさのせいにするばかりなのだ。

サンの身分を回復するにあたって、王様はチェ・ジェゴンを部屋に呼び出した。
彼は亡き王世子の忠臣で、今はサンの教育係を担当する男だった。

「聖君のすべきこととは何か?」

王様に聞かれたチェ・ジュゴンは、少し恐縮したように答えた。
「民を慈しむ心を持つことです……」

「サンをよく教育してくれているな」
チェ・ジュゴンの回答にすっかり満足した王様は、彼にねぎらいの言葉をかけてやった。





2008/11/7 更新



イ・サン4話「銃に刻まれた真実」

報告を受けて王様が駆けつけてみると、大きく掘り返された庭に木箱が四つ並んでいた。
中には銃やサヤのついた刀がぎっしりと詰まっている。その穴のそばでサンが途方に暮れていた。

王様はサンを厳しい目で見た。サンの父さんが武器庫を作っているという妙な噂が出たのは、去年の四月のことだった。

いくら何でもそこまで愚かなマネをすることはなかろうとそのときは聞き流したのだ。
でも目の前にこうしてじゃ~んとサンの住む庭から大量の武器が出てきたのだから、もう言い訳は効かない状況だ。

サン自身、どれだけ大変なことが起きているのかよく分かってはいたが、王様の視線がすごく怖くて、まともに見ていられなかった。


会議の席では重臣達がここぞとばかりに亡き王世子とサンをバッシングした。


王様もこの声を聞き入れて、サンのおつきの者達を詳しく取り調べるように指示することで、混乱を鎮めた。

重臣の一部はこれでひとまず安堵したようだった。だが実のところ王様は水面下でチェ・ジュゴンに、ある指令を出していたのである。

チェ・ジュゴンは、まもなくナム・サチョという男を連れて王の部屋へ上がった。

彼は内侍府の内部調査の経験を持つ男だ。

ジュゴンの隣でかしこまったサチョは、最初王様に呼ばれた理由がさっぱりわからない様子だった。

「武器庫を作った犯人を探すように……」

王命に戸惑いながら、サチョはおずおずと口を開いた。

「恐れながら、何者かが王世孫様を罠にはめようとしているということでしょうか……?」


「いや、そうではない。誰がウソをついているのか知りたいだけだ」

王様は簡潔に返したが、そのまなざしは射るように鋭かった。



サチョの指令を受けて、まもなく三人の部下が動きはじめた。
彼らのうち優秀な二人に、最初に武器庫を発見した男と行方不明になった王世子の元護衛の捜索にあたらせた。

そして残る一人には、テスの叔父である内官パク・タロを起用した。

パク・タロはなぜ落ちこぼれの自分に、銃の密売調査なんか任せるのか、どうも腑に落ちなかったものの、命令とあらば従うしかない。
さっそくガラの悪い遊び仲間がいそうな町へ情報収集に出掛けた。


サンの母、恵嬪は部屋に入ると心配そうにサンへ声をかけた。

「上奏文をまだ書いてないのですか……?」

サンは真っ白な紙をただ見つめている。そのうち涙をポタポタとこぼしはじめた。

「父上も母上も生き延びよとおっしゃいますが、私にはその方法が分からないのです。父上を陥れるわけにも、また母上を苦しめるわけにもいきません。宮廷は怖いところです。おじい様も怖いです……」

恵嬪は不憫なサンを思わず抱きしめた。まだほんの十一歳にしかならない子供の口から、こんな言葉が吐き出されるとは……


まもなく王様のもとへ、サチョが調査結果の報告にやって来た。

サチョは王世子が銃八十丁買い入れた証拠として、元護衛官の家から押収した二千両の手形の切れ端を手にしていた。
こんな大事な証拠をなぜ処分せずに残しておいたのか不審に思いながら……


この他にも銃八十丁、大砲四十五問、弾丸三百五十発が各地で見つかった。


さらにサチョはパク・タロから興味深い絵を受け取った。


絵を描いたのはソンヨンという娘だった。
オ・ジョンナム行首の屋敷の裏庭で見た光景を、そっくりそのまま描いたものらしい。

ソンヨンはオ・ジョンナムと手下たちが、横流しした銃をリレー方式でせっせと木箱に詰め込んでいる現場を偶然目撃したという。

なんとそこにあるのは武器庫から出てきたのと同型の銃であった。

政府機関製造の刻印もばっちりある。

サンの御殿の庭で発見された銃からも、やっぱりこれと同じ印が見つかった。

注目すべきはその日付であろう。
銃身部分に壬午六月と刻み込まれた日付は、王世子が亡くなった五月以降に作られた銃である紛れもない証拠だ。
つまりは王世子が死んだ後になって、何者かがサンの御殿の庭へ銃をわざわざ隠したのだ……

オ・ジョンナムを尋問すれば、きっとその黒幕の正体が浮かび上がるに違いない……

だが奇しくもその晩、オ・ジョンナムは牢の中で息絶えているのを牢番の男によって発見されたのである。


事件のあと、サンはサチョから初めてテスとソンヨンのことを聞かされた。
(宮中の外にいても二人が相変わらず自分のことを心配してくれている……!)
サンの心にはパーッと光がさした。

できればすぐにでも、二人に会いたいくらいだった。



テスと市場を見物していたパク・タロは、大笑いしながら急に道を曲がった。

次の瞬間、テスの手をつないで慌てて駆け出した。

同時に刺客も二人の後を追った。


庭に洗濯物を干していたソンヨンは、危うく刺客に切りつけられる直前まで彼らの存在に気づかなかった。
でもパク・タロにとつぜん口をふさがれ、命拾いしたのだ。

そのままタロと一緒に、ソンヨンは逃げ出した。

深い山道を通って、やがて岸辺へ下りていった。
生憎、白い帆船が岸から離れようとしていた。しかも後ろからはすぐ刺客が迫ってきていた。

三人は丘を転がり落ちるようにして、必死になって船を追いかけた。

途中でソンヨンがずっこけ、タロが素早く肩にかついで船へと飛び乗った。


小船の中には客が数人乗っているだけだった。
いったん沖へ出てしまえば、嘘みたいに辺りは静かになって波の音だけがぽちゃんぽちゃんした。

パク・タロは手すりにダランと寄りかかり、ほとほと疲れ果てたようにぽつりと呟いた。

「ひとまず船に乗れたから花津浦まで行こうか……」


それにしてもテスはどうして急に自分達が狙われたのか、さっぱりわからなかった。叔父さんは何だか説明する気力さえ、なさそうに見える。ただもう都に帰るわけにはいかなそうだった。

「見てテス! 都があんなに小さいわ!」

ソンヨンが面白そうに岸辺を指差した。
テスの目にも家々の黒い屋根が、波と同じように左右にゆっくり揺れる様子が映った。

ソンヨンはテスの表情が何となく暗いのを見て、自分も不安になった。そう言えば都を離れてしまうことを、王世孫様に全く言ってなかったのだ……

テスもやっぱり気にかかっていたのだろう。とつぜん都の方に向かって叫んだ。

「王世孫様ぁー。聴こえますかぁー? 俺です。テスです!」

ソンヨンも続けて口に手をあてて叫んだ。

「王世孫様ぁーっ。ソンヨンです。約束は必ず守りますから、私とテスを忘れないでくださいねぇぇーっ!」

船は、向こうにそびえる山にのみこまれるように小さくなって、後にはセピア色の波がきらきら瞬いた。


サンは目を覚ました。そこは一人きりの寝室で冷たい暗闇があるばかりだった。

ここには誰もいないはずなのに、ソンヨンとテスが自分を呼ぶ声が、不思議と頭の中に響いている……


あれからあっという間に九年が経って、サンは二十歳になっていた。





2008/11/15更新




韓国ドラマイ・サンとは

時代背景 イサンは朝鮮王朝22代王です。 1776年に即位して、1800年に亡くなっています。 日本では江戸時代の後期に当たり、中国は清の時代です。ドラマの中でイサンの父である思悼世子が米びつに閉じ込められる有名な事件が起きますが、これは1762年のことでした。 イサンの祖...